《炎導の標》物語

永井 彰

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プロローグ

ありがちな伝説の剣の伝説

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        一
 タフト=エリゲウスは笑っていた。
 その笑い方たるや、とても五輪の導きがあるとは思えぬ下品さを隠さない凡庸な笑いであった。
 必ずしも、好人物が英雄となる訳ではないのだ。むしろその逆で、才気ある者にへつらい、下手に出ながら虎視眈々と力を付け、弱者たちを煽り、下克上を厭わないタフトのような面の皮の厚さがないと現実には英雄とはなれない。
 そして、人がどう思おうがタフトは確かに英雄である。なぜなら、一つには、彼が竜に選ばれし竜印首であるからだ。
 しかしここでは、もっと分かりやすい理由を挿話として述べる事にする。

        二
 伝説の剣・ジクランゾル。選ばれし勇者にしか抜く事が出来ない、封印の刃。そう、タフトが容易く引き抜き、その序でに実の父親を真っ二つにする寸前になった、かの銀剣にまつわる有名な話だ。
 今は屈強な壮年となったタフトが、まだ七歳だった頃。彼の故郷が、ごく質素な水編み人の村であると知る者は少ない。
 なるほど、水編み人さえもであったか。ならばそこから説明しよう。
 水を編む事は、普通ならば10年は掛かる繊細な下積みが必要な職人の技だ。水を上手く編めるなら、その編み物をそっと風に乗せる事で人知れず、干からびた土地で暮らす人に水を教える事が出来る。
 水を編むのは慈悲の心が不可欠で、慈善事業も修行の一環なのだ。もし冷酷な心で水を編むとその水は水蛇となり、飲み水どころか洗濯にも使えなくなってしまう。増して流帽涼擦なら尚更、である。
 一方、タフトはというと水編みを大の苦手とし、職人として修行を始めている多くの同世代たちとは親しまなかった。その為か、粗暴で気まぐれな一面が目立ち、村から追い出されそうになる事も幾度もあるほどの問題児であった。
 しばしば学舎の窓を割る、来客に氷をぶつける、あるいは犬に飼い主を誤認させるなどの逸話には事欠かない。これが少年タフトの生き方だったのだ。
 けれども、そんなタフトにも唯一無二の友人がいた。名をシバハンと言う。

        三
 往々にして職人がそうであるように、水編み人もまたその多くは気難しく、繊細な性質が強い。 
 形ある物を作る以上、そこには少なからず競争が生じるのは避けがたい。気難しい水編み人だから尚更、そうした面倒な話は枚挙に暇がなく、タフトはそれを誰より嫌っていた。
 実は彼は、卓越した水編みの才気を周囲にひた隠しにしていた。苦手というのは偽りだったのだ。
 ところが、水編みどころかあらゆる事を人並み以上に出来てしまうと気付いて以来、タフトは人を自分から遠ざけ、心の壁を作る事に余念のない人間となり始めた。
 そんなタフトの変化をいち早く察知したのがシバハンである。彼もまた、まだ当時5歳という幼さに似合わない落ち着きを隠せない、異端児だった。
 シバハンは水編みが不得手だった。誰よりも不得手であるが故に、誰よりも出来るタフトが持つ、常人では気付かない数々の技巧や意匠にも目敏かった。ただ、そうであるが故に気付かれない苦しみを抱えているタフトを、友人にならない内から心配もしていた。
 村の学舎は全学童が一つの部屋で学ぶ。その為、年齢は関係なく、上下関係はあってないような物だった。そしてそんな社会は、水編み人を目指す途端に築かれる生々しい利害関係とは対極にある空間なのだった。

        四
 シバハンがタフトの生涯の友となったのは、ちょうどタフトがジクランゾルを我が物とした時だったろうか。
 あれは人の一生に一度、あるかないかの大雪の日だった。
 村からそこそこ離れ、むしろ大都会フィムに近いヌラヤト山に安置されているその剣は、厳めしい石碑に書かれている文言に違わず誰にも抜く事の出来ない曰く付きですらある一品だった。
 そして例の大雪の日、良くも悪くも古いタイプの水編み人であるタフトの父親は、世の中に反逆する危険すら見出だせる息子を戒めるべく、タフトをよく慕っているシバハンも連れてヌラヤト山へと向かった。
 その理由は、剣を抜く為ではなかった。
 誰にも抜けない剣を見せシバハンにも手伝ってもらう事で、人には出来る事と出来ない事があり、それを偽るタフトは乱暴だと諭す為であった。
 しかし、結論から言えばタフトは剣を抜いた。
 そして迷わず、父親に向かいその銀色を躊躇いなく振り下ろした。剣を引き抜く時にうっかり勢い余ったのではない。なぜなら、明確な殺意を伴う行いだったからだ。「死ね」と明確に、タフトは口走ったのである。
 斬れなかったのは、その剣がなまくらも同然だったからだった。そうでなければタフトの父は死んでいた。
 更に悪い事には、シバハンがそんなタフトに一定の理解を示し、生涯の友情をこの時に誓った事だった。シバハンは善人だが、一度でも絆が生まれると痴れた恋人のように盲目となってしまう所があったのだ。
 そして、タフトについてはその才能こそがシバハンにとっての絆なのだった。
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