幻想神話朗読譚:星紡ぎの書架

Sora_Shirakawa

文字の大きさ
8 / 12
星の章

第八話「おやつをかくした魔女」

しおりを挟む
今宵もまた、青の丘に星が灯りますわ。
小さな雲の切れ間から顔をのぞかせた星たちは、まるで何かの秘密を知っているかのように、ちらちらと瞬いております。
セレーナ・イリア・F・クリスティアは、そっと頬に指を当てて囁きました。

「星の夜にだけ開く、魔女の戸棚があるとしたら――中には、いったい何が入っていると思いますか? 今宵は、そんな魔女と星のおやつのお話をいたしましょうか」

* * *

昔むかし、森の奥深くに、“おやつをかくす魔女”が住んでおりました。

その魔女は町に下りてくることは滅多になく、誰にも顔を見せぬまま、月に一度、満天の星が見える夜にだけ戸棚を開くのだと噂されておりました。

魔女の名はセレヴィア。彼女がつくるおやつは、ひとくちで笑顔になれるといわれ、星の夜に空を見上げて願うと、どこからともなく甘い匂いがするのだとか。

ある夜、村の少女ティナは空腹のまま眠りにつけず、窓辺から空を見上げてそっとつぶやきました。

「魔女さま、おやつを、ちょっとだけ……」

そのとき、不思議な風がふっと部屋に入り、何かが枕元に転がりました。
それは、小さな焼き菓子。星のかけらのような形をしておりました。

驚いたティナは次の夜、森の入り口まで足を運びました。すると、霧の中から声が聞こえました。

「お願いは、星の夜にだけ叶えるの。秘密にできるなら、ひとつだけよ」

それからティナは何度か、おやつを受け取りました。
チョコの羽根、キャラメルの月、シュガーの星屑。すべては夜にしか現れず、翌朝には跡形もなく消えておりました。

けれど、あるとき、ティナは友達に話してしまいました。

「ほんとに魔女がいるのよ、夜にだけ!」

その夜、星は雲に隠れ、魔女は現れませんでした。

それから三日、五日、一週間……星の夜は訪れても、甘い匂いは漂ってきませんでした。

ティナは泣きながら、空に向かって叫びました。

「ごめんなさい、誰にも言わないから。わたし、ほんとうに、だいじにしてたの」

すると、静かに霧が晴れ、森の奥からひと筋の光が道を照らしました。

そこには、小さな籠が置かれており、中には包み紙で丁寧にくるまれた“星のクッキー”が入っていたのです。

包み紙にはこう書かれていました。

「わたしのことを忘れないでくれて、ありがとう。次は――だれかを笑顔にする番よ」

それからというもの、ティナは夜ごと、こっそりと小さなおやつを用意しては、星を見上げて誰かの幸せを願うようになりました。

星はすべてを見ておりました。魔女のことも、秘密も、やさしい気持ちも。

* * *

セレーナは調律器を撫でながら、ゆっくりと語りを閉じました。

「誰かの秘密を守ることは、ときに魔法のような力を生むのですわ。とくに星の夜には――」

ミレーヌは目を輝かせながら、「ねえ、セレーナおねえさま……今日、星、出てますわよね?」とささやきました。

クレアはそっとノートに「星の夜にだけ開く心の戸棚」と記しました。

エリオットは鼻を鳴らして言いました。「甘いもん食べたいだけなんじゃないの、それ」

けれど、窓の外に浮かぶ星は、そんな会話を微笑ましく見守っているようでございました。

■ 登場人物

【語りを聞いていた人物】
・セレーナ・イリア・F・クリスティア:語り部。星の夜に語る、魔女と秘密のお話。
・ミレーヌ:甘いものと星が大好きな少女。夢と現実のあわいに心を躍らせる。
・クレア:物語を記録しながら、心の機微をノートに書き留める観察者。
・エリオット:おやつへの本音も漏らしつつ、物語の裏を探る少年。
・他、孤児院の子どもたち数名(描写省略)

【物語内の登場人物】
・ティナ:星の夜に願いをかけた少女。魔女との秘密のやりとりを大切にする。
・セレヴィア:おやつをかくす魔女。星の夜にだけ現れる、不思議でやさしい存在。
・村の友達:ティナがつい秘密を漏らしてしまった相手(詳細な描写なし)。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

乙女ゲームの悪役令嬢、ですか

碧井 汐桜香
ファンタジー
王子様って、本当に平民のヒロインに惚れるのだろうか?

