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4話

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散々、寝泊まりする部屋を散策した後は「談話室」という場所に案内された。アマリリアはここを使用した事は滅多になく、彼女が言うには「お偉いさんと堅苦しいお話をする場所」、家族が誰一人としていなくなったあともここを使用する事はなかったのだそう。大事な話は全て家ではなく外の施設を利用していたとも話してくれた。まあ、実際そんな事はどうでもいい。
何回か廊下を曲がった先に何かが書いてある立て札が置いてある大きい扉の前に到着した。おそらくこの世界での文字だろう。記号のような、アルファベットのような、よくわからないが個人的にはなんだか見ていて不気味な文字だ。
「なんて書いてあるの?」
ジェニファーが立札の文字を一つ一つ目で追う。
「談話室って書いてあるんじゃない?」
「なんでわかるの?」
聖音はいちいち自信満々に人差し指だけを上げる仕草をしながら
「談話室の前にあるんだから談話室って書いてあるに決まってるんじゃない?」
「アホくさ。」
と言い返している途中にアマリリアがドアを開き、オスカーが二人を見向きもせず辛辣な言葉を残して部屋に入っていった。一連のやりとりを後ろから見ていた俺も正直同じ感想だ。

中は、バカ広いかと思いきや案外そうでもなく、よく見る会議室程度の広さだった。全体的に茶色を基調とした配色のインテリアと大きなシャンデリア、相変わらずどこにでも置いてある花が挿してある花瓶に床には絨毯・・・と、ここに来てからは想像を裏切らないと言うか、良くも悪くも堅苦しい話をするようなところとは思えなかった。
本当に、どこもかしこも綺麗に整理整頓と掃除してある。
本当に・・・毎日掃除をしているのか?
・・・いや、ロボットがするなら苦ではないんだろうけども。
あまりに絨毯が新調したかのごとく汚れ一つないぐらいに綺麗だったものだから余計な事を疑ってしまった。なんだか、踏んで汚すのも申し訳ない。そしてそれを遠慮なく踏んでいく友達や嫌な奴。女子は多少戸惑いを見せた。
「これから皆集まって話をする時はここを利用してくださいな。」
アマリリアが立ち止まって振り返る側にあったのはホワイトボード。これだけが部屋の雰囲気を台無しにするほど。そこをすかさずつっこんだのはハーヴェイだった。
「話し合いする場所なんだよね。ホワイトボードはあっておかしくないけど、ここだとアレだよね。浮いてる。」
確かに、たった一つのアイテムでここまで協調性がなくなるとは・・・。
「ああ、これ?ふふ・・・以前は黒板を使っていたのですけれど、こちらの方が便利だと知り合いの方が譲ってくれたもので。」
黒板の方が部屋に馴染むが、便利性で比べたら俺もこっちの方がいいと思う。
黒板にはあんまりいい記憶もないしな。
「集まって話て、何を話すの?」
それはタイミングを伺って俺も聞こうとしていた。かわりに聞いてくれた聖音にアマリリアは目を丸くして、まるで「何を聞いているの?」というような拍子抜けしたとした綺麗な作りに合わない表情を浮かべた。
「何・・・って。貴方達の事、色々聞かせてくれるのでしょう?」
彼女は客人というより、この世界において空想話にも近い人間を興味対象として迎え入れたつもりなのだろう。
聞きたい事は山ほどあるに違いない。
「それは好きにしたらいい。せっかくみんな集まれる丁度いい場所を用意してくれたんだ。これからの事を話す方が大事なんじゃない?」
これからの事。そう聞くと、緊張感で張り詰めた空気が辺りに流れる。
そうだ、俺たちがここにいるのは一時的に体を休めるため、あとは身を匿って貰うためだったはずだ。気を緩めてはいけない。
そう言ってマシューをたいそう疑いの目でアマリリアが見つめる。
「そういえば貴方は人間に対して、あまり興味も関心もないようですのね。」
「・・・みんながみんな、同じというわけじゃないのさ。」
と、即答。に対しそれ以上は何も言わない。
異世界から来た存在に疑問や興味を抱かないのも中々珍しいとは思うが、この世界においての価値観や考え方については知らないので、もしかしたらマシューの言う通りなのかもしれない。
思い返すとスージーも特に何も聞いてこなかった。マシューといい、人間と自分達との違いをわかっているような・・・?
