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物語
20.5話 「風の光景」 まさしく、俺たちは救世主さ!
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会話回
――――――――
「いやぁ~、素直に従ってくれて良かったよぉ」
「目隠しをする意味があるのかしら、この手の縄も。話をするだけでしょう」
狭い一室にシルヴィアの声が響く。
剥き出しの傷ついた石の床が、ここの粗っぽさを物語っている。
臭く、籠った息苦しい風の無い空間。煙たい空気がシルヴィアの鼻を刺した。
1枚貼りの窓から差し込む光が瞼を覆う布に当たり、熱い。
「お宅の仲間を知ってるからだ、カタログにも書いてある。他人の視界をのぞき見する趣味の良い能力を持ってるとか。手の縄は……、分かるだろ。みんなあんたを怖がってるんだ。おちおち話もできやしねぇ」
喋る男との間には小さな机が、そしてその男の後ろには薄ら笑いを浮かべた者達が数人、付き人のように立っていた。
シルヴィアの目の前にいる男と同様、むさ苦しくガラが悪い。
「カタログは、本人が所属する事務所とギルドしか見れないはずよ」
「そうか?見せてくれたけどなー」
「……ギルドも随分腐ったものね」
「奴らは悪くないさ。腐った果実が周りを腐らせるなんてのはよくある話だろ。欲に従っただけだ、責めちゃいけない」
(まったく……、賄賂を払ったのね)
下品な口から、他人事のように言葉が吐き捨てられる。
「彼女の能力を知って満足しているのは分かったわ。でもそれならもう遅い。私がどこにいるかなんて知っているから」
「だろうな。だから用意出来次第、場所を変える」
「……そんなにティナが大事かしら」
「あぁーそんな名前だったな。別にあいつ自体はそうでもないさ。大事なのは奴が稼いだ金と、これから入って来る全員にタブーを破ればどうなるかを示しておかなきゃいけねぇからな」
「聞いたわよ、直前になって規約を変えたと。普通ならあり得ない」
「いやぁ?たまたまそのタイミングだったってだけだ」
「だとしても貴方、事務所内で彼女に懸賞金を賭けたわね。正直言って異常よ」
今回の追い立てが尋常ではないことはシルヴィアも分かっていた。賭けた金額は定かではないが、それなりの額を提示したのだろうと。でなければ普通、1人に対してこんなに人は追ってこない。
「みんな稼ごうと必死なんだ。それに、娯楽に興じる時間はあった方がいいだろ?」
「呆れた……。そんなだから4等級に落ちるのよ。事務所が事務所なら、人も人ね」
「どう思ってくれても構わないさ。それに、都に献金して等級を上げるより自分たちで使った方が有意義なんだ。そう思ってる奴は多い、この事務所に居る連中は特にな」
「献金が嫌なら実績を上げなさい。人が多いなら相応に動くべきよ」
「さすがっ!2等級事務所の言うことは違うね~、改心しなきゃな!なっお前ら!」
小ばかにするように後ろの男たちは一斉に笑った。品位に欠ける。
「……不思議で仕方ないのだけれど、なぜこの事務所に依頼がくるの?」
「なにが不思議だ?許可証があるからギルドは仕事を送ってくる。それに、個人の客には人には頼みづらい仕事っていうのがあるもんだ。その他所には持っていけない仕事ってのを俺たちは引き受ける。まさしく、俺たちは救世主さ!」
男はバっと両手を上げ、一芝居打つかのように大袈裟に振舞った。
この男の言動はいちいち癪に障る。
「救世主ね……。事務所の人間を使い捨てて、依頼人には提示した額以上の金額を要求する。よく許可証が取り消しにならないわね」
「人聞きが悪いなぁ~。冒険者には高い金をだしてるし、許可証だって問題ない。うちには顔の利く優秀な人間ってのがいるからな」
「お金があれば一切問題は起きない。あなたは本当にそう思ってる?」
「もちろんだ。なのにあんたは俺の大事な大事な冒険者たちを、まるでゴミみたいに蹴散らしてくれた。おかげで色々と金がかかって大変だよぉ」
ふんぞり返る様に座る男はため息をつきながら、面倒くさそうに不潔な頭を掻く。
「殺してないだけ温情よ」