後悔などありません。あなたのことは愛していないので。

あかぎ
恋愛
「お前とは婚約破棄する」 婚約者の突然の宣言に、レイラは言葉を失った。 理由は見知らぬ女ジェシカへのいじめ。 証拠と称される手紙も差し出されたが、筆跡は明らかに自分のものではない。 初対面の相手に嫉妬して傷つけただなど、理不尽にもほどがある。 だが、トールは疑いを信じ込み、ジェシカと共にレイラを糾弾する。 静かに溜息をついたレイラは、彼の目を見据えて言った。 「私、あなたのことなんて全然好きじゃないの」

【12月末日公開終了】これは裏切りですか?

たぬきち25番
恋愛
転生してすぐに婚約破棄をされたアリシアは、嫁ぎ先を失い、実家に戻ることになった。 だが、実家戻ると『婚約破棄をされた娘』と噂され、家族の迷惑になっているので出て行く必要がある。 そんな時、母から住み込みの仕事を紹介されたアリシアは……?

ゲーム未登場の性格最悪な悪役令嬢に転生したら推しの妻だったので、人生の恩人である推しには離婚して私以外と結婚してもらいます!

クナリ
ファンタジー
江藤樹里は、かつて画家になることを夢見ていた二十七歳の女性。 ある日気がつくと、彼女は大好きな乙女ゲームであるハイグランド・シンフォニーの世界へ転生していた。 しかし彼女が転生したのは、ヘビーユーザーであるはずの自分さえ知らない、ユーフィニアという女性。 ユーフィニアがどこの誰なのかが分からないまま戸惑う樹里の前に、ユーフィニアに仕えているメイドや、樹里がゲーム内で最も推しているキャラであり、どん底にいたときの自分の心を救ってくれたリルベオラスらが現れる。 そして樹里は、絶世の美貌を持ちながらもハイグラの世界では稀代の悪女とされているユーフィニアの実情を知っていく。 国政にまで影響をもたらすほどの悪名を持つユーフィニアを、最愛の恩人であるリルベオラスの妻でいさせるわけにはいかない。 樹里は、ゲーム未登場ながら圧倒的なアクの強さを持つユーフィニアをリルベオラスから引き離すべく、離婚を目指して動き始めた。

主婦が役立たず? どう思うかは勝手だけど、こっちも勝手にやらせて貰うから

渡里あずま
ファンタジー
安藤舞は、専業主婦である。ちなみに現在、三十二歳だ。 朝、夫と幼稚園児の子供を見送り、さて掃除と洗濯をしようとしたところで――気づけば、石造りの知らない部屋で座り込んでいた。そして映画で見たような古めかしいコスプレをした、外国人集団に囲まれていた。 「我々が召喚したかったのは、そちらの世界での『学者』や『医者』だ。それを『主婦』だと!? そんなごく潰しが、聖女になどなれるものか! 役立たずなどいらんっ」 「いや、理不尽!」 初対面の見た目だけ美青年に暴言を吐かれ、舞はそのまま無一文で追い出されてしまう。腹を立てながらも、舞は何としても元の世界に戻ることを決意する。 「主婦が役立たず? どう思うかは勝手だけど、こっちも勝手にやらせて貰うから」 ※※※ 専業主婦の舞が、主婦力・大人力を駆使して元の世界に戻ろうとする話です(ざまぁあり) ※重複投稿作品※ 表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。

魅了の対価

しがついつか
ファンタジー
家庭事情により給金の高い職場を求めて転職したリンリーは、縁あってブラウンロード伯爵家の使用人になった。 彼女は伯爵家の第二子アッシュ・ブラウンロードの侍女を任された。 ブラウンロード伯爵家では、なぜか一家のみならず屋敷で働く使用人達のすべてがアッシュのことを嫌悪していた。 アッシュと顔を合わせてすぐにリンリーも「あ、私コイツ嫌いだわ」と感じたのだが、上級使用人を目指す彼女は私情を挟まずに職務に専念することにした。 淡々と世話をしてくれるリンリーに、アッシュは次第に心を開いていった。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

冷遇王妃はときめかない

あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。 だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。

処理中です...