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最終話 幕開け
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「あ! リンリン、おはよぉ~」
「――!?」
教室に足を踏み入れた凛に、一人の女子生徒が屈託のない笑顔で挨拶をしてきた。川島由惟――岡部円香と特に仲が良い女子の一人だ。
――……り、リンリン?
凛が生まれてこの方、そう呼ばれたのは今が初めてだ。凛はふと、白黒のもふもふした大型動物の姿を思い浮かべそうになり、頭を振ってそのイメージを追い払った。
凛は、由惟の振る舞いに動揺を隠せなかった。なぜなら彼女や円香は、九月に凛がこの中学に転校してきて以来、あの手この手で凛をいじめてきた張本人だったからだ。
だから、手の平を返したような由惟のフレンドリーな態度に、教室内が騒然となったのは無理からぬ話だった。
「……お、おはよう」
数秒の間の後、にこにこと笑顔を向ける由惟に、凛はなんとか挨拶を返した。
「こっち来なんせ~」
由惟は周囲の空気などお構いなしで、凛の片手を取って教室の中を突っ切って行く。その先の席で待つのは、岡部円香と中沢瑠璃亜の二人だ。
凛は胃がキュッと縮むような感覚を覚えた。
円香たち三人の女子グループの中では、凛は由惟を除く二名に対する苦手意識が強かった。円香に関しては昨日、なんとなく窮地を救ったような覚えもあったが、気を失って記憶が曖昧になっていたし、そもそも恩に着せるつもりはなかった。
「――お、神風じゃん。おはよー」
「神風さん、おはよう」
「……お、おはよう?」
ところが凛の緊張を他所に、瑠璃亜や円香もまた、凛に普通に挨拶をして来た。凛はそれに戸惑いながらも、ふっと肩の力を抜くことができた。
二人の態度は由惟ほどあからさまに親しみを込めたものではないが、それでも昨日までと比べれば月とスッポンほどに差があった。
教室の中には、先程より更に大きなざわめきが広がった。
「な、なあ。あの女子ら、何かあったんけ……?」
「……うんにゃ、わからん」
教室内では、そんな囁き声も聴かれた。
周囲の喧騒に引かれて、凛はふと視線を左右にさ迷わせた。
(……おい、早く言えよっ)
(うるさいわね! わかってるわよ)
だから、目の前で瑠璃亜と円香がそんな会話をしていることには気づかなかった。
「……あ、あの、神風さん!」
「なに?」
円香は決意を秘めた表情で、凛に声を掛けた。
「……昨日はありがとう。それから、今まではごめんなさい」
円香は着席したままぺこりと頭を下げた。
凛が目をぱちくりさせると、円香はばつが悪い顔をしていた。
「あ、あーしも悪かったよ」
「うちも、今までごめんなさい」
「う、うん……」
円香の後に続いて瑠璃亜と由惟からも頭を下げられ、凛はその場では頷くことしかできなかった。
――でも、悪い気はしていなかった。おそらくは昨日の一件がきっかけだろうが、何にしても、今後はやっとまともな友人関係が築けるのかもしれない。
「……これからは、仲良くしてくれる?」
円香に上目遣いで訊ねられ、凛はここでようやく笑顔を見せる。
「――うん。こちらこそ、よろしく」
††
その日の放課後。
凛は帰路の途中で円香たち三人と別れ、家路に就く。
しばらく一人で歩いた先で、凛は見覚えのある黒のアタッシェケースを持った大柄な男を目にする。茶系の長髪を後ろで束ねた無精髭の男――六守破譲悟という名の、あの霊能探偵だ。
道端に立ち、右手――義手のはずだ――に持った煙草をくゆらせる譲悟を、凛は素通りしようとした。
「おい」
声を掛けられ、凛はぴたりと足を止める。
「……なんですか?」
凛が振り返り様に訊ねると、譲悟は爪先で煙草の火を踏み消していた。
――もしかしたら、御礼を言った方がいいのかもしれない。
凛の中にはそんな気持ちもあった。譲悟が現れなければ、凛たち四人はなすすべなく巨蟹の餌食になっていたのだろうから。
しかし、凛は譲悟によって「怖い目に遭わされた」という思いも強く、素直に感謝する気持ちにはなれなかった。
「知ってるか? 昨日のアレみたいな化け物が世の中にはわんさかいる」
