凡人と超人

永井 彰

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代理戦争

悲しみ

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 あれからと言うもの、なんとなく立命館は藤太郎に遠慮しているような感じが否めない。あれと言うのは、神を探しに光の柱に向かった日だ。
 おそらく、神に会わせる事が出来なかった申し訳なさからだろうと藤太郎は推定した。別に、それに関しては藤太郎は怒っていない。
 光の柱があったから動いただけで、神と呼ばれる人間が必ずそこにいるとは限らないよなとは、自転車で短くない道のりを走っていたあの時から思っていたからだ。

 それに、光の柱は科学的なトリックで演出出来る事で、実は子どもだましなのではないかとさえ藤太郎は考えていた。
 幻想的な演出で、神の実在を藤太郎に信じ込ませる、つまり洗脳という可能性だ。いざ冷静になって考えてみれば、有り得る話ではある。
 そうなれば、立命館は単なるカルト教団の信者なのだろう、という事にもなってくる。たまたま藤太郎が先に気付いてしまっただけで、本来は立命館が柱がある事を仄めかすつもりだったのかもしれないのだ。

「立命館さん」

 藤太郎は遂に、勇気を持って立命館に問い正した。
 神が現世にいるはずはないし、光の柱は何かへの勧誘のための演出なのではないか。軟禁していると悟らせたくないだけで、実は自分を拘束したいだけなのではないか。

 立命館は案の定、かなりの間、沈黙していた。

 この沈黙は勝利だ、藤太郎はそう感じた。犯人は立命館で、全ては自作自演の小芝居。もしそうなら、立命館は異常者。最悪の場合、戦闘により彼女を倒し、逆に身柄を拘束して警察に突き出さなければならないのかもしれないのだ。

「信じて。お願い」

 立命館の、いや、よく分からない女の、真剣そのものの眼差しは、却って藤太郎には狂気に見えた。
 考えてみれば、おかしい事だらけだ。
 仮にも神とするほどの凄い人間の悪事を裁きたいなら、もう少しは協力者を募るはずである。しかも、丘に行ったあの日以来、そして今までもではあるが、黒幕である神については一切語らないのだ。

 藤太郎は構えた。
 もはや、戦うしかない。頭の中はその思いで一杯である。

 と、崩れ落ちる藤太郎。
 何が起きたのか理解が追い付かない。

 立命館が人間とは思えない速さで間合いを詰め、喉にある急所を右手で鋭く突いたのを気付くのに、藤太郎は数秒を要した。
 速すぎる動きは、脳が認識出来ないのだ。

「分かるわ、全ては犯人である私の妄想。もしそうなら、私もどんなにか素敵と思う」

 立命館は心底、同情するように藤太郎に語りかけた。

「殺せよ、気違いなカルト信者」

 信じていない藤太郎には、何も届かない。迷わず狂った言葉を繰り出す狂った女に殺される。藤太郎はそう覚悟を決めたのだ。
 しかし、立命館は何もしない。それは藤太郎が、打撃から立ち直るのを待つためのように思えた。
 そして、藤太郎が気を持ち直すのを見届けると、立命館は帰って行った。

 何なんだよ。

 藤太郎からすれば、留置所の方がまだましであった。怖くはあっても、身分が明らかで事務的な仕事もこなしている警官が、取り調べのためとは言え、結果的には一時的に自らを見張ってくれていたのだ。
 一方、立命館が帰ってしまえば、藤太郎は完全に孤独な中で、山小屋で過ごすしかない。

 ふもとに降りた所で、藤太郎は顔まで報道されてしまっている。動転していたから分からなかっただけで、光の柱に向かうどころか、外出自体が今の藤太郎には危険な行為なのだ。

 藤太郎はいつもより激しく泣いた。泣き過ぎて、夕飯に食べたカツ丼を吐いてしまったほどだ。人は本当に絶望すると、血圧が下がり体調が悪くなるほど泣いてしまう生き物なのである。
 外まで持たず、床にこぼしてしまったその吐いた物体を、常備されている雑巾で拭き取った。そして、水道で雑巾を洗っては、きれいになるまで床を拭いた。
 カーペットに掛かってしまったので、一応は立命館にクリーニングを頼もうと思いかけた所で、藤太郎は彼女の気違い説を忘れかけている自分を発見し、冷静になろうと努めた。

 そして、気分転換にと藤太郎は外に出た。

 そこに、立命館はいた。

 藤太郎は腰を抜かした。無理もない。帰ってから、かれこれ3、4時間は経過しているはずだからだ。
 電気はないが、ろうそくの火の明かりで顔が見て取れた。ただ、ろうそくなので不気味に映ったのも腰が抜けた原因である。

「な、な、なんでいるの」

 もはや、余所者と会話したくない、村の代表のような口ぶりで、藤太郎は口を利いた。

「悲しい時は、ここで気持ちを落ち着かせている」
「悲しい時なんてあるんだ」
「ええ、実は私には悲しい時があるのよ」
「ボクが泣いていたの、聞こえてたろ」
「さあ。私は、星をただ眺めていた」

 神の居所だとか、立命館の正気だとか、実際には聞くべき事は山積みである。藤太郎は、のんびりしていられる状況ではないはずだ。
 しかし、確かに悲しみを隠さない立命館の言葉こそが一つの真実であるように藤太郎には思えた。
 何も具体的な説明は必要ない。
 立命館は狂った人間ではないという安心は、言葉を交わす事で実感出来る。

 少なくとも、藤太郎はそう思うのだった。
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