「はっ!事務所に金を使わせるためだろ?まったく、随分と多くの人間を不良在庫にしてくれたよ。この分の損失は請求させてもらう」
等級が高い事務所では仕事による怪我を負った冒険者に対して、治療に掛かった費用を払う。人を使い捨てるこの事務所でもそれは行っているのは、そういった待遇も人を集める重要な要素となるからだ。もしくはそういった事情を考慮して、表向きはそうなっているだけかもしれないが……。実際に怪我をしなければ分からない。
他にも、待遇が良い事務所は死亡した冒険者の遺族への支払い・他所と揉めた際の和解金・依頼に掛かった準備費用なども加えられる。
「話を聞かずに手を出したのは貴方達。私は自分の身を守っただけ」
「あんたらが他所の事務所に口出ししなきゃよかっただけの話だ。ここの事務所のモットーを教えてやろう、『やるなら徹底的にやれ』だ。損失分は払ってもらう」
「……」
「俺にも心がある。あの女の箱替えは許してやろう、相応の額を払えばな……。それとは別に損害費、これには新しく人材を募集する経費も含めてある。怪我人の治療費は別途請求するがな」
「彼女の移籍金は払うわ。でもそれ以外は認めない」
シルヴィアがキッパリと断ると、男は机に身を乗り出して顔を寄せた。
「おいおい冷たいなー、吹っ飛ばされた奴らが可哀想だろ~、彼らにも金がいる。そして動けない奴の代わりに働くやつは?どうすりゃいいんだ?」
「すべて合意の上でしょ」
「ごねてくれるな、簡単な話だろ~。あんたは金を払って欲しい物を貰う、それだけだ」
「なら、払える金額だけを提示してほしいのだけれど」
「払えるさ!ご立派な事務所があるだろー?売っちまえばいい。それに遺物も回収した報酬もある。あとはぁ……、そうだ。あの覗き屋をギルドに渡せよ、欲しがってたぞ~。きっと移籍金も弾むはずだ。な?金を作る方法ならいくらでもある」
「話すだけ無駄なようね」
「あ~、悲しいなぁ。……おい、あれを寄こせ」
男が唸るように言うと、後ろにいた男の1人が小さな箱を取り出して手渡した。
中には注射器のような小さい筒が1つ、綺麗に収まっていた。そしてドロっとした薄いピンク色の液体が中を満たす。
「見えないようだから教えてやるが、良い薬を持ってるんだ。知り合いが治験したがっててな?こいつを刺すと血液がスライムみたくプルップルになっちまうらしい。まぁ、そんな奇怪な異形はみたことないがな」
「……脅し?」
「あぁ正解だ、賢いな。次断るなら場所を移した後、こいつをあんたに刺す」
「随分非効率ね。今やればいい」
「言っただろう、治験したいんだって。これを刺した奴がどうなるか見たいんだとよ。1等級のあんたなら良い検体になる」
「お世辞にも、趣味がいいとは言えないわね」
「それについては同感だ。気が合うな~俺たちは」
「……」
「少し時間をやる。考えが変わらないならあんたを処理して、次の奴に話をする。お仲間は今忙しいんだろ?ゆっくり考えな」
男は言い終わると、生暖かい手で煽るようにシルヴィアの頬を軽く2度叩く。
「さぁ!次の奴がこいつみたく強情ではないことをみんなで祈ろうか」
交渉の余地はないと言った様子で、男達は揃って退出していった。
「はぁ……」
現在のシルヴィアは能力が使えない、幾多の戦闘で使いすぎたのだ。今はまだ口内の出血で済んでいるが、これ以上能力を使えば、反動により多量出血・眩暈・意識不明に至る。
相手もそれを知っている。だからこそ、ここまで強気な態度で接してきた。こちらが金銭を支払おうとも、報復を恐れ生かして返すつもりもないのだろう。
金を手に入れ同業を潰す。あの男の頭にはそれしかないと言った様子だった。
そして、この手を縛る縄も普通の物ではない。シルヴィア自身、無策で来たわけではないとはいえ状況が良いとも言えなかった。
(私1人に随分お金をかけるわね……。それに、噂以上に酷いところ。私自身も少し反省すべきだわ)
「じっと待っている訳にもいかないわね」
(幸い足は縛られていない。武闘派ではないけれど、この際仕方な……)
――――――――
―――――
――ズンッ
衝撃で少し建物が揺れた。その衝撃は2、3度続いた。
(………?)
