創世樹

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第12話 憧憬〜エンデュラ鉱山都市へ

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 ――――エリーたちは再び荒野をガンバで駆け、エンデュラ鉱山都市へと向かっていた。


「――テイテツー。あとどれくらい~?」


 エリーはグロウと共に教科書片手に勉強をしながら、尋ねる。



「現在時速60kmで走行中。目的地までに目立った遮蔽物なし。あと2時間あまりで到着予定」



「そっか~。じゃあもう少しね~……ふあぁ~……」


「……おめえ、よく欠伸なんかしてられんな…………」



 ガイはエリーのことはよく知ってはいるが、これまで旅をしてきて滅多にない状況に動揺を隠し切れない。



「――んあ? しょーがないじゃん~。勉強なんて孤児院ぶりなんだもん~……眠くなってきたわよ~」



「僕も~……ふあぁ~……」



 グロウもつられて欠伸をする。



「……まったく、どいつもこいつもまともな神経してねえよな――――こいつがついてきてんのに。」




 ガイがふと右の窓から外を眺めれば――――ガンバの走行と同じ速さで並走する、先ほどの襲撃者・セリーナ=エイブラムの姿が見える。



 彼女はその脚部にあるものと同じ、エネルギー噴射を利用した空中走行盤エアリフボードに両足を取り付け、巧みにバランスを取って空中を低空で飛び続けている。



 空中走行盤エアリフボードは、元々はスケートボードの愛好家たちが、そのスリルをそのままに空中も飛べないものかと開発した結果、軍事転用の為かガラテア軍が技術協力することで実現した簡易的な乗り物だ。




 軍事の為の技術が、今日の日常生活の便利さへとやがて還元される。



 それもまた否定しきれない事実である。



 尤も、この空中走行盤はまだまだ開発途上の為、単なる愛好家には噴射のコントロールや姿勢制御、使用者の高い身体を操るセンスや体力が無ければとても飛べない代物なのだが。




 さて、低い空を颯爽と飛び、エリーたちについてくるセリーナ。先ほどまで生命いのちの遣り取りをしたような、普通ならば険悪な雰囲気が漂っていても不思議ではないはずなのだが……。



 何故、こうなったのか。数時間前に遡る――――




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「――あっ、あたしたちに……ついてくるゥ!?」



「――図々しいって次元超えてんだろ…………なんでそーなる。てめえ、何が狙いだ」





 セリーナからの思わぬ申し出に困惑するエリーとガイ。




「……貴方たちは、強い。それも、唯々闘争心のままに力を振るう私のような人間とは違う強さも持っている。私はそれを、貴方たちと共に旅をすることで学びたい…………さっきまで殺し合いをしておいて勝手すぎる頼みであることは解っている――――でも、どうか。お願い…………」




「おい……あんま俺たちを舐めてると、今度こそ――――」



「まあ、待ってガイ。話……聴いてみようよ」





 エリーたちの仲間になると懇願するセリーナ。その眼差しには一点の曇りも、鬼気も感じられない。




 唯々、切実なる想いと願い。そんな光を、その赤みがかった瞳に湛えていた。




「――ねえ。大切な人との約束とか言ったよね? なんであたしたちと仲間になりたいか、せめてもうちょい理由話してくれてもよくない?」




 『鬼』の力も鎮めたエリーは、柔らかい声の調子で尋ねる。




「……それは――――故郷に置いて来た恋人との約束なの。……このピアスをくれた、ね…………」



 セリーナは、右耳に開けてある黄色いピアスに手を当て、語りだす。



「私は……確かに武門の家柄に生まれた。そして力を振るうことを何よりも誉れにしていた。――――だけど、ある日……父上は死に、途端に家は没落した。そして、何の縁だったかも解らないけど、急に貴族の家に引き取られた。」




 伏した目で語るセリーナの顔には、理不尽なモノへの怒りと悲しみが滲み出る。




「――貴族の家での生活は最悪だった。打算と汚い我欲に満ちていて、つまらん謀略に腐った頭をこねくり回す奴らばかり。私も武器を取り上げられ『貴族』らしい振る舞いやら作法やらを強要された。私にとっては、ストレス以外の何物でもなかったわ…………」




 きりきりと吊り上がったセリーナの目付き。だが、ふっ……と優しいものに変わる。




「……でも、そんな私を支えてくれる人がいた…………あの人は私にあらゆる慈愛と献身、心と慰めをくれたわ…………そして、家を出る前にこう言ったの――――『貴女が心も身体も、真に強くなったのなら、私は喜んで家を共に出て、貴女と幸せに暮らします』と…………」