「うそ……」
譲悟の言葉は、凛の中の常識を打ち砕くには十分な破壊力を持っていた。
凛は、今まで暮らしていた日本という平和な国が、鬼たちが跋扈する地獄に変わってしまったような感覚を覚えた。
「化け物に抗えるのは、力を持った一握りの人間だけだ。俺や、お前のようにな」
続く譲悟の言葉の中には、聞き逃がせないポイントがあった。
「……私も?」
目を見開いたままの凛に対して、譲悟は呆れたように肩を竦めた。
「……あれだけのことをやっておいて、自覚がないとは驚きだ」
譲悟の口振りでは、凛にも妖怪退治の才能があるらしい。とはいえ、それだけで化け物と戦えるわけではない、という話だ。
「――次に化け物と出くわしたとき、隣に俺がいると思うな。手元に剣があると思うな。今のままなら、お前は何もできずに死ぬ」
「ど、どうすればいいの……?」
誘導されていると感じながらも、凛はそう訊かざるを得なかった。
「昨日渡した名刺、まだ持ってるか?」
凛は頷いて、カードケースから名刺を取り出す。
「力の使い方を教えてやる。その気があるなら、事務所でバイトとして雇ってやるよ」
「東京……」
凛は改めて、六守破霊能探偵事務所の住所を確認した。凛が両親と暮らしていた場所とは異なるが、同じ東京都内だった。
「保護者と相談して――」
「行くわ、私」
譲悟の言葉を遮って、凛は即決した。
その答えを聞いて、譲悟は思わず口笛を吹いた。
「あなたの事務所でお手伝いをする。だから――」
凛の双眸に二つの青い火が灯る。
「――私に、戦い方を教えて」
譲悟は口角を吊り上げ、不敵な笑みを浮かべる。
「いいぜ」
(了)
────────────────────────────────────
【後書き】
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
最終話のサブタイトルは「幕開け」。あたかもこれから大きな物語が始動しそうですが、実は作者としてはまだ何も考えていません(暴)
詳しくは近況ボードの方に綴るつもりなので、よろしければそちらも是非ご覧ください。
「面白かった」「こんな話がもっと読みたい」という方は、是非いいね、お気に入り、感想などお願いします!!(切実)
「――!?」
教室に足を踏み入れた凛に、一人の女子生徒が屈託のない笑顔で挨拶をしてきた。川島由惟――岡部円香と特に仲が良い女子の一人だ。
――……り、リンリン?
凛が生まれてこの方、そう呼ばれたのは今が初めてだ。凛はふと、白黒のもふもふした大型動物の姿を思い浮かべそうになり、頭を振ってそのイメージを追い払った。
凛は、由惟の振る舞いに動揺を隠せなかった。なぜなら彼女や円香は、九月に凛がこの中学に転校してきて以来、あの手この手で凛をいじめてきた張本人だったからだ。
だから、手の平を返したような由惟のフレンドリーな態度に、教室内が騒然となったのは無理からぬ話だった。
「……お、おはよう」
数秒の間の後、にこにこと笑顔を向ける由惟に、凛はなんとか挨拶を返した。
「こっち来なんせ~」
由惟は周囲の空気などお構いなしで、凛の片手を取って教室の中を突っ切って行く。その先の席で待つのは、岡部円香と中沢瑠璃亜の二人だ。
凛は胃がキュッと縮むような感覚を覚えた。
円香たち三人の女子グループの中では、凛は由惟を除く二名に対する苦手意識が強かった。円香に関しては昨日、なんとなく窮地を救ったような覚えもあったが、気を失って記憶が曖昧になっていたし、そもそも恩に着せるつもりはなかった。
「――お、神風じゃん。おはよー」
「神風さん、おはよう」
「……お、おはよう?」
ところが凛の緊張を他所に、瑠璃亜や円香もまた、凛に普通に挨拶をして来た。凛はそれに戸惑いながらも、ふっと肩の力を抜くことができた。
二人の態度は由惟ほどあからさまに親しみを込めたものではないが、それでも昨日までと比べれば月とスッポンほどに差があった。
教室の中には、先程より更に大きなざわめきが広がった。
「な、なあ。あの女子ら、何かあったんけ……?」
「……うんにゃ、わからん」
教室内では、そんな囁き声も聴かれた。
周囲の喧騒に引かれて、凛はふと視線を左右にさ迷わせた。
(……おい、早く言えよっ)