机がカタカタと鳴り、窓が揺れる。それと同じように、ほんの少しシルヴィアも揺れた。
次に、先ほどまで目に当たっていた日差しが何かに遮られる。
何かがガラスに当たる。細く固いものが数度ゴツゴツと。
そして割れた。大きな音は無くパキパキと大きな破片が散るように、窓ガラスが落ちるのが分かる。そのまま誰かが床に降りた音が部屋を満たす。
それとは別に、下の階で誰かが騒いでいる。
「状況の割りには落ち着いてるなぁ……」
この声を最後に聞いたのは昨晩だった。
私はこの声を知っている。
「…………貴方は…………ダッシュ?」
「正解、アメちゃんやるよ」
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「いやぁ~、素直に従ってくれて良かったよぉ」
「目隠しをする意味があるのかしら、この手の縄も。話をするだけでしょう」
狭い一室にシルヴィアの声が響く。
剥き出しの傷ついた石の床が、ここの粗っぽさを物語っている。
臭く、籠った息苦しい風の無い空間。煙たい空気がシルヴィアの鼻を刺した。
1枚貼りの窓から差し込む光が瞼を覆う布に当たり、熱い。
「お宅の仲間を知ってるからだ、カタログにも書いてある。他人の視界をのぞき見する趣味の良い能力を持ってるとか。手の縄は……、分かるだろ。みんなあんたを怖がってるんだ。おちおち話もできやしねぇ」
喋る男との間には小さな机が、そしてその男の後ろには薄ら笑いを浮かべた者達が数人、付き人のように立っていた。
シルヴィアの目の前にいる男と同様、むさ苦しくガラが悪い。
「カタログは、本人が所属する事務所とギルドしか見れないはずよ」
「そうか?見せてくれたけどなー」
「……ギルドも随分腐ったものね」
「奴らは悪くないさ。腐った果実が周りを腐らせるなんてのはよくある話だろ。欲に従っただけだ、責めちゃいけない」
(まったく……、賄賂を払ったのね)
下品な口から、他人事のように言葉が吐き捨てられる。
「彼女の能力を知って満足しているのは分かったわ。でもそれならもう遅い。私がどこにいるかなんて知っているから」
「だろうな。だから用意出来次第、場所を変える」
「……そんなにティナが大事かしら」
「あぁーそんな名前だったな。別にあいつ自体はそうでもないさ。大事なのは奴が稼いだ金と、これから入って来る全員にタブーを破ればどうなるかを示しておかなきゃいけねぇからな」
「聞いたわよ、直前になって規約を変えたと。普通ならあり得ない」
「いやぁ?たまたまそのタイミングだったってだけだ」
「だとしても貴方、事務所内で彼女に懸賞金を賭けたわね。正直言って異常よ」
今回の追い立てが尋常ではないことはシルヴィアも分かっていた。賭けた金額は定かではないが、それなりの額を提示したのだろうと。でなければ普通、1人に対してこんなに人は追ってこない。
「みんな稼ごうと必死なんだ。それに、娯楽に興じる時間はあった方がいいだろ?」
「呆れた……。そんなだから4等級に落ちるのよ。事務所が事務所なら、人も人ね」
「どう思ってくれても構わないさ。それに、都に献金して等級を上げるより自分たちで使った方が有意義なんだ。そう思ってる奴は多い、この事務所に居る連中は特にな」
「献金が嫌なら実績を上げなさい。人が多いなら相応に動くべきよ」
「さすがっ!2等級事務所の言うことは違うね~、改心しなきゃな!なっお前ら!」
小ばかにするように後ろの男たちは一斉に笑った。品位に欠ける。
「……不思議で仕方ないのだけれど、なぜこの事務所に依頼がくるの?」
「なにが不思議だ?許可証があるからギルドは仕事を送ってくる。それに、個人の客には人には頼みづらい仕事っていうのがあるもんだ。その他所には持っていけない仕事ってのを俺たちは引き受ける。まさしく、俺たちは救世主さ!」
男はバっと両手を上げ、一芝居打つかのように大袈裟に振舞った。
この男の言動はいちいち癪に障る。
「救世主ね……。事務所の人間を使い捨てて、依頼人には提示した額以上の金額を要求する。よく許可証が取り消しにならないわね」
「人聞きが悪いなぁ~。冒険者には高い金をだしてるし、許可証だって問題ない。うちには顔の利く優秀な人間ってのがいるからな」
「お金があれば一切問題は起きない。あなたは本当にそう思ってる?」
「もちろんだ。なのにあんたは俺の大事な大事な冒険者たちを、まるでゴミみたいに蹴散らしてくれた。おかげで色々と金がかかって大変だよぉ」
ふんぞり返る様に座る男はため息をつきながら、面倒くさそうに不潔な頭を掻く。
「殺してないだけ温情よ」
「はっ!事務所に金を使わせるためだろ?まったく、随分と多くの人間を不良在庫にしてくれたよ。この分の損失は請求させてもらう」
