自由度の高いオープンワールドで普通に演奏家ロールプレイ

永井 彰

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第1章 未曾有の新世界!?

10kg.世界は素晴らしい

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 打楽器製作でなく、グルメマスターだ! みたいなノリは、しかし常には出来ない。

 現実もそうだが、資金に限りがある中でやりくりしていくしかない事もあるのだ。まして、今は『エルド』最序盤。

(金欠病、待ったなしやで)

 戦闘スキルに乏しい演奏職の場合、結局はタクミがバッシュにそうさせているように『エルド』の最序盤はワダツィル食堂バイトがド安定だ。
 もしくは、打楽器と欲張らずに簡単な加工品を作っては露天で売る、という方法もある。

 リアル志向の『エルド』なので、実は乞食プレイ、いわゆるホームレスも出来てしまうが、善人プレイするには達人レベルのゲーム知識とリアルラックが必要らしく、また流石に序盤から乞食というのはやはり避けたいタクミとしては、バッシュにはひたすら食堂アルバイターをしてもらう日々を続けていた。

(昇給には、やっぱ限度があるよね。アルバイトだもん)

 まさかの昇給限度額に到達してなお、家賃のかからない山小屋暮らしで極限節約生活のバッシュはアルバイターだ。山小屋だからバイトでも収益は黒字。
 そりゃ現実世界だとしても電気・水道をいちいち引いていたらすぐに溶けていくお金だが、『エルド』の初期拠点である山小屋はどちらもない。家賃はデンクロが支払ってくれているらしい。

(そりゃヤツの持ち物件だからね。でもありがたい、ありがたい)

 逆に言えば『エルド』では家賃、電気、水道の代金も物件ごとにしっかり課されている。
 だから電気事業者や水道会社も『エルド』にあり、そうした所に勤めれば『エルド』でも人生安泰だ。

(知り合いの水道屋さんは毎日が忙しすぎて地獄だって・・・いや、それはスルーするんだった)

 フリーターでこんなに稼げたら夢のようだな、というくらいには稼げる。人の良いヤン店長も、相変わらず好青年だ。

「バッシュさん、調子はどう?」

 調子と言われても、とは思いながら、選択肢ダイアログから「ぼちぼちですね」をタクミは選択した。

「そう、実は俺もなんだよね。お互い頑張ろう」

 そして、バッシュは戦友のような気分で皿洗いから始めて行く。お金周りは詳しくないが、仕事に関してはバッシュなりに、かなり勉強したように思えた。
 メニューを完ぺきに覚え、開店準備のルーチンを素早くこなし、オーダーを正確に取る。

 その辺りに関して『エルド』はリアルだ。ミニゲーム形式が少なくない中で、パン作りは別としても食堂アルバイトの仕事はかなり細かく作り込まれている。

(俺もアルバイトからやり直すか?それともまだ編集で粘るか。考えどころだなぁ)

 『エルド』といえどもたかがゲーム。流石にそこまでは考えすぎなタクミである。

 さて、バッシュはと言うと、『エルド』だとしてもコツコツ貯蓄する事で、出来る事が増えてきた。
 まず、釣り竿の購入をし、こまめに釣り餌を買う事で釣りが出来るようになった。こだわるなら、楽器のように最終的に物を言うのは自作釣り竿だ。しかし、釣り竿は楽器の値段を思えば『エルド』でも、やはり安い。
 またまた演奏からは脱線していくけれども、オープンワールドをエンジョイするのも目的には違いない。これはこれでアリとなるわけだ。

 拠点である山小屋からワダツィルとは反対側、それは南側になるのだが、そちらに川があるのをタクミは思い出した。

(海は見当たらない。序盤から川釣りとは中々渋いな)

 現実の川釣りには、タクミはそれほど詳しくない。やはり釣果であるアジやイカを食べられる海釣りが最高、という庶民派がタクミの売りだ。

(川魚は食えるのか?もしくは売れるの?)

 食べるか売るかに繋がらなければ、食堂バイトがやはりマシという話になる。

 ちなみに、現実ではアユが川魚の代表格だろう。ご存知とは思うが、美味しく食べる事が可能だ。
 『エルド』にも食べられる魚がいる。ルプという架空の魚がポジション的にはアユに近く、ワダツィルでもルプの塩焼きを焼いてくれる釣り堀があったりするが、タクミはまだそんな事を知らない。

 というかゲームなので、生魚でも食べる事は出来るという妥協がいっぱいの設定だが、それはまあ、RPGあるあるだろう。

「釣りますか」

 山小屋北の川岸にてバッシュは呟いた。わざわざ釣り始める時のセリフがこのように、またリアルだ。
 さも当然のように、仕入れた新ツール、すなわち今回でいう釣り竿は、どんどん試していくのがタクミの正義ジャスティスだ。

「なんだろう、やたら眠い」

 タクミでなくバッシュのセリフだ。なんでか、こんなにもリアル感が満載だ。
 そして、リアルにも釣れない。餌はあっても、持ち逃げされるリアルだ。

 ルプ、マンナラ、ヤテなどが釣れた。なんでも買い取ってくれる店を発見したので、バッシュはそこに直行。
 「風のままに、よろづ」という変わった名前の何でも屋さんだ。

 しめて30geld。全部で10匹くらいなので、1匹あたり3geldだ。相場が分からないので、当然、言い値で売る。
 『エルド』は売買に関してもリアル。言い値を交渉で、ある程度は変えられる。つまり売りの値上げや買いの値切りは有効だ。
 もっとも、それにも交渉スキルというスキルは必要。パフォーマーのバッシュでは持ってないので交渉に得は、ほぼない。

