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プロローグ
「それ」についての正しくない考察
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一
異世界、レフナリア。
そこはファンタジーにありがちな世界をまるっと詰め込んだような世界である。
けれどもたった一つだけ、ファンタジーとは似ても似つかない「それ」は静かに、しかしその油断ならない気配を隠す事もなく、ただそこに存在していた。
影のようにも思える姿を取るので、人間が見るならば「それ」は少し不気味なだけで、というのはこの世界に影しかなく実体がなければ大体において少し不気味だからだが、ともかく影にしか見えない。
しかし、今やファンタジーに居場所のない事がない聡明の代名詞たるエルフの証言によれば、「それ」の目はまるで悪霊のように、対象として弱い存在を見つけて憑依すると言う。
憑依とは、つまり魂の器として選ばれ、正に意のままとなってしまうという事だ。目に魂があるのかは別として、いや、実際には人間からすれば魂も「それ」も、そしてその目さえも等しく感じ得ぬのは、充分に誰もが知っている。
さてこれより、この話は我々、つまりこの物語の語り手たる我々が人間よりずっと前に生まれた頃の話に遡る。
二
我々は、実は「それ」である。
勘違いしないで欲しい。我々は、あなた達の敵ではない。ただ、定めを持ち役割を果たしているだけなのだ。
そして我々が生まれた頃の話であるが、そこには人間以外の全てがあった。今では失われた賢者牛もあったし、井戸には清めの女音鈴があった。竜巻粘土には何度も驚かされたが、ああした物もあった。
フィラユを知っているだろうか。あの少し塩気の強い果実をハワール麦のパンに絞りかけた事はあるだろうか。更にそのパンを、ちょうど溶ける程度にちぎり、キタクビフの茶に混ぜる時代はいつしか終わったろうか。我々には食事という概念はないが、人間でそれらの、つまりフィラユ付きの食事が嫌いという者を我々は知らない。しかしあるいは、フィラユさえも失われたのかしらん。
あの頃と思えば、空にある星も随分と変わった。絹滑り座はその最も特徴的な緑の一等星を星間戦争の際の大爆発で損ない、しかしそれだけでなんとも奇妙な形に見えるようになった。あれじゃあ絹滑りでなく坂這いずりだ、と皆が言うのも無理はない。
坂這いずりと言えば、いや今は何も言うまい。ただ、坂這いずりのようなへんてこでも、星が大嫌いとだけ知るが良い。へんてこ故かは知らぬ。
三
さて、我々もしらばっくれるつもりはないので、そろそろ本題に入ろう。
すなわち《炎導の標》についてである。
この標もまた、我々が生まれた頃、つまり「人間以外の全てがあった時代」、凡全期に存在していた。そして今は、知っての通りその名前すら失われた。
そう、《炎導の標》とは仮の名であり、失われてから与えられた一時的な呼び方に過ぎないのだ。
我々にはあれが今になってなぜ必要とされるのか、すっかり検討が付かぬ。しかし、とりわけ君たち人間は近頃これを大層、求めている事は聞き及んでいる。
彫呪を解くためか。
我々に刻まれ続けるあの永遠の呪いを解こうとでも言うのだろうか。しかし、あれがそう役に立つとは思えぬのだが。哀れな人間よ、失われた物が全て万能であるわけではないのだ。
しかも、この呪いは我々の天命に等しい。そして、そうであるからには君たちの天命に等しい。なぜなら、我々の天命が終わる時、その時は全てが終わる時だからだ。
けれども、我々を疑い懐かしい標にすがる人の姿も悪くはないものだ。あるいは、愚かでも足掻く人間こそが破滅の定めを変えるとでもいうのか。
確かな答えなど我々とて分からぬ。ではしばし愚かな人の頂きに立つ者、五輪の導きを受けし者の行く末を君たちと共に見届けるとしよう。
異世界、レフナリア。
そこはファンタジーにありがちな世界をまるっと詰め込んだような世界である。
けれどもたった一つだけ、ファンタジーとは似ても似つかない「それ」は静かに、しかしその油断ならない気配を隠す事もなく、ただそこに存在していた。
影のようにも思える姿を取るので、人間が見るならば「それ」は少し不気味なだけで、というのはこの世界に影しかなく実体がなければ大体において少し不気味だからだが、ともかく影にしか見えない。
しかし、今やファンタジーに居場所のない事がない聡明の代名詞たるエルフの証言によれば、「それ」の目はまるで悪霊のように、対象として弱い存在を見つけて憑依すると言う。
憑依とは、つまり魂の器として選ばれ、正に意のままとなってしまうという事だ。目に魂があるのかは別として、いや、実際には人間からすれば魂も「それ」も、そしてその目さえも等しく感じ得ぬのは、充分に誰もが知っている。
さてこれより、この話は我々、つまりこの物語の語り手たる我々が人間よりずっと前に生まれた頃の話に遡る。
二
我々は、実は「それ」である。
勘違いしないで欲しい。我々は、あなた達の敵ではない。ただ、定めを持ち役割を果たしているだけなのだ。
そして我々が生まれた頃の話であるが、そこには人間以外の全てがあった。今では失われた賢者牛もあったし、井戸には清めの女音鈴があった。竜巻粘土には何度も驚かされたが、ああした物もあった。
フィラユを知っているだろうか。あの少し塩気の強い果実をハワール麦のパンに絞りかけた事はあるだろうか。更にそのパンを、ちょうど溶ける程度にちぎり、キタクビフの茶に混ぜる時代はいつしか終わったろうか。我々には食事という概念はないが、人間でそれらの、つまりフィラユ付きの食事が嫌いという者を我々は知らない。しかしあるいは、フィラユさえも失われたのかしらん。
あの頃と思えば、空にある星も随分と変わった。絹滑り座はその最も特徴的な緑の一等星を星間戦争の際の大爆発で損ない、しかしそれだけでなんとも奇妙な形に見えるようになった。あれじゃあ絹滑りでなく坂這いずりだ、と皆が言うのも無理はない。
坂這いずりと言えば、いや今は何も言うまい。ただ、坂這いずりのようなへんてこでも、星が大嫌いとだけ知るが良い。へんてこ故かは知らぬ。
三
さて、我々もしらばっくれるつもりはないので、そろそろ本題に入ろう。
すなわち《炎導の標》についてである。
この標もまた、我々が生まれた頃、つまり「人間以外の全てがあった時代」、凡全期に存在していた。そして今は、知っての通りその名前すら失われた。
そう、《炎導の標》とは仮の名であり、失われてから与えられた一時的な呼び方に過ぎないのだ。
我々にはあれが今になってなぜ必要とされるのか、すっかり検討が付かぬ。しかし、とりわけ君たち人間は近頃これを大層、求めている事は聞き及んでいる。
彫呪を解くためか。
我々に刻まれ続けるあの永遠の呪いを解こうとでも言うのだろうか。しかし、あれがそう役に立つとは思えぬのだが。哀れな人間よ、失われた物が全て万能であるわけではないのだ。
しかも、この呪いは我々の天命に等しい。そして、そうであるからには君たちの天命に等しい。なぜなら、我々の天命が終わる時、その時は全てが終わる時だからだ。
けれども、我々を疑い懐かしい標にすがる人の姿も悪くはないものだ。あるいは、愚かでも足掻く人間こそが破滅の定めを変えるとでもいうのか。
確かな答えなど我々とて分からぬ。ではしばし愚かな人の頂きに立つ者、五輪の導きを受けし者の行く末を君たちと共に見届けるとしよう。
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