いや、今はそんな事でいちいち思考を巡らすのはやめにしよう。
「とりあえず、今はみんなを休ませよう。ここに来るまで大変だったんだから。」
彼の提案に一同、特に聖音とハーヴェイが深く頷いた。気持ちだけ焦っても仕方がない。新しい環境にいきなり放り込まれ、慣れない心と体は疲れ切っている。
「私も、ちょっと寝たい・・・。」
聖音が部屋をぐるっと見回し首を止めた方向を視線で追うと古き良き鳩時計があった。部屋の雰囲気に合うよう茶色一色でシンプルな作りになっているが、壊れているのかなんなのか、小窓から動かない鳩がずっとこんにちはと顔を出している。
「・・・・・・。」
あまりのシュールな光景にある意味釘付けになった。ハーヴェイがただ一人吸い寄せられるように鳩時計のところへ行ってしまった。
「12時・・・え?今って12時なわけないでしょ。」
鳩のせいでそれどころじゃなかった。たしかに聖音の言う通り、長針と短針が同じ真上を指している。
「そんなはずないわよ。私達は昼休憩だったのよ?お昼なんかとっくに過ぎてるわ。そうでしょ?」
「大体夕方ぐらいじゃない?」
おかしい、そんなはずがない。この世界に来る前は昼休みだったから昼の12時は過ぎている。かといってここに来てから夜の12時まで経過したとも思えない・・・。
「壊れてんでしょ。」
そうだ。携帯を見れば良いんだ。そしたら正確な時間がわかる。
「あら、ここの世界の時間はバラバラですわよ?」
ポケットを探る手が止まった。
「12時の次は3時、3時の次は7時だったり次の時間は誰にも予測不可能なのですわ。」
「え、うそ・・・なにそれ・・・。」
みんなが茫然とする。俺も何いっているんだろうこの人、と不思議でならないが取り出しかけた携帯をまずは確認する。時間は13時25分。
「待てよ・・・そんなわけないだろ、おい。」
おそらくここに来る直前の時間を示しているのではないか?まさか、と思いロックを解除しようと試みるが、最悪の予想が的中した。俺の携帯は故障した。
「・・・。」
二重のショックだ。携帯なんて安く無いんだぞ。
「そんなので生活できるわけ?」
「私達はあまり気にしないといいますか。」
そんな会話を聞きながら考えた。この世界において時間というものはあてにならないらしい。
時計の数字は12。数えてみるとちゃんと60分ある。針の進む早さも、それほど早くも遅くも無い。次の時間が例えば6時だとして、その前に1時、2時と順番に過ぎて行ったらそれは「バラバラ」とは言わない。一体どうなるんだ?
「強いて言うなら、古い時計なら割とよく壊れますわよね。」
「次の時間が6時なら真反対にあるから、どちら向きでも針の進む大きさは変わらない。一気に針が勢いよく回るようでは無理もないけども。」
アマリリアとマシューの会話で想像するに、60分経つと次の時間まで一気に針が進むらしい。適当に変わる時間に振り回されて大変だ。
「まあ、君たちの世界の針の進む速さは一緒だから。」
「・・・せめてそれが救いね。リュドミール君、そういえば・・・。」
ジェニファーが心配そうにこっちを見てくる。どうしたのだろう。顔色が悪いのだろうか。
「アンタってそんな無口だっけ?」
気にはしていなかったが、言われてみれば考え事ばかりしていた。
というか、別にそこまで話す方でもない。きっとうるさいアイツがそばにいるからそう思われているに違いない。
「あ、うん・・・考え事をしているとつい。」
「ふうん。」
聞いておいてあまりにもそっけない返事だ。腕を組み、目を細めて、見る側の印象としてはご機嫌ななめと捉えられる様な、そんな態度で続けた。
「この中で一番頼りになるのはアンタなんだからね。」
この言葉は良いように受け取って良いのか?明らかに、その素振りと合ってないのだが・・・。どうも間の抜けた返事しか出てこない
「はぁ・・・ありがと。」
以降は何も言ってこなかった。頼りになる、かあ・・・。ここに来て、随分と自信とか諸々をなくして不安なんだけどなぁ。
「ん?なに?」
ふと聖音の方を見る。一応、俺たちの中では一番年上ではある。だけど、なんだか・・・頼りない。
いや、この物怖じしなさそうな雰囲気は逆に頼り甲斐があるのだろうか。
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