水の戦記

永井 彰

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2.水世界

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「まだ、この見た目じゃなきゃダメですか」
 青年は見た目にそぐわない、か弱い調子でぼそりと呟いた。
「当然だ。お前は勇者になりすますのだから」
 どこからか声がする。声の主は青年には見えているのか、ただ一点を見つめる青年。
「騙すなんて、悪人のする事ではないですか」
「騙されるのが悪い。それが世の常だ」
 あるいは青年は、気が狂っているのだろうか。しかしそう思わせたのも束の間、魔神はその姿を顕にした。
「なぜ我輩が人間ごときに憚るねかは解せぬが」
 人目がないと明らかになっていなければ、決してその姿を現してはならない。それが青年と魔神との契約だ。いや、それでは正確ではない。
「天を見る為の契りをお忘れですか」
 そう細い声で言うのは一人の少女。さっきまで青年がいたはずの所に、まるでイリュージョンのように佇んでいる。
「それに若い女が国を救うのは疎まれると言い出したのは貴様だからな」
 魔神は少女に念を押す。
「そうです。しかし何か他に方法がないのですか。魔神なのだから賢いのでしょう」
 言い争う二人がいるのは、貝の国の王宮、その一部屋だ。ウォーター・ダウンの中にあるので当然、全ては水の中での事だが、長きに渡る進化により水を空気とみなす細胞を獲得した人類は、地球と呼ばれていた星が水の惑星となっても死に絶える事はなかった。
 けれども、問題なのは寧ろいつしか当たり前に存在していた魔力だった。
「魔力がこの程度の海帯では頭が回らぬのでな。まあ当てにし過ぎてくれるな」
「人間でないとよく分かるいい加減さです事」
 少女は勇者になりすますペテンを試み、目下の所では成功している。それは偏に魔神の力による所と言える。
 魔神の幻術で、少女はあたかも精悍な青年の見た目かのように自らを見せている。質感すら騙す幻なので、背丈が変わっても人が欺かれるほどの高度な魔力は、魔神でなければ手に入らない。
 魔神と契約を交わした少女。名をキャルと言う。今、勇者ラヒエとなり貝の国を救おうとしているのだ。
 そして、魔神の名もまたラヒエである。
 良い名前を思い付かず、魔神の名をそのまま勇者としての名前にしたのである。
 キャル自身には、貝の国を救えるほどの力はない。キャルにあるのは魔神との契約で得た借り物の魔力だ。
 彼女はその力を躊躇いなく行使する事が出来るだろう。
「さあ、では勇者として参りましょう」
 ウォーター・ダウンは水世界とも呼ばれる。どこまでも続く真水の空間を、クロールを幾らか実務的にしたような泳ぎで進み出すキャルたちなのだった。
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