創世樹

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第11話 等しく同じで、等しく異なる生命

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 ――――エリーは、貫かれた。途方も無い力を込めた大槍ヘビーランスで以て――――過たず衣服ごと胸部の皮膚を裂き、筋肉と骨を千切り…………心臓を穿たれ、背中側に槍の先端が見えている――――



「――ッハッハッハァーーーッッ!! った!! 殺ったぞ、エリー=アナジストンッッッ!!」



 ――身体のやや下側から貫かれたエリー。力なく、大槍に体重を預け……串刺しの、早贄の如くぶら下がる――――狂ったように高笑いを上げ、勝ち誇るセリーナ=エイブラム。



「――――?」



 だが、セリーナはすぐに違和感を覚えた。



 穿ちぬいた大槍を引っ張り、すぐにでもエリーの亡骸を地上に蹴り捨てたいのだが――――



「……何故だ……何故抜けない――――」



 反動をつけ、ぐっ、と何度も引っ張るが、槍は抜けない。




「――――!?」



 そして、ようやく理解した。



 エリーの右手は、穿ち抜かれたとはいえ、大槍の軸をしっかりと掴んでいたのだ。



 突然死後硬直が起きたわけでもないのに、その掴む力は全く緩まない。




 否。




 むしろ、その槍を掴む力はどんどんと強まっている――――! 




「――――まさか、そんな――――」



 俄かに、死骸であるはずのエリーの全身からひと際赤黒い英気オーラが立ち昇る!! 



「――――痛った~…………75%…………開……放――――!!」




 なんと、心臓を貫かれてもエリーは死なず、轟然と力を漲らせ――――セリーナを睨む。



「――くッ……離せッ、この――――化け物!!」



 セリーナは満身の力を込め、脚部の噴射まで利用して大槍を引き抜いて取り返そうとする。噴射する炎を浴び、エリーの全身は焦げていく――――



「『化け物』、って言われるのは……慣れてるわ…………でも…………あんたはどうなの……? 自分の力をブン回して、ただ勝ち誇るような、あんたみたいな人間は――――」



「ぐっ……」



 大槍はびくともしない。エリーの胸を貫いたまま、全く引き抜けない――――



「そんなあんたみたいなのは――――『鬼』みたいな大化け物よ――――!!」



「――なッ!?」




 なんとエリーは痛みに耐えながら凄まじい腕力で――――槍をさらに身体に食い込ませてまでセリーナを引き寄せ――――




「――でりゃああああああああアアアアアアアアアッッッ!!」




「――がッ…………」




 ――――剛腕を以て、セリーナを下顎からアッパーカットを喰らわせた!! 



「――――はあーーーッ!!」



 さらに、エリーも鬼の炎を使って脚から噴射、大槍が刺さったままの身体を縦に一回転させ――――猛烈な踵落としをセリーナの脳天に浴びせた!! 



「がはああああああああああ…………ッ!!」




 猛烈な勢いで、キリモミ回転しながらセリーナは地上へと落ちていき――――すぐに地面と激突した。ひと際大きく土煙が撒き上がる。



 一方のエリーは――――



「――ぐぐぐ……ええいっ!!」



 胸に深々と刺さった大槍を、まずは引き抜いた。ブシュウッ……と胸と背中から血しぶきが上がり、激痛が広がる。



「はあーっ…………はあーっ……ふうーっ…………」



 瞼を閉じ、すぐにエリーは……深く呼吸をして鬼の力を練り、胸を中心に全身の傷や火傷に精神を集中した。




 すると――――完全に破壊されたエリーの心臓が忽ち再生し、元の拍動する臓器へと回復した! 次いで肋骨などの骨、筋組織、皮膚、と…………セリーナの噴射で焦げた皮膚も、まるで紙の炙り出しを逆再生したように健康的で艶のある素肌を取り戻していく……。



 10秒待つか待たないか。エリーは衣服が多少破けた以外は平生と同じ状態にまで回復しきった。


 脚からの鬼火のエネルギー噴射を巧みに調節しながら空中から降下し、エリーはゆっくりと地上へと戻った。




「――ふうーっ……――ふっ! でやあッ!!」



 すかさず、ガイたちを閉じ込めている電撃結界を張っている装置を、飛び蹴りで破壊した。パラパラと破片が飛び、すぐに電撃結界は消えさり、ガイたちは屈めていた身を起こしてエリーに駆け寄る。