(うるさいわね! わかってるわよ)
だから、目の前で瑠璃亜と円香がそんな会話をしていることには気づかなかった。
「……あ、あの、神風さん!」
「なに?」
円香は決意を秘めた表情で、凛に声を掛けた。
「……昨日はありがとう。それから、今まではごめんなさい」
円香は着席したままぺこりと頭を下げた。
凛が目をぱちくりさせると、円香はばつが悪い顔をしていた。
「あ、あーしも悪かったよ」
「うちも、今までごめんなさい」
「う、うん……」
円香の後に続いて瑠璃亜と由惟からも頭を下げられ、凛はその場では頷くことしかできなかった。
――でも、悪い気はしていなかった。おそらくは昨日の一件がきっかけだろうが、何にしても、今後はやっとまともな友人関係が築けるのかもしれない。
「……これからは、仲良くしてくれる?」
円香に上目遣いで訊ねられ、凛はここでようやく笑顔を見せる。
「――うん。こちらこそ、よろしく」
††
その日の放課後。
凛は帰路の途中で円香たち三人と別れ、家路に就く。
しばらく一人で歩いた先で、凛は見覚えのある黒のアタッシェケースを持った大柄な男を目にする。茶系の長髪を後ろで束ねた無精髭の男――六守破譲悟という名の、あの霊能探偵だ。
道端に立ち、右手――義手のはずだ――に持った煙草をくゆらせる譲悟を、凛は素通りしようとした。
「おい」
声を掛けられ、凛はぴたりと足を止める。
「……なんですか?」
凛が振り返り様に訊ねると、譲悟は爪先で煙草の火を踏み消していた。
――もしかしたら、御礼を言った方がいいのかもしれない。
凛の中にはそんな気持ちもあった。譲悟が現れなければ、凛たち四人はなすすべなく巨蟹の餌食になっていたのだろうから。
しかし、凛は譲悟によって「怖い目に遭わされた」という思いも強く、素直に感謝する気持ちにはなれなかった。
「知ってるか? 昨日のアレみたいな化け物が世の中にはわんさかいる」
「うそ……」
譲悟の言葉は、凛の中の常識を打ち砕くには十分な破壊力を持っていた。
凛は、今まで暮らしていた日本という平和な国が、鬼たちが跋扈する地獄に変わってしまったような感覚を覚えた。
「化け物に抗えるのは、力を持った一握りの人間だけだ。俺や、お前のようにな」
続く譲悟の言葉の中には、聞き逃がせないポイントがあった。
「……私も?」
目を見開いたままの凛に対して、譲悟は呆れたように肩を竦めた。
「……あれだけのことをやっておいて、自覚がないとは驚きだ」
譲悟の口振りでは、凛にも妖怪退治の才能があるらしい。とはいえ、それだけで化け物と戦えるわけではない、という話だ。
「――次に化け物と出くわしたとき、隣に俺がいると思うな。手元に剣があると思うな。今のままなら、お前は何もできずに死ぬ」
「ど、どうすればいいの……?」
誘導されていると感じながらも、凛はそう訊かざるを得なかった。
「昨日渡した名刺、まだ持ってるか?」
凛は頷いて、カードケースから名刺を取り出す。
「力の使い方を教えてやる。その気があるなら、事務所でバイトとして雇ってやるよ」
「東京……」
凛は改めて、六守破霊能探偵事務所の住所を確認した。凛が両親と暮らしていた場所とは異なるが、同じ東京都内だった。
「保護者と相談して――」
「行くわ、私」
譲悟の言葉を遮って、凛は即決した。
その答えを聞いて、譲悟は思わず口笛を吹いた。
「あなたの事務所でお手伝いをする。だから――」
凛の双眸に二つの青い火が灯る。
「――私に、戦い方を教えて」
譲悟は口角を吊り上げ、不敵な笑みを浮かべる。
「いいぜ」
(了)
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【後書き】
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
最終話のサブタイトルは「幕開け」。あたかもこれから大きな物語が始動しそうですが、実は作者としてはまだ何も考えていません(暴)
詳しくは近況ボードの方に綴るつもりなので、よろしければそちらも是非ご覧ください。
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