水の戦記

永井 彰

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1.ラヒエ

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 貝の国の王子、デリヒクは旅立ちの決意を民に告げた。
 滅びの魔神がいると言う、深海を目指す為だ。
 勇者ラヒエを探し出す為でもある。
 戦いを知らぬ民の中でただ一人、その勇気を認められ秘伝の技を授かった王子こそ、深海を目指すに相応しいと誰もが認めている。
 だからこそ、王子は旅立つ。
 見たこともない世界への恐怖は尽きない。しかし勇者に恩があるという個人的な感情こそが、実はデリヒクという一人の新たな勇者を深海に向かわせるのである。
 ラヒエが深海に旅立ち、18年の時が流れた。
 8代王子、デリヒク=ストリ=ババー。
 今こそ勇気を示す時なのだ。
 王子は深海に向かい始めた。
 貝の国から深くには、一切の国が存在しない。それは様々な調査を介して貝の国の民の知る所であり、デリヒクは過酷な旅を覚悟していた。
 そして、それは概して予想を超えた。
 海淵燕に何度背中を貫かれたか分からないし、指毒の民シリフキツの軍勢には随分と手こずらされたという。また、呪いによって呼吸を止められた時には心底、死を覚悟したデリヒク。
 彼が戦いにおいて扱えるのは、たった一技。
 《気衝撃》と名付けられた気の波動のみで、王子は深海を目指している。
 けれども深海と呼ばれる領域の深さは、貝の国の民の予想を遥かに上回っていた。
 長い海の旅路。
 頼れる者は誰もおらず、潜るにつれて辺りに満ちる魔力は強き者どもを嫌でも引き寄せた。
 それにも増して厄介なのは、滅びの魔神の居場所が一向に掴めない事だ。
 魔神の濃厚な魔力は、貝の国にいても感じ取れるほど強烈であり、更に日増しに限りなく強まっていた。だからデリヒクたちは、魔神の居場所は貝の国に近いのだろう、と考えていた。
 現実は不可思議である。
 どこまで潜っても、魔神の魔力は際限なしに強まるのだ。それは魔神がまだずっと深くにいる事を意味している。
(一度、引き返そうか)
 王子の脳裏には、時期尚早という四文字が掠めた。今からなら、戻れば仲間を育てる余裕は辛うじて捻出出来るかもしれない。
 そんな王子の希望は、あっさりと打ち砕かれる。
 魔神の魔力は、人の感覚を鈍らせる。
 王子は帰り道をすっかり判っていたつもりが、どこにも元来た道が見当たらない事を知る。
 貝の国には、もう帰れないのだ。
 たった一人の孤独な旅。覚悟はしていたつもりだったが、全てを失ったに等しい王子はこの時、人知れず涙した。
 それは単なる悲しみの涙ではない。そういった感情も含めた全ての憂いを洗い流し、戦士として目覚める為の涙なのだった。
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