「エリー! 無事……でもねえようだな…………」



 ガイはこの窮地でも超人的な能力と技で切り抜けたエリーの……身体は一見無事だが、心中はそれほど穏やかでないことを悟った。



「……はあーっ……はあーっ…………ごめん、ガイ。決められた開放度、オーバーしちゃった」



「……いや、こりゃあ無理もねえ。あれぐらい力を出してないとこっちが殺られてたぜ。本当に人間かよ、こいつは…………」



 ――――もう少しで、殺されていた。



 エリーはガラテア帝国に造り出された身で、『鬼』の力を駆使する。それを加味してもなおエリーに追い縋り、心臓を穿ち抜かれた。



 その事実が、エリーに久しく無かった生命の危機としての恐怖を呼び起こし…………目の前に横たわる猛女のとてつもない意志力と闘争の力に驚嘆の念を禁じ得なかった。



「――強かったよ、こいつ。めちゃくちゃ強かった…………もうちょいでみんな殺されてたと思うと……確かに恐かったわね…………」



「――あァ。かなりヤバかったな…………テイテツ。そいつはどうだ。死んだのか?」



 テイテツはゴーグルを駆使し、万が一セリーナが騙し討ちにでも出ることを警戒し距離を取りながら様子を見る。



「エリーが打ち付けた頭部、さらに地面に激突した際の背骨や肩甲骨を中心に全身に亀裂骨折。心拍、脳波系、共に弱まっていますが……辛うじて生きています」



「げ……マジかよ…………まあそんな気はしたけどよ」



 空中から地面に打ち下ろした際に、エリーとガイは微かに確認していた。



 セリーナが地面に激突する寸前に、最後の力を振り絞り、脚部の噴射を用いて……ほんの僅かではあるが身体へのダメージを軽減したことを。




「もっとも……このままにしてりゃあ死ぬだろうがな――――きっちりと、トドメ刺しとくぞ…………?」



「……うん。お願い……あたしは力を鎮めるまでもうちょい時間かかるし…………」



「…………!!」




 万が一……一命を取り留めれば、再び襲い来るやもしれぬ猛女。ガイは静かに刀を抜き放ち、歩み寄ってセリーナの首を――――



「――――グロウ。邪魔だ。どけ。」



 介錯しようとするガイの前に、グロウは立ち塞がり真っ直ぐにガイの目を注視する。




「――――嫌だ! いくらお姉ちゃんを殺そうとした人でも……同じ人間だよ! ガイとも同じ人間!!」



「――それがどうした。同じ人間……だからこそだ。人間という恐ろしい生き物だからこそ、殺さなきゃならねえ。」



「どうして!?」



「冒険の鉄則だ。そいつはエリーを殺すことに執着して襲い掛かって来た。もし放っておいたら、きっとまた襲い掛かってきやがる。グロウ、おめえだって死ぬかもしれねえんだぞ。」



「……そんなことはわからない!! 人間は機械じゃあない…………今度はお姉ちゃんを恐れて戦わないかもしれない!」



「――ちっ。話にならねえな。グロウ、おめえの覚悟はその程度か? 襲い掛かってくる奴一人殺せねえで、よく俺たちとついてくるなんて言いやがったな――――エリー。おめえが教えろ。」



 冒険者としての生命の遣り取り。その覚悟が未だ定まらないグロウに、ガイは業を煮やしつつもエリーに任せる。エリーは、あえて『鬼』の英気オーラが鎮まり切らないままグロウに接する。



「――お姉ちゃん…………」




「――グロウ…………」



 エリーはグロウの両肩に手を置き、その目を真っ直ぐと見た。俄かにエリーの手に力が入る――――



「――――ッ!?」




 ――――途端に、ぞわぁっと、グロウは凄まじい怖気を感じた。



 平生は呑気とも言えるエリーが、敢えて先ほどの闘いでも見せた強烈な殺気を、グロウに突き刺したのだ。




「――恐いでしょ? グロウ。冒険する人たちはね、あたしたちを含め、みんな『こう』なの。自分たちが生き延びる為なら、他の生命いのちが潰れるのを少しも気にかけない。ナルスの街で出会ったガラテア軍たちなんて、もっと酷いわ。そこで倒れてる……セリーナとかいう人もね、自分の卑しい欲望の為だけに人を襲ってんの。きっと、あの手はとっくに血塗れのはずよ――――悲しいけど、みーんなお互いに……そんな簡単に生命を渡すわけにはいかないの! グロウ、もちろんあんたの生命もね。そんなの、絶対許せないもん――――わかってくれるわね?」