「……愛する人と、幸せになる為の約束…………」
「…………」




 エリーとガイは、そのセリーナの想いを自分たちの中にあるものと重ねるようにして真剣に聴いた。




「……それでも、闘うことの強さしか知らなかった私は、やがて単なる戦闘の強さばかり追い求めるようになってしまった。本当は、どこかで気付いていたのかもしれない…………例え力ばかり強くなっても、真の『強さ』は手に入らない。私を愛してくれたあの人は、私に寄り添ってはくれないと…………そこの子供、グロウ、って言ったかしら? その子に触れられた時、単なる戦闘狂に堕ちていた私に……あの人の顔が、わっ、と思い出せたの…………もう少しで私はただの血を求める獣のままで終わってしまうところだった――――」




 そして、エリーたちに向き直り、続けた。




「――貴女たちを見ていて、そしてグロウに触れられて感じ取れた。単なる力の強さだけじゃあない。もっと人間の幸福を求める為に闘っていることに。――――どうか、お願い。私も旅に連れていって。貴女たちから、その幸せへと向かう為の『心』を学ばせて欲しい…………」




 セリーナは両膝をついて跪き、深々と頭を下げた――――








「――顔、上げなよ。セリーナ。あたしたちは確かにそう――――貴女と同じ、幸せの為に闘っているから――――」


「…………っ」




 思いの外、柔らかいエリーの返事に、セリーナは顔を上げる。



「……愛する奴の為に強さを求める、か…………生憎、俺たちはまだそんな理想的な状態には達してねえよ。――――あんたと同じ。まだまだ探して、修業してる最中さ…………」



「そそ!! 事情はよーく解った! あたしたちと一緒に、その『強さ』と『心』。探しに行こう?」



 エリーは快く、仲直りの印に、握手を求めた。




「――貴女たち…………ああ。よろしく頼む…………!」




 セリーナは緊張を解き、エリーの手を両手で包み、しかと握った――――




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「――目的が似たようなモンとはいえ……おめえら、よく何の警戒もせずにこいつを連れていけるな……」




 ガイは彼女が仲間になることを快諾したとはいえ、まるで最初から旧知の友であるかのように気軽に接し、セリーナに対し何の警戒心も抱かないエリーたちを見る。



「え~? 確かに、冒険者同士昨日の仲間は今日の敵ってことはよくあるけどさー。その逆だってあってもいいんじゃあないの~? あたしとガイが求めるモノに近いし、何より、仲間が多い方が楽しいじゃん!」



「いや。それはそうかもしれねえけどな……」



 ふと、会話が聴こえたのか、セリーナは空中走行盤を低くしてガイの運転席の近くを飛んだ。




「……私のことが信用ならない、若しくは私が途中で何か裏切りをしたのなら…………構うことは無い、その刀で私を後ろから斬ってくれ。その時はその時。私が求めるモノは手に入らなかったという証拠のようなものだ……それで私の人生は幕を引く。それぐらいは覚悟している」




 セリーナは畏れもなく毅然と言った。




「――けっ。取り敢えずその覚悟は認めてやるよ。……ところで、セリーナ。さっきのエリーとの戦いで見せた……人間業じゃあねえ反射や敏捷さは何なんだ? その……おめえもガラテアの鳥頭共に、何か改造でもされてんのか? ありゃあ、単なる才能や鍛錬がどうのってのを超えてるぜ」



 セリーナは前を向き直り、姿勢を制御しながら答える。



「あれは精神制御の一種だ。高めた英気オーラを、脳の認知系や神経系に干渉させて、脳内麻薬を分泌したり痛覚を緩和したり……要するに自己暗示だな。ゾーン状態の精神力、集中力をさらに爆発的に高めて身体を動かす。まあ、興奮状態ならそれ相応の危険はあるがな」




「うへえっ……マジか。そんな無茶な使い方であんな戦力を引き出してんのかよ……ふうーむ…………」




 ガイは一瞬セリーナの己の精神が乱れることも厭わないような手段に怖気を覚えながらも……密かに自分自身の闘い方にも応用できないものか、考え始めることにした。



「へえー! セリーナ、そんなことも出来んの!? そりゃあ強いわけだわー!」



「……私からしてみれば、エリー。貴女のその『鬼』の能力の方がよっぽど計り難いものがあるけれどね」



「あ、やっぱりそう思っちゃう? ……まあ、今後仲間としてついてくるわけだし、いいよねガイ? 話しても」



「……まあ、しゃーねーな。お互いの戦力に関することは情報を共有してねえと戦い方が違ってくらあ」




 それからしばらく、エリーとガイは自分たちの過去をセリーナに語った。



 孤児院で育ったが、それはガラテア軍の息がかかっていたこと。エリーは生体兵器として生み出された『鬼』と『人間』のミックスであること。大切な弟のような仲間もそうで、人体実験の末失い、なし崩し的に冒険者になったこと……そして幸福を求めて日々心と力両方の強さを求めていること…………。