等級が高い事務所では仕事による怪我を負った冒険者に対して、治療に掛かった費用を払う。人を使い捨てるこの事務所でもそれは行っているのは、そういった待遇も人を集める重要な要素となるからだ。もしくはそういった事情を考慮して、表向きはそうなっているだけかもしれないが……。実際に怪我をしなければ分からない。
他にも、待遇が良い事務所は死亡した冒険者の遺族への支払い・他所と揉めた際の和解金・依頼に掛かった準備費用なども加えられる。
「話を聞かずに手を出したのは貴方達。私は自分の身を守っただけ」
「あんたらが他所の事務所に口出ししなきゃよかっただけの話だ。ここの事務所のモットーを教えてやろう、『やるなら徹底的にやれ』だ。損失分は払ってもらう」
「……」
「俺にも心がある。あの女の箱替えは許してやろう、相応の額を払えばな……。それとは別に損害費、これには新しく人材を募集する経費も含めてある。怪我人の治療費は別途請求するがな」
「彼女の移籍金は払うわ。でもそれ以外は認めない」
シルヴィアがキッパリと断ると、男は机に身を乗り出して顔を寄せた。
「おいおい冷たいなー、吹っ飛ばされた奴らが可哀想だろ~、彼らにも金がいる。そして動けない奴の代わりに働くやつは?どうすりゃいいんだ?」
「すべて合意の上でしょ」
「ごねてくれるな、簡単な話だろ~。あんたは金を払って欲しい物を貰う、それだけだ」
「なら、払える金額だけを提示してほしいのだけれど」
「払えるさ!ご立派な事務所があるだろー?売っちまえばいい。それに遺物も回収した報酬もある。あとはぁ……、そうだ。あの覗き屋をギルドに渡せよ、欲しがってたぞ~。きっと移籍金も弾むはずだ。な?金を作る方法ならいくらでもある」
「話すだけ無駄なようね」
「あ~、悲しいなぁ。……おい、あれを寄こせ」
男が唸るように言うと、後ろにいた男の1人が小さな箱を取り出して手渡した。
中には注射器のような小さい筒が1つ、綺麗に収まっていた。そしてドロっとした薄いピンク色の液体が中を満たす。
「見えないようだから教えてやるが、良い薬を持ってるんだ。知り合いが治験したがっててな?こいつを刺すと血液がスライムみたくプルップルになっちまうらしい。まぁ、そんな奇怪な異形はみたことないがな」
「……脅し?」
「あぁ正解だ、賢いな。次断るなら場所を移した後、こいつをあんたに刺す」
「随分非効率ね。今やればいい」
「言っただろう、治験したいんだって。これを刺した奴がどうなるか見たいんだとよ。1等級のあんたなら良い検体になる」
「お世辞にも、趣味がいいとは言えないわね」
「それについては同感だ。気が合うな~俺たちは」
「……」
「少し時間をやる。考えが変わらないならあんたを処理して、次の奴に話をする。お仲間は今忙しいんだろ?ゆっくり考えな」
男は言い終わると、生暖かい手で煽るようにシルヴィアの頬を軽く2度叩く。
「さぁ!次の奴がこいつみたく強情ではないことをみんなで祈ろうか」
交渉の余地はないと言った様子で、男達は揃って退出していった。
「はぁ……」
現在のシルヴィアは能力が使えない、幾多の戦闘で使いすぎたのだ。今はまだ口内の出血で済んでいるが、これ以上能力を使えば、反動により多量出血・眩暈・意識不明に至る。
相手もそれを知っている。だからこそ、ここまで強気な態度で接してきた。こちらが金銭を支払おうとも、報復を恐れ生かして返すつもりもないのだろう。
金を手に入れ同業を潰す。あの男の頭にはそれしかないと言った様子だった。
そして、この手を縛る縄も普通の物ではない。シルヴィア自身、無策で来たわけではないとはいえ状況が良いとも言えなかった。
(私1人に随分お金をかけるわね……。それに、噂以上に酷いところ。私自身も少し反省すべきだわ)
「じっと待っている訳にもいかないわね」
(幸い足は縛られていない。武闘派ではないけれど、この際仕方な……)
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――ズンッ
衝撃で少し建物が揺れた。その衝撃は2、3度続いた。
(………?)
机がカタカタと鳴り、窓が揺れる。それと同じように、ほんの少しシルヴィアも揺れた。
次に、先ほどまで目に当たっていた日差しが何かに遮られる。
何かがガラスに当たる。細く固いものが数度ゴツゴツと。
そして割れた。大きな音は無くパキパキと大きな破片が散るように、窓ガラスが落ちるのが分かる。そのまま誰かが床に降りた音が部屋を満たす。
それとは別に、下の階で誰かが騒いでいる。
「状況の割りには落ち着いてるなぁ……」
この声を最後に聞いたのは昨晩だった。
私はこの声を知っている。
「…………貴方は…………ダッシュ?」
「正解、アメちゃんやるよ」
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