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星の章
第九話「おばけの図書館β」
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今宵もまた、青の丘に星が灯りますわ。
けれど今夜の星たちは、少し遠慮がちに、雲の隙間からそっとこちらを覗いております。
セレーナ・イリア・F・クリスティアは調律器の弦を軽くつまびき、静かに言葉を紡ぎました。
「本が好きな幽霊がいたら、どんな本を読むと思います? 今宵は……星の夜だけ開く、“おばけの図書館”のお話をいたしましょうか」
* * *
とある町のはずれに、夜になると現れるという古い図書館がございました。
昼間は誰もその存在を知らず、夜の星が昇るころ、ひっそりと霧の中に扉が開くというのです。
この図書館には、不思議な掟がありました。
――「星の光を通したページしか読むことはできません」
だから、月夜ではだめで、曇り空でも読めない。
星の夜にだけ、本が文字を浮かべるというのです。
この図書館を見つけたのは、読書好きの少年アレンでした。
ある晩、彼は迷い込んだ裏路地で、小さな灯りと古びた扉を見つけました。
「図書室」の札がかかっており、扉を開けると、ほこりにまみれた書棚が無数に並んでおりました。
そして、その奥にひとりの司書が立っていました。
透き通るような白い姿。まるで光の影でできたようなその人影は、そっと言いました。
「静かに、星の本たちが目覚めています」
アレンが棚の一冊を手に取ると、確かに、星の光がページを照らすたびに文字が浮かんでは消えてゆくのです。
それはどれも、見たことのない物語。
“夜にだけ咲く花の話”や“星の涙でできた海の話”、あるいは“まだ誰にも語られていない未来の話”。
アレンは夜ごと通い、本を読み、時に司書と静かに話しました。
「あなたは……おばけなの?」
問いかけると、司書は笑いました。
「わたしは“読み終えられなかった物語”のなれの果てよ。星がなければ、もうページも開かれないの」
ある夜、アレンは尋ねました。
「どうすれば、あなたの物語は終われるの?」
司書はゆっくりと手を伸ばし、棚の一冊を差し出しました。
「これを最後まで、読んでくれる?」
アレンは頷き、ページを開きました。
その物語は、どこか彼自身に似た少年の話。
読んでいくうちに、自分の心がページのなかへと溶けていくような気がしました。
そして、最後の行に辿りついたとき、司書の姿はもう消えていました。
代わりに、棚の最上段に一冊の新しい本が置かれていました。
背表紙には、こう記されていました。
――「アレンと星読みの図書館」
それ以来、アレンは星の夜ごとにだけ開くその場所で、誰かに本を渡す係になったのです。
もしかすると、今宵どこかであなたも、扉を見つけるかもしれませんわね?
* * *
セレーナは調律器から手を離し、目を閉じてささやきました。
「本は、読まれることで命を得ます。星の光に照らされた物語は、いつまでもそこに――待っているのですわ」
クレアは感極まったように、小さな声で言いました。
「わたくし……その図書館に、行きたいですわ……」
エリオットは「どうせホラーなんでしょ」と言いながらも、どこか名残惜しそうに窓を見ていました。
テオは一言、「星……読んでる」とつぶやいて、セレーナに微笑まれました。
■ 登場人物
【語りを聞いていた人物】
・セレーナ・イリア・F・クリスティア:語り部。星と本の交差する夜に語りかける。
・クレア:物語の読者として図書館の夢に惹かれる少女。
・エリオット:怖がりを装いつつも物語に惹き込まれていく少年。
・テオ:星と本を直感で結びつける、不思議な気配のある少年。
・他、孤児院の子どもたち数名(描写省略)
【物語内の登場人物】
・アレン:夜の図書館を見つけた少年。読むことで物語を終わらせる力を持つ。
・幽霊司書:読み終えられなかった物語の化身。星の光でしか姿を現さない。
けれど今夜の星たちは、少し遠慮がちに、雲の隙間からそっとこちらを覗いております。
セレーナ・イリア・F・クリスティアは調律器の弦を軽くつまびき、静かに言葉を紡ぎました。
「本が好きな幽霊がいたら、どんな本を読むと思います? 今宵は……星の夜だけ開く、“おばけの図書館”のお話をいたしましょうか」
* * *
とある町のはずれに、夜になると現れるという古い図書館がございました。
昼間は誰もその存在を知らず、夜の星が昇るころ、ひっそりと霧の中に扉が開くというのです。
この図書館には、不思議な掟がありました。
――「星の光を通したページしか読むことはできません」
だから、月夜ではだめで、曇り空でも読めない。
星の夜にだけ、本が文字を浮かべるというのです。
この図書館を見つけたのは、読書好きの少年アレンでした。
ある晩、彼は迷い込んだ裏路地で、小さな灯りと古びた扉を見つけました。
「図書室」の札がかかっており、扉を開けると、ほこりにまみれた書棚が無数に並んでおりました。
そして、その奥にひとりの司書が立っていました。
透き通るような白い姿。まるで光の影でできたようなその人影は、そっと言いました。
「静かに、星の本たちが目覚めています」
アレンが棚の一冊を手に取ると、確かに、星の光がページを照らすたびに文字が浮かんでは消えてゆくのです。
それはどれも、見たことのない物語。
“夜にだけ咲く花の話”や“星の涙でできた海の話”、あるいは“まだ誰にも語られていない未来の話”。
アレンは夜ごと通い、本を読み、時に司書と静かに話しました。
「あなたは……おばけなの?」
問いかけると、司書は笑いました。
「わたしは“読み終えられなかった物語”のなれの果てよ。星がなければ、もうページも開かれないの」
ある夜、アレンは尋ねました。
「どうすれば、あなたの物語は終われるの?」
司書はゆっくりと手を伸ばし、棚の一冊を差し出しました。
「これを最後まで、読んでくれる?」
アレンは頷き、ページを開きました。
その物語は、どこか彼自身に似た少年の話。
読んでいくうちに、自分の心がページのなかへと溶けていくような気がしました。
そして、最後の行に辿りついたとき、司書の姿はもう消えていました。
代わりに、棚の最上段に一冊の新しい本が置かれていました。
背表紙には、こう記されていました。
――「アレンと星読みの図書館」
それ以来、アレンは星の夜ごとにだけ開くその場所で、誰かに本を渡す係になったのです。
もしかすると、今宵どこかであなたも、扉を見つけるかもしれませんわね?
* * *
セレーナは調律器から手を離し、目を閉じてささやきました。
「本は、読まれることで命を得ます。星の光に照らされた物語は、いつまでもそこに――待っているのですわ」
クレアは感極まったように、小さな声で言いました。
「わたくし……その図書館に、行きたいですわ……」
エリオットは「どうせホラーなんでしょ」と言いながらも、どこか名残惜しそうに窓を見ていました。
テオは一言、「星……読んでる」とつぶやいて、セレーナに微笑まれました。
■ 登場人物
【語りを聞いていた人物】
・セレーナ・イリア・F・クリスティア:語り部。星と本の交差する夜に語りかける。
・クレア:物語の読者として図書館の夢に惹かれる少女。
・エリオット:怖がりを装いつつも物語に惹き込まれていく少年。
・テオ:星と本を直感で結びつける、不思議な気配のある少年。
・他、孤児院の子どもたち数名(描写省略)
【物語内の登場人物】
・アレン:夜の図書館を見つけた少年。読むことで物語を終わらせる力を持つ。
・幽霊司書:読み終えられなかった物語の化身。星の光でしか姿を現さない。
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