創世樹

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第47話 幼き日々

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 ――セリーナが目覚め、今生の契りを交わしたミラとの再会を果たした。




 それから数日、エリー、ガイと共にリハビリに励んでいた。




 セリーナの方が重傷で、意識不明の時間も長かったので…………本人は鍛錬を疎かにしたことが気が気ではなかった。




「セリーナ、だいじょぶ? ちょっと無理し過ぎじゃあないの?」



「だい……じょうぶだ…………これぐらい、やらねば――――」




 エリー、ガイはグロウの『力』による治療が効いた事に加え、回復が早かったこともあるが…………武人として強さへの追及が激しいセリーナにとっては、約9日間もの病床生活は、身体を鈍らせるのに充分だった。



 グロウに窘められたガイ以上に、激しい鍛錬を行なおうとする。エリーの心配も意識の外だ。




「セリーナ……ガイにも言ったけど、負けて悔しがるのは解るけど、勝つのも負けるのも仲間みんなで分かち合うことだと思うんだ。意識が戻ったのも昨日の今日なんだよ? そんな無茶をしたって――――」



「グロウ、うるさい……っ! 悔しい悔しくないの問題じゃあない。いつまたガラテア軍人みたいな強敵が襲ってくるかわからないんだ……身体が鈍り切っているのがはっきり感覚で解る……これが落ち着いて寝ていられるかっ…………!」





 グロウの心配もよそに、病院の外のスペースで槍を振るって型の稽古をしている。顔つきは実に険しい……。



「おい、セリーナ。俺が言うのも何だが、ちょっと落ち着けよ……」


「確かに全身の筋肉が病床生活で硬くなっているのは否めませんが、急激な負荷は逆効果です。怪我をしかねません。」




「……黙ってろ……!」





 だいぶ調子が出てきたガイも近くで刀の素振りをしていたが、セリーナの思い詰めた様子にテイテツと共に窘める。と、同時にガイはガイで、傍にいる仲間が無茶をしているとどれほど不安や不満があるかを、グロウの言葉と共に痛感しているのだった。



 だが、仲間たちが声を掛けても、セリーナは止まろうとしない。既に全身から汗が噴き出て、息も上がっている。




「――――セリーナ様…………どうか気をお鎮めください…………無理をなさっているのが解らないのですか。心配する周りの人の声にも耳を傾けてください…………」




 しばらく病院と宿を往復していたミラが、堪らずセリーナを諌めようとする。




「――ふっ! ……大丈夫だと言っている! これくらい、道場の荒稽古に比べれば……」




 ――ミラの顔つきが、きっ、と硬くこわばった。以前、イロハを叱った時とは段違い。




 明らかな憤慨の顔であった。




 怒りを乗せた速足でセリーナに近付くや否や――――



「セリーナ=エイブラムッ!!」


「――――ッ!!」





 ――言うが早いか、ミラはセリーナの頬を引き寄せ――――掌で張った。




 驚いたセリーナ。稲妻のような声と痛みに目が覚めたような顔をして、ミラの目を見る。





「今すぐ汗を拭いて宿の応接室に来なさい。今、すぐに!! ――『約束』を確認する必要があります。貴女様と、私の。」




「――ミラ…………」




 数秒間、じっとセリーナの目を睨みつけたのち、足早に宿の方へとミラは行ってしまった。



「せ、セリーナ……」


「あーあ……怒らした~……」


「……行ってこいよ、セリーナ。ありゃあマジだぜ。」




 グロウが驚き、エリーは呆れ、ガイも嘆息する。仲間たちは一様にセリーナを見る。



「……わ、わかった…………行ってくる……」



 他ならぬセリーナが緊張した面持ちで、タオルで汗を拭いながら宿へと向かっていった――――




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 ――宿の応接室は、実に張り詰めた空気で満ちていた。




「………………」

「………………」




 応接室と言うからには当然上等なソファーが向き合って置かれているのだが、2人はソファーは使わない。





 近くの硬い床に、対面して正座である。




(おい、マジかよ……あの勇ましいセリーナが正座だぜ……)


(いつもより小さく見えるわね……)


(ミラさんが大きくも見えるよ……)




 様子が気になったエリーたちは、つい応接室が見える窓の傍から覗き、見守っていた。




 緊張感の強さにエリーとガイは、何だか孤児院時代に真面目な大人たちに叱りつけられていた時のような心境を思い出し、冷や汗をかいて見遣っている。





「――――セリーナ様。」



「…………はい。」




「私との約束。忘れてしまったのですか? 風の噂に聞きました。在野に強者を追い求め、戦闘狂に堕した冒険者・セリーナ=エイブラムあり、と。」




「………………」




「答えなさい。話が進みません。」




「……せ、戦闘狂に堕してしまったのは…………本当だ……済まない…………エリーたちと出会って、約束を思い出せた。『真の強さを得て、ミラのもとへ帰ってくる』と――――」