(30geldかあ。釣りスキルも持ってないし、完全に今は趣味にしかならんな)

 持ってないスキルとは?となった人もいるだろう。実は『エルド』では、戦闘スキルや建築スキルといったスキルはアイテムのように所持するものなのだ。
 戦闘スキルや建築スキルなど、ないと序盤すら成り立たないスキルはパフォーマーでも持っている。そうしないと、ゲームが成り立たないというのが理由のようだ。

(現実も最低限のスキル、保障してくれたらな~)

 呑気なようで、色々と切実ではあるらしい。だが『エルド』とは無関係なのでスルーしていこう。

 さて、持ってないスキルはスキル師に教わる必要がある。しかし軒並み高額だ。
 要はスキルもやりこみコンテンツであり、『エルド』の生活に現実並みに溶け込んだ廃人向けの、趣味の領域だ。
 そう説明するとドンびきかもしれないが、オープンワールドのゲームは残念ながら、概してそんなモンだ。

 逆転の発想である。やりこむまでしないなら、別に初期スキルを上手く活用してやりくりしていけば良い。持っているスキルを成長させる道を探っていけば、キャラも成長していくというシステムなのだ。
 演奏職でも飽きるほど戦う覚悟があるなら、戦闘スキルはあるので、いつかは超級の強さを手にするだろう。
 ただ、戦闘スキルは強い敵を倒すほどあがる。

 悪人プレイだったら、窃盗で強い装備を盗んだ挙げ句に警備兵を大量に倒すというのが『エルド』のテンプレになっているほど。なぜなら、警備兵は強さの割に戦闘スキルの伸びがなぜか良いからだ。
 ゆえにゲームを知り尽くしていると、悪人プレイが断トツで楽。悪人を極めると、住まいや店すら強奪出来てしまうと聞けば、いかに『エルド』では何でも出来るかがお分かりだろう。

 それに抗うのが、つまり効率一辺倒にならないプライドこそが『エルド』の善人プレイである。ルール内なら悪人が得をしますが、それでも善人やりますか、という製作陣のひねくれたサービス精神と言えなくもない。
 実際、『エルド』のスタッフはそうした意図で善悪を考えたというのは、『エルド』発売前の週間コンシュマ道、通称コシュ道でのインタビューでシステムを担当した人が答えていた事をタクミは記憶している。
 興味がある分野に関しては、タクミはそこそこの記憶力を発揮するのだ。

 そう、だからこそ効率度外視で釣りを楽しんだり、楽器作りに飽きたらバイト極めプレイというのもありなのである。
 それこそが善人プレイというのは断定しすぎかもしれないが、そんな善人プレイもある、というのがタクミ流なのだ。

 『エルド』の未曾有の新世界は自由に満ちているのである。

***

「そうじゃ、未曾有の新世界は自由なのじゃ」

 キョウコの父は、気付かれないでいつの間にかいる、という能力の持ち主だ。

「お、おとおととおとお義父とうさん!?」
「久しぶりじゃな、トクミくん」
「タク、いや、お久しぶりです。お義父さん」

 案の定、タクミは婿むこ養子だ。
 だからこその肩身の狭さに関しては、同じ婿養子であるキョウコの父は大変に理解がある。そこは全く、問題なく良好なのである。

「仕事は順調かね、トクミくん」

 いきなり痛い所を突いてきた。

「え、ええ。キョウコさんは良く頑張ってます」

 遠回しに、遠回しに。ここ数年、タクミはこんな感じの言い分でどうにかやって来た。

「トクミくん、未曾有の新世界は自由じゃ。どうだね、キミは自由になりたいんじゃないかね」
「い、いえ。キョウコさんのおかげなので、そこから逃げるなんて」
「違う、違う。いや、もし何かどうしてもがあれば、それはそれじゃよ?今、ワシが言うとるのは、トクミくん自身の話じゃ」
「ボ、ボク自身の、ですか」

 分かりやすいようで、考えないと付いていけなくなる絶妙な言い回しはキョウコの父の常だ。

「えっと、それはつまり」
「うん、うん」
「それは、つまり」
「つまり、そういうこと」
「つまり、思い切って新しい仕事っていう、そんな感じでしょうか」
「どうかな」

 タクミは思った。この人こそが未曾有の新世界を心に持っている、と。

「お、お義父さん」
「ショウジ、でええよ」
「いやそれは、妻の手前。あの、ゲームなんかしてて本当に申し訳ありません!」

 よく分からないなりに、タクミは精一杯、キョウコの父に謝った。それが正しいのかはタクミには、よく分からない。

「トクミくん」
「はい」
「トクミくんは、トクミくんだ」
「えっ、あ、はい」
「まずは顔を上げてください」

 タクミは顔を上げた。涙がこぼれていた事にはそこで気付いた。

「何が正しいかなんてね、トクミくん。そんなのは時代でなんとでも変わります。私は転々と生きてきたのが長いから、それが分かる」
「ええ、ご苦労は聞いております」
「ま、とりあえず、食事でもどう?」

 未曾有の新世界は、自由に満ちているのだろうか。
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