 エリーは『鬼』の英気をそのままに、心の裡の暗黒を強めて、声色は氷のように冷たく…………グロウに突き立てる。グロウの両目から、俄かに恐怖心からなる涙が零れて落ちる――――



「――うくっ…………それでも、生命は生命だ!! みんな等しく、『創世樹』から受け継がれてきた生命だ!! 誰もが持っていて、誰もがみんな違う生命なんだ!! 決して代わりなんて存在しない……この世でたった一つの生命!! 殺したら、それこそ――――お姉ちゃんもガイも、ガラテア軍と同じじゃあないかッ!!」



「あっ……グロウ!!」



 グロウはエリーの手を振り払い、倒れ伏すセリーナに駆け寄る。



「――――一体……何なの、この気持ちは…………!?」



 エリーは、もはやグロウがかつての弟と生き写しであるという親愛の感情を殺して接した。『鬼』の英気で闘争心が昂っている今ならば容易いことであった。





 だが、エリーはそれだけではない『何か』をグロウに感じ取っていた。





 それは、ただの無垢な少年が持ち得るものとは明らかに異なっていた。




 まるで、生まれながらの聖者のような…………世の人間が侵し難い、神聖で厳粛なモノでも目の前にしているような、強く、不可思議な存在を相手にしているような気さえした。




 それは、エリーもガイも生まれて初めて味わう感覚であった。問答無用に、己の裡の穢れや剣呑な鬼気を清浄なモノで浄化してしまうような――――そんな、ある種どんなドス黒い殺意よりも強い感覚…………。




 次の瞬間、すぐにグロウは、例の謎の治癒の光で、セリーナを癒し始めていた。




「――う、ううう…………」



 意識が戻りつつあるのか、セリーナは呻き声を上げる。



「だ、駄目よ、グロウ!! また襲われたらどうすんの!!」



 何とかセリーナからグロウを引き離すエリー。



「――嫌だ、離して!!」



 単なる腕力では、エリーの指一本で組み伏すことすら出来る。



 だが、グロウの双眸は、決して潰えることなき強い意志の光が灯っていた。いくらエリーやガイが殺気を伴って説き伏せようとも…………断じて穢れることのない神聖な意志のようなものがあった。




「――ちっ! やってらんねえぜ。グロウ、エリー、どけ」



「ガイ……」

「ガイ! 殺しちゃ駄目だッ!!」



「――グロウ。俺たちの負けだ……こいつは殺さねえよ。」



「――ガイ……久々に見せてくれんの!? うわー!!」



 エリーは殺気を解き、途端に喜色満面な笑みを浮かべてガイの肩をポンポン叩く。



「……うるっせえ。俺ァ不本意も不本意。ストレスでいい加減ハゲちまいそうだぜ……全くどいつもこいつも…………」



 ガイは刀を鞘に納め、苦い顔をしてグロウを見た。『エリー以上に厄介な奴が仲間になったな』と、喉元まで出かかっていた。



 ガイは静かにセリーナに近づき、しゃがんで…………右手を彼女の腹部にかざした。



「……すうーっ…………ふうーっ…………」



 深呼吸をして、精神を集中すると――――今度はガイの掌に青白い、涼やかな光を帯び始めた。



「――我は癒し手。天上にて見渡すしゅから受けし祝福と、主に仕えしこの聖徒のわざを以て、今眼前に倒れ伏す兄弟に癒しを施さん――――」



 ガイが何やら祝詞を読み上げ始めると、青白い光は徐々に強まり、セリーナの全身を包む。



「――聖徒よ。我らが諸人もろびと同胞はらからよ。主の御恵みを享受せよ。癒し手は主と、主から放たれる光に信仰を捧げよ。さすれば、主の御慈悲と我らが聖徒の切望が力となりて……汝を死の床の淵より救い出さん…………」



 すると、見る見るうちにセリーナの全身の傷が塞がっていく。



「う、うう…………ここ、は…………お前、は…………」



 意識を取り戻したようだ。


「お姉ちゃん……これは?」


「ガイはね。回復法術ヒーリングっていう力の使い手でもあるの。神様にお祈りをして自分の精神を集中して……怪我や少々の病気なら治せるのよ。昔はそういう力を使って人を守ってたっていう聖騎士様にガイは憧れててね……頑張って身に付けたのよ!」