「――つまり……エリーさんたちと出会えるまで、私との約束は自分自身の力で思い出すことが出来なかった…………ということですね。」



「うっ…………それは…………」




 ――先ほど頬を張った時と違い、特別怒鳴っているわけでも、暴力に訴えているわけでもないのだが……ミラからセリーナに対する凄まじい圧が、ひしひしと遠くで見ているエリーたちにまで伝わってくる。俄かに手に汗までかいてきた。




「――私は残念でなりません。貴族の家・ファラリクス家にいるのが嫌で、あれほど勢い込んで飛び出したというのに…………貴女様の覚悟が、そんな小さく低俗な、ただただ腕力を求めるのみの小汚い『強さ』を求める心へと変節してしまっていたなんて……目を覚まさせてくださったグロウさんには感謝の言葉しかございませんね。」




「むう…………」





 変わらず高まる緊張感。大人から子供への説教とはわけが違う。恋人同士の誓い合ったはずの生き方の相違。




 ミラはひと際大きく溜め息を吐き、額に手を当て嘆いている様子だ。




「……まあ、脳神経系に関わる重傷を負った後なのです。記憶も曖昧になっているかもしれないですし…………少し思い返してみましょうか。私たちが約束を交わすに至った思い出を――――いい機会ですから、そちらにいるエリーさんたちにも聴いてもらいましょう。」



「ぎく」

「やっぱバレてたか……」

「あはは……しょうがない、一緒に聴こうよ。エリーお姉ちゃん、ガイ。」




 盗み聞きしていたのもミラはお見通し。エリーたちはばつが悪そうに部屋に入っていった。




「み、ミラ……飽くまで私たちの問題だ。エリーたちには聴かせなくても――――」




「駄目です。確かにプライバシーに関わりますが…………冒険で日頃背中を預けている仲間たちにも知っていてもらうべきでしょう。それとも、そんな程度の信頼も無い人たちと行動を共にしていると?」




「い、いや、そういうわけじゃあ――――」




「ちがーう!! セリーナはあたしたちの仲間! 仲間!! 是非知りたい~っ!! ミラさん、聴かせて聴かせて~!!」




 素直に仲間意識から来るのか、セリーナが責められている緊張感に耐えられないのか、エリーはやや必要以上の陽気さで話を聴かせるよう促す。




「――ふふっ。そうですよね。最初に宿の受付で出会った時にも感じました。セリーナ様が行動を共にしている仲間が、決して悪い人ではないことを……」




「えへへ~」



「そ、そうすか……」




 一旦緊張を緩めて、思いがけず笑みを見せながら褒めるミラに、エリーとガイは露骨に照れてしまう。




「……では、思い返してみましょう。私とセリーナ様の過去を――――」





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 ――――そこは武の道に生きる闘士たちが治める辺境の街。名をグアテラ家と言う、その門下の街だった。




 市井の者は皆、治める武人たちによく敬い、従い……街と家の為に働く武人たちはよく市井の者たちを助け、守っている…………富が豊かとまではいかないが、そんな小さいながらも名家と謳われる地だった。




「――うおおっ!!」

「でやあっ!!」



 ――道場の一角で、気迫の籠った声が弾む。黒髪の少女が笑みを浮かべる――――


「――――そこまで! セリーナ様の勝ち!! ……とうとう門下生の者たちの誰にも負けなくなりましたね。その年頃で、さすがお館様の子でございますッ!!」



「――応ッ!! ……へへへっ…………」




 ――グアテラ家の一人娘として生を受けた当時のセリーナは、若干12歳。現在のセリーナが24歳なので、およそこれまでの人生の半分ほどの時分である。




 当主の娘として格闘技を叩き込まれたセリーナは、とても充実した毎日を送っていた。




 生まれた時から気が強く、血気盛んな少女として生まれたセリーナにとって、女の身であっても豪の者として戦いに身を置くことに何ら抵抗はなく、むしろこれこそ自分の生きる道である、と誇りと充足をもって日々を過ごしていた。




「――いつもながら精が出ますね、セリーナ様…………今のもすっごい音……」




 ――ミラはグアテラ家にいた時から使用人としてセリーナたちに仕えていた。セリーナの1歳年下。歳が近いセリーナとは幼い頃から親しみが深かった。




「やあ、ミラ! 驚かせちゃったか?」



 ミラは息を弾ませてミラの前に走り寄る。




「……ううん。もう慣れました。両親のもとからここへご奉公に来てから……4年ぐらいですか。荒っぽいのは恐いけど……もうここが私の家みたいなものです!」




「――ははっ! 嬉しいこと言ってくれるなあ。私も、ミラみたいな子がいてくれて、嬉しいよ。」


「まあ! でもセリーナ様って、幼馴染と言うより……腕白な弟って感じです。ほら、寝癖……起きてすぐに直さないと。」



「そ、そうか? 私の方が年上なのにぃ~……」



 甲斐甲斐しくセリーナの髪を整えるミラと、それに気恥ずかしくも従うセリーナ。幼い頃から既に2人はとても近しく、仲睦まじい間柄だったのだ――――




「――やるようになったな、セリーナ! その年で門下生が全員負けるとは……正直、儂もお前と組み手をしても勝てる気がせん」



「父上!! おはようございます!!」



 外から入ってきたのは、セリーナの父、逞しい体躯を持つグアテラ家の『お館様』だった。門下生の者たちも皆一斉に大声で、おはようございます、と挨拶する。頑丈な道場全体が俄かに声圧で振動する。