「――そんな過去が…………今にして思えば、貴女たちを恨んで偽造手配書を作ったような連中が憎く思えるほどに壮絶な事情ね。で、そこのグロウはかつての弟にそっくりな上によくわからない力を秘めている、と……」




「恨ませるなら恨ませとけばいいわ~! この程度でヘコんでたら冒険者やってらんないって!」



「……だがまあ、あんま敵を作り過ぎると身動きとりにくくなるかもな。偽情報が広まって、行く先の街で知らない間に出禁になってた…………とかそういうことになりやがると、メシの調達すら危うくなるぜ?」



「うっ…………そ、それは……辛いわね…………よおし! 行く先でそんな奴が出てきたらキュキュッと締め上げちゃお!!」



「いやいや。力ずくでどうなるもんでもねえだろ……身の振り方の問題だぜ。そんなんだからおめえはよお……」



「むー。何さ~!!」



「………………」



 いつもの通り夫婦漫才のような口喧嘩をするエリーとガイを見つめ、セリーナの瞳に憧憬と郷愁の灯が静かに灯る。




(……最初から屈託なく、飽くまで対等に遠慮も無く…………羨ましいな…………グアテラの家は……ここからそう遠くない、か。いずれ家の所縁の者を捜して会ってみるのも悪くないかな…………)




「ったく……いーからおめえはグロウと勉強しろってんだ! まだ到着には早えぞ!」


「何よ、ケチー!! わーかったわよ~! もう知らない! ふーん!!」



 教科書を再び持とうとした時、ふとセリーナの顔が目に入った。



「――ねえ、セリーナ……その、さっき会った時も気になってたんだけど……あんたのその目元にしてるのって、化粧?」



 エリーはセリーナのアイシャドウを指して訊く。



「……このアイシャドウのことか? まあ……化粧と言えば化粧だな。尤も、多くの女がするような誰かを魅了するようなものではなく、このアイシャドウを塗った自分の顔を鏡で見て闘志を保つ為だがな。目尻が上がると強くなった気分になる」




「……ふーん…………でも、ちゃんと綺麗だよ? セリーナの顔。凛々しいし、綺麗。」



「む? そ、そうか……? それは……まあ、ありがとう…………」



 エリーは、頬杖をついて、しばしセリーナの凛々しい顔立ちを眺めていた。




(……化粧かあ……いいなあ~…………ガイは気にすんなって言うだろうけど、あたしだって20歳の女だもんね……あたしもおめかししたり化粧すれば、もっとガイが好きになってくれるのかな~……えへ、えへへへ……)




「おい、何にやついてんだ。気色悪ぃ」



「なっ! れ、レディに向かって気色悪いとか!! しっつれーね!! それが恋人にかける言葉~!?」



「……なーにレディとか言ってやがる。おめえみたいなじゃじゃ馬もいいとこな女ァ、俺でなきゃ女とも認識してくんねーよ。レディぶるのなんざ諦めな」



「うわ、ひっどーい!! あたしがバッチリメイクの美女になったって、ガイには見せてやらねーんだからねー!?」



「……さっきから何の話だぁ? 化粧とかレディとか。そんなに大事な事かよ?」




「…………たまには、女心もわかってよ~……ガイ~…………これでも女盛りのトシなのよよよ~ん…………」



 エリーは精も根も尽きたような面持ちでガックリと首をもたげる。




(いいなあ…………遠慮なく口喧嘩できるのって…………)

(いいなあ…………化粧もバッチリ決めて凛々しく在れるのって…………きっとセリーナの恋人も上品で女心が解る紳士、ジェントルマンなんだろーなー…………)



「「はあ~っ……」」




「??? おめーら、なんで溜め息なんか吐いてんだ? もうそろそろ到着するぜ。街に入る準備を――――あっ! おい、グロウ寝ちまってんじゃあねえか! さっさと起こしとけ」




「――すー……すー……」





 車内の喧噪や、女子2人の羨望の念など知る由もなく、グロウは百科事典を抱いて幸せそうに居眠りをしていた――――




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 程なくして、エンデュラ鉱山都市に辿り着いた。




 街の出入り口で警備している守衛にギルドのライセンスなどで身分証明をし、街に立ち入る許可を取る。




「エリー=アナジストンさんに、ガイ=アナジストンさん、テイテツ=アルムンドさんに……セリーナ=エイブラムさん……と、確かにこの4名様は身分を確認できましたが……そちらのお子さんは?」




