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代理戦争
神雷
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藤太郎が釈放されてから、一週間が経った。
その間に藤太郎の周りで起きた事に特記すべき事はない。至って静かで穏やかで、家族に会えない以外は、さほど不自由ない生活だった。
藤太郎は立命館の素性を、よく知らない。
一週間の間に、立命館は藤太郎に対して、物心付いた頃から現在に至るまで、ありとあらゆる人生の記憶を話させた。しかしその割には、自らの事については固く口を閉ざしていた。藤太郎が強いて問うような事をしなかったというのもあるが、立命館は業務外では無口なのだ。
そして、藤太郎に関する情報がなぜそこまで必要なのかは教えない代わりに、真犯人についての秘密を、立命館は話し始めた。
立命館にとっての神。その人が黒幕で、立命館もまた共犯者だと言うのだ。藤太郎は、混乱が収まらない頭をますます混乱させた。
誰なのかすら分からない女が、自分を嵌めた犯人の一人?
しかし立命館としては、無実の人間を陥れる事に抵抗があったらしい。だからこそ神を捕らえ、罪を償わせる事に協力してほしいと言うのが彼女の主張だ。
信じられるわけはないし、都合が良すぎると藤太郎は率直に思った。もしくは何らかの罠で、今は安心させるために嘘を吐いているのかもしれないと疑いもした。
ただ、熟慮の末に出した彼の結論は、協力しても良い、という物だった。
珍しくほっとしたような表情を浮かべる立命館。美人ではあるだけに、ほんのわずか動揺してしまう藤太郎だが、決してその美貌に屈服したわけではない。
藤太郎には考えがあった。信用してほしいという立命館の態度を逆手に取り、あくまでさりげなく、徐々に信頼を示していく。彼女の言葉に偽りがないのなら、真犯人に繋がる手掛かりとして立命館ほど有力な存在はなさそうなのだから、やむを得ないというわけである。
その時、遠くで雷鳴が響いた。
変だな、と藤太郎は思った。7月の夕方とは言え、空は晴れ渡っているのに雷が鳴るのはおかしいのだ。だがまた、たまにはそんな事もあるか、と藤太郎はふと山小屋の窓に近づき、空を見やる。
光の柱が、夕空を貫いていた。
ますます変だ、と思うものの、藤太郎はなんとなく立命館の方を振り返った。すると、なぜか彼女は尋常でなく急ぎ足で、小屋を出ていく所だった。
「あれは神の力。彼は暴走すると、いや、それでも神雷はあなたたち普通の人には見えないはずなんだけど」
慌てて事情を聞く藤太郎に、立命館はそう説明した。
神の力?
そして藤太郎はひとつの仮説に辿り着いた。
「なんだ、夢かよ」
そう、とびきり不条理な悪夢でない限り、これほど普通とは程遠い事態になどなるはずがない。そんな事にはならないよう、普通から逸脱しないように、誰よりも気を付けて生きていたのが藤太郎なのだ。
「夢ではない。藤太郎、ならば神に会うか」
馴れ馴れしく呼び捨てにするな、とは思うものの、まさかの直球。真犯人との対峙を提案してきた立命館の言葉を、藤太郎は二つ返事で承諾した。
車などと言う便利な文明の利器はない。山小屋に来るまでこそ、立命館の味方らしき黒服の男が運転する赤いポルシェに揺られてきたものの、今は二人分の自転車で神の居場所へと向かっていた。
藤太郎たちが載ってきたポルシェ911には、不自然にならないように、予め二台の自転車が不思議と、ポルシェ911の車体との見た目の調和を保ちながらその屋根に積まれていたのだ。
自転車を、光の柱に向かって漕ぎ続ける二人。見た目よりもずっと遠く、光の柱が出ている小高い丘に辿り着いたのは、山小屋を出てから40分ほど後のことだった。
時間が掛かり過ぎたのか、光の柱は最初に見た時よりもかなり薄くなってきていた。
立命館は、すぐさま辺りを見渡す。
けれども、神と呼ばれる男の姿は無かった。
その後も近辺をくまなく捜索したものの、神は見当たらないまま空はすっかり暗くなった。それから山小屋に帰るので、夜道を行く猪に出くわしたりもしたが、なんとか二人は無事に山小屋に帰って来られた。
そして、すぐさま踵を返し、立命館は帰路に着く。神を裁くために自分が必要という彼女の思いは本心なのかもしれないな、と藤太郎は思った。
いつも、仰々しい挨拶は互いに発しない。おやすみなさいでは気楽過ぎるし、さよならでは学校みたいだ、というのが藤太郎なりの理由だが、立命館が同じような気持ちなのかは分からない。
表情がないのだ。
美人なのにやけに立命館を藤太郎が警戒してしまうのは、状況のせいもあるが、たまにしか表情を崩さない様子が尚更そうさせるのかもしれない。終始、徹底して仕事と割りきった以上の、何も読み取れない顔の人だと言うのが藤太郎の素直な感想だ。
神とは何なのだろう、と藤太郎は思わず、光の柱があった辺りの空を眺めた。
もうすっかり夜の暗がりに打ち消されたかのように、幻だったかのように、そこには名も知らない星がぽつりと浮かんでいた。
近くにある月光の明るさで消えかけているその星に、藤太郎は妙に懐かしさに似た感情を覚えた。
それが懐古ではなく共感だと気付いたのは、ちょうど月が雲に隠れ、それでもその星が実はそんなに明るいわけでもないのが分かってからなのだった。
その間に藤太郎の周りで起きた事に特記すべき事はない。至って静かで穏やかで、家族に会えない以外は、さほど不自由ない生活だった。
藤太郎は立命館の素性を、よく知らない。
一週間の間に、立命館は藤太郎に対して、物心付いた頃から現在に至るまで、ありとあらゆる人生の記憶を話させた。しかしその割には、自らの事については固く口を閉ざしていた。藤太郎が強いて問うような事をしなかったというのもあるが、立命館は業務外では無口なのだ。
そして、藤太郎に関する情報がなぜそこまで必要なのかは教えない代わりに、真犯人についての秘密を、立命館は話し始めた。
立命館にとっての神。その人が黒幕で、立命館もまた共犯者だと言うのだ。藤太郎は、混乱が収まらない頭をますます混乱させた。
誰なのかすら分からない女が、自分を嵌めた犯人の一人?