「うむ……皆、おはよう。ミラもいつもセリーナがすまんな。はは……だがセリーナよ。ミラの言うことはちゃんと聞いた方が良いぞ。立派な武人たるもの、身なりも整えなくてはならん。」




「え~……私は……別にそんなことに興味は…………」




 武力で強者であることに誇りを持っていたセリーナ。ある意味、この頃から既に戦闘狂に堕してしまう種はあったのかもしれない。父の言葉にも苦々しく返事する。




「ふはは……お前くらいの年頃なら、もうとっくに大人の女たちのように綺麗な衣装や化粧などに興味津々だと思うんだがな……どうもお前は気質が男っぽいようだ。まあ…………武門の子と言えど、これからは女だ、男だ、と言った小さなことにこだわってる時代ではないのかもしれんなあ」




 ミラがお館様に会釈した後、得意げそうな顔をしてセリーナに話しかける。



「ふふ。知っておられますか、セリーナ様?」



「……何をだ?」



 ミラは眼鏡を外して、自分の目元から瞼にかけて指をなぞらせる。



「化粧と言うのは戦いにおいても有効なんですよ? その切れ長の目元の角に黒を塗ってみてください。アイシャドウっていうんですけどね……それで自分の顔を鏡で見れば、目元が引き締まって強くなったような気分になるんですよ。自己暗示と言うものです。」



 ミラが眼鏡を掛け直すのを待たずに、セリーナは驚いて言う。



「本当!? こうしちゃいられない……姐やたちに借りてくる!!」



 無邪気な少年そのもの。セリーナはたっ、と駆け出して屋敷の別の区画へ行ってしまった。姐や、というのは年上の使用人の女性たちのことだ。



「あっ……セリーナ様ー! 槍のお稽古は……」



「……ありがとうな、ミラよ。」



「えっ?」




 突然、お館様はミラに優しい顔を向け、感謝の言葉を口にする。




「あいつは幼い頃に母を病で亡くしたのもあるせいか、なかなか自制が効かんし、周りの者の言うことも頑固で聞かん。だが、同じくらいの歳のミラ。お前が傍にいてやってくれれば、案外、儂が𠮟りつける以上に素直に言うことを聞くもんだ。これからも、セリーナの友として支えてやってくれ……」



「本当、そうっすよ!」


「時々、セリーナ様が女で良かったと思うことがあります……組み手になったら容赦なくボコボコにされますから……男の力だったら怪我で済みませんよ」


「左様で……おお、痛え……」




 門下の者たちが、次期当主に相応しい武道の才を持ちながら、まだ無邪気な子供らしいセリーナを指して苦笑いをする。




 お館様は豪笑した。




「ふはははは! あれが儂の子よ!! 皆も恐れ入ったか! ……だが、本当にお前たちにも毎日感謝しておる。強さを追求する者は得てして礼節や思い遣り、周囲への義侠の精神を忘れがちだ。周りにこれだけの心ある大人たちがおれば…………今は無邪気に技を磨いておるだけのセリーナも、いずれ武人として大切なモノに気付いてくれるはずだ――――まあ、いくら天賦の才があるとはいえ、10歳そこそこの子供にあっさりやられるのは少々武道家として頼りないと思うが、な」




「おおっ……」


「押忍ッ……!」


「精進致します……」




 当主のやや厳しい言葉に、門下生の者たちも気が引き締まる。




「……儂とてうかうかしておれん…………最近は兼ねてより超大国として世界に名を馳せるガラテア帝国も、そのやり方や他国への干渉が激しくなったと聞く。いざ、まかり間違って合戦ということになれば…………民たちを死んでも守らねばならん。なお精進は欠かせん。」



 ここまで穏やかな人柄を見せていたお館様だが、ガラテア帝国の不穏な動きに彼自身も気を引き締めているようだ。





「――なあ、なあ、みんな~!!」




 すると、先ほど駆け出して行ったセリーナの声が響き渡る。どうやら戻ってきたようだが――――




「目元に紅や黒を塗るって、本当にこんなことで強くなれるのか~!? 姐やたち、なんかクスクス笑うんだけど……」




 一同、唖然。



 ――セリーナは目の周りに手当たり次第に荒っぽくシャドウを塗っていた。ついでとばかりに口元にも乱雑に紅を塗っている。当然化粧などというものではなく、熊猫か何か、妖怪のような顔になっている。




「――何じゃあそれはぁ!? 戯けが! がっはっはっはっはっは……!!」



「セリーナ様、その顔は駄目です! 何だかお化けみたいですよ……うふふふ!!」




 ミラ含め、お館様や道場の者たちは一様にセリーナの子供らしい振る舞いに爆笑、また爆笑の渦に包まれた。





 ――――そんな平和なひと時。ガラテア帝国からの調略を受けるのはそれから僅か3年後のことだった――――
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