「え。えーっと……実は~…………」




 ガイは『しまった』と思った。旅の途中で一糸纏わぬ状態で加入したグロウに身分証明など出来ようはずもないからだ。ましてやグロウは記憶らしきものが無いので本人の口から上手く口裏を合わせることも出来ない。



「あのですね……なんつーか…………」



 街や国に立ち入るのに特に厳しい身分証明など求めない処もある。このエンデュラ鉱山都市でもまだ緩い方だ。だが、ナルスの街のように何の認証も必要もなく入れる処がしばらく続いていたのもあり、グロウの身分証明のアテをどうするかをすっかり失念していた。ガイは冷や汗をかく。




「こいつは~……その――――」




「――あたしとガイの一人息子ですー!!」


「ぶっはあああ!! ゲッホ、ゲッホ――――!!」



 思わず噴き出し、むせてしまうガイ。




「すみません~。冒険の途中で出来た子供なの~。これまでまともに戸籍とかライセンスとかを作ってくれる国になかなか出会わなくって~……」




「……あっ…………そ、そうですか。不躾に申し訳ありません……まだお若いのに随分大きな息子さんで……」



「でっしょー!? これでも夫と子育てには苦労してきたんですよー!! あははのはー」



「それはまた大変な旅ですね…………略式ではありますが、必要最低限の戸籍謄本ならばこちらで新規に作成出来ますよ。料金は無料です。15分とかかりませんし」


(お、お、オイコラ、エリー…………!)

(いーじゃん、いーじゃん! こういうことにしとけばグロウの身分証明はクリアできんだし!)

(……そーいうこっちゃねえんだよ…………そうするしかねぇとは思うが……)



 ガイは赤面し、思わずエリーに背を向けて首を横に振ったのち、項垂れた。




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 まもなく、グロウの戸籍が出来上がり、受け取った。



 グロウ=アナジストン、年齢10歳、男性。



 図らずもエリーとガイが同じ孤児院出身を示すアナジストン姓だったお陰で、あまり怪しまれずに済んだ。




「……いいか、グロウ。この書類はおめえが世界中の街や国で何かする度に必要になるめっちゃ貴重な物だ。俺たちも気を付けるが、絶対無くすんじゃあねえぞ……いや、本当は忘れて欲しいんだけどよ。はあ……」



「????? ガイ、何言ってんの?」




 ガイは苦渋と恥に満ちた顔をしながらも、グロウのリュックに戸籍謄本を入れておいた。



「うーん、もう日が暮れるねー。お宝を売ったり加工したりするのは明日にして、今日はもう宿取ろっか~」


「はあ…………そーだな。なんか一気に疲れたぜ…………」



「なーにー? もしかして、グロウの身分証明のこと気にしてんの~?」



「…………むう…………」



「だーいじょぶだってー!! そのうち本当に元気な子供があたしたちにも出来――――」



「言うんじゃあねえエエエ!! ふざっけんなああああ!!」



「?????」




 恥ずかしさのあまり咆哮するガイ。エリーとグロウは怪訝そうな表情。セリーナはあまり聞こえぬように『エリー……なかなか大胆ね…………』と呟くのだった。




「――もし。旅の御方。宿をお探しですかな?」




 すると、何やら遠くからこちらの様子を見ていたと思しき中年の男が声をかけてきた。




「ん? そうだけど……何?」



「既にここエンデュラの宿はいっぱいの所が多くて…………その……ガラテア帝国の方々がほとんどなので――――」



「……ああ、そう……」



(やっぱ、ガラテア野郎どもを駐留させてるっつー情報はマジだったか)


(そのようですね)



 ガイとテイテツは数歩下がって小声でやり取りをする。



「ですが、ワシら共鉱山夫が昔から利用している宿屋なら、まだ旅の御方が休まれるのに余裕があります。だいぶ奥ですが…………ご利用になられますかな。お安くいたしますので…………」



「だって。どうする、ガイ?」



「そーだな。俺も疲れたよ。ガラテア野郎を気にせず休めるなら多少遠くてもいいぜ。セリーナもいいか?」


「ええ」



「そうですか。ではこちらへ…………到着する頃にはもう日も落ちているでしょうが、夕食の支度も調っているでしょう…………」



「はーい。お願いしまーす」




 エリーたちは男の後を歩き始めた。




 ――――この時。




 男が密かに呟いたことを、誰も知らなかった。




「――くくく…………今日の生贄は、生気に満ちた女子供かァア…………」
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