 テイテツも近づき、説明を補足する。


「……エリーの『鬼』の力による回復力には劣りますが、それはエリー自身の身体にしか使えません。グロウ。貴方のその謎の治癒能力もかなりの回復能力があると思われますが……確実に、何の副作用も無く治療するならこの回復法術が安全です」



 やがて、セリーナの身体は生気を取り戻していく。骨折も治癒し、大事な臓器や筋組織も回復したようだ。



「――けっ。俺ァ聖騎士サマなんかじゃあねえ。神様なんて馬鹿げたモンも本当は信じちゃあいねえよ。回復法術を使うのに、この神様とやらを崇める言葉が必要なだけだ……普段は滅多にしねえよ。グロウ、おめえさえゴネなけりゃあな……回復法術はほんのちょっと素質のある奴がほんのちょっと努力すりゃ誰でも会得できるもんだ。人間の鍛えた技に過ぎねエ。信仰なんてもんは本来関係ねえよ……」


 意識を取り戻し、傷も回復したセリーナはゆっくりと上体を起こした。エリーたちは身構える。もちろん大槍も遠くへどかしている。



「……何故……私を助けた。それに、何だ…………このスッキリとした気持ちは…………?」



「……スッキリした気持ち~?」



 身構えながらもエリーはいつもの間延びした声で聞き返す。



「……確か……そこの、エリー=アナジストンに私は敗れたはず。てっきり死んだと思ったが…………この傷を治したのは……そこの男か」




「……ああ。てめえには本当は潔く旅立ってもらうはずだったんだがな。生憎、俺たちの仲間がゴネたんでな……それでも俺の回復法術でよくそこまで回復したもん――――いや、待てよ……」



 ガイは、ふと思い出す。



「俺が回復法術をかける前に、グロウが触ったっけな……どうりで治りが良すぎるはずだぜ…………スッキリした気分とかぬかしたが、まだやる気か?」



 本人が言った通り、セリーナは先ほどまでの鬼気に満ちた顔は和らぎ、涼やかな表情をしている。



「……そこの子供、何かしたのか…………? さっきまで全身に燃え滾っていた闘志が……まるでせせらぎのように落ち着いてしまっている……」



 セリーナは傍らに立つグロウを見つめる。



「……僕は……貴女の『生命いのち』に……新たな力の種を蒔いただけ。恐い気持ちが落ち着いたのなら……貴女自身が自分の意志で生まれ変わろうとしただけ、だよ……」



「……グロウ、何言ってんの?」
「何の話だあ?」
「……『力の種』? ……『生まれ変わる』……」

「…………!!」



 グロウの不可思議な言葉に皆が首を傾げる中、セリーナだけが何かを理解したようだ。



「……私が……私が生まれ変わろうとしている…………か…………」



 セリーナはゆっくりと立ち上がった。



「――闘志が萎えたんなら、さっさと消えな。次は無え。」




「……萎える? 私が…………? ――ふっ、くくくく…………」



 セリーナは不敵に笑い、また出会ったばかりのような覇気が見え始めた。エリーたちは構える。



「おっ、やっぱやる気ー? 今度は手加減しないよー!?」




 セリーナは天を仰いだ。




 太陽が眩いまでに照らしている。




「――いや。このセリーナ=エイブラム……負けた上に敵に情けまでかけられて、むざむざやぶれかぶれに闘う気は無い。降参だ。――――それに、そこの子供には……大切なことを思い出させてもらった…………」



「……大切な事って?」




「……約束さ。大切な人との、な……」



 セリーナはゆっくりと歩き出し、得物の大槍を拾った。当然エリーたちは構えるが……大槍は可変式だったのか、一瞬にして短剣ぐらいの長さにまで収まり、懐に仕舞った。




「……気が済んだか? だったら、すぐに俺たちの前から消えるんだな」


「――いや、それも出来ない」



「――何? じゃあやっぱやる気か…………?」




 セリーナはエリーたちに向き直り、こう告げた。



「図々しいが、頼みがある――――私を旅の一行に加えてくれ。そこのエリー=アナジストンと子供から、強さを学ぶ為に――――」



「――――は!?」



 エリーの素っ頓狂な声が、荒野に響き渡った。
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