しかし立命館としては、無実の人間を陥れる事に抵抗があったらしい。だからこそ神を捕らえ、罪を償わせる事に協力してほしいと言うのが彼女の主張だ。
信じられるわけはないし、都合が良すぎると藤太郎は率直に思った。もしくは何らかの罠で、今は安心させるために嘘を吐いているのかもしれないと疑いもした。
ただ、熟慮の末に出した彼の結論は、協力しても良い、という物だった。
珍しくほっとしたような表情を浮かべる立命館。美人ではあるだけに、ほんのわずか動揺してしまう藤太郎だが、決してその美貌に屈服したわけではない。
藤太郎には考えがあった。信用してほしいという立命館の態度を逆手に取り、あくまでさりげなく、徐々に信頼を示していく。彼女の言葉に偽りがないのなら、真犯人に繋がる手掛かりとして立命館ほど有力な存在はなさそうなのだから、やむを得ないというわけである。
その時、遠くで雷鳴が響いた。
変だな、と藤太郎は思った。7月の夕方とは言え、空は晴れ渡っているのに雷が鳴るのはおかしいのだ。だがまた、たまにはそんな事もあるか、と藤太郎はふと山小屋の窓に近づき、空を見やる。
光の柱が、夕空を貫いていた。
ますます変だ、と思うものの、藤太郎はなんとなく立命館の方を振り返った。すると、なぜか彼女は尋常でなく急ぎ足で、小屋を出ていく所だった。
「あれは神の力。彼は暴走すると、いや、それでも神雷はあなたたち普通の人には見えないはずなんだけど」
慌てて事情を聞く藤太郎に、立命館はそう説明した。
神の力?
そして藤太郎はひとつの仮説に辿り着いた。
「なんだ、夢かよ」
そう、とびきり不条理な悪夢でない限り、これほど普通とは程遠い事態になどなるはずがない。そんな事にはならないよう、普通から逸脱しないように、誰よりも気を付けて生きていたのが藤太郎なのだ。
「夢ではない。藤太郎、ならば神に会うか」
馴れ馴れしく呼び捨てにするな、とは思うものの、まさかの直球。真犯人との対峙を提案してきた立命館の言葉を、藤太郎は二つ返事で承諾した。
車などと言う便利な文明の利器はない。山小屋に来るまでこそ、立命館の味方らしき黒服の男が運転する赤いポルシェに揺られてきたものの、今は二人分の自転車で神の居場所へと向かっていた。
藤太郎たちが載ってきたポルシェ911には、不自然にならないように、予め二台の自転車が不思議と、ポルシェ911の車体との見た目の調和を保ちながらその屋根に積まれていたのだ。
自転車を、光の柱に向かって漕ぎ続ける二人。見た目よりもずっと遠く、光の柱が出ている小高い丘に辿り着いたのは、山小屋を出てから40分ほど後のことだった。
時間が掛かり過ぎたのか、光の柱は最初に見た時よりもかなり薄くなってきていた。
立命館は、すぐさま辺りを見渡す。
けれども、神と呼ばれる男の姿は無かった。
その後も近辺をくまなく捜索したものの、神は見当たらないまま空はすっかり暗くなった。それから山小屋に帰るので、夜道を行く猪に出くわしたりもしたが、なんとか二人は無事に山小屋に帰って来られた。
そして、すぐさま踵を返し、立命館は帰路に着く。神を裁くために自分が必要という彼女の思いは本心なのかもしれないな、と藤太郎は思った。
いつも、仰々しい挨拶は互いに発しない。おやすみなさいでは気楽過ぎるし、さよならでは学校みたいだ、というのが藤太郎なりの理由だが、立命館が同じような気持ちなのかは分からない。
表情がないのだ。
美人なのにやけに立命館を藤太郎が警戒してしまうのは、状況のせいもあるが、たまにしか表情を崩さない様子が尚更そうさせるのかもしれない。終始、徹底して仕事と割りきった以上の、何も読み取れない顔の人だと言うのが藤太郎の素直な感想だ。
神とは何なのだろう、と藤太郎は思わず、光の柱があった辺りの空を眺めた。
もうすっかり夜の暗がりに打ち消されたかのように、幻だったかのように、そこには名も知らない星がぽつりと浮かんでいた。
近くにある月光の明るさで消えかけているその星に、藤太郎は妙に懐かしさに似た感情を覚えた。
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