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4話

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「・・・!!」
手を伸ばしたと思ったら違う行動を取っていた。勢いよく上半身を起こす、という行為。ちゃんとした風景が目の前にあることから、あれは夢だったと理解する。しかし、急に現実に引き戻されては脳が追いつかない。それになぜか息が切れている。繰り返す、早い呼吸と鼓動。それらを落ち着かせようと、胸に手を当てゆっくり深く息を吸い込んで、体の中の酸素という酸素全てを時間かけて吐き出す。つまり、深呼吸でなんとか通常の状態に戻していく。
気分的なものは全くよくならないが。嫌な汗までかいていたのだから。
「・・・今って、いつだ?」
部屋は真っ暗だ。誰が電気を消してくれたんだろうと考えたが、きっとアマリリアか、彼女が手配させた軍服の誰かが消してくれた、そういうことにしておこう。
薄気味悪い夢を見たせいで早くに目が覚めてしまったのか。ついていない。あんな空間に閉じ込められるのも嫌だがこんな時間に起きるのも嫌だ。と行っても中途半端なところで起きてしまったのも嫌。イヤイヤづくしでろくな目覚めではない。

だけど、時間が経つと目が慣れてくる。辺りを見渡してみると、テーブルの上に何か置いてあるのがぼんやりと見えた。すり足、つま先で障害物の位置を確かめながらテーブルのそばまでたどり着くと、白い皿の上にサンドイッチがあった。
「マシューか・・・?」
マシューは俺たちが食べられそうなものを用意するとか言っていた。本当に、わざわざ持ってきてくれたのか。
何サンドかまではよく見えないが、マシューを信じよう。これは食べられる代物だと。
それよりもどうしよう、電気をつけるか否か。暗いまま移動するのも面倒だし危ないし時間もかかるが、このまま再び寝て仕舞えばわざわざそうする必要はない。
「・・・。」
いや、疲れていたとはいえ寝る前に歯を磨いていない。それだけ済ませたら寝るか。となると、短い用事とはいえやはり電気をつけるのが普通だろう。
壁に手をついてスイッチを探る。それらしいレバーに指が触れたので押すと、部屋は一気に明るくなった。
「・・・・・・。」
歯を磨く際に考えることなんか、そんなにない。ただ、未だ忘れられない夢の中で見た少女、名前はヘルベチカ。夢はレム睡眠中に脳が記憶を整理している、と聞いたことがある。全く非現実な夢を見たりもするのであまりあてにしてはいない。今回のように。でも最後にあんな言葉を投げられたら、自分と実は何かしらのつながりがあるのではないかと結びつけざるを得ない。
俺の記憶が作り出した、幻想の一つなのだろうか。俺を見ているなんて、出まかせのデタラメなんじゃないか?
「・・・・・・。」
というかこの歯磨き粉、なんの味もしないんだけど・・・。

顔も洗い、部屋に戻る途中に立てかけてある時計に目をやる。時刻は二時三十五分。でも、この世界の時間はデタラメなのだ、あてにしないほうがいい。
テーブルの上の物がより鮮明に瞳に映る。見たところ、ごくごく普通のサンドイッチだ。しっとりした白い食パンに卵とかツナマヨとか挟んであってむしろ美味しそうだ。腹が空腹を訴えるほどではないが、まともなものをしばらく食べていない。早速一つを手に取り、頬張る。
「・・・・・・。」
味がしない。
比喩とかじゃなく、本当にしない。
ツナマヨの方も食べてみるが、まるでしない。
まずくはない、ただただ無味なのに不味く感じる。食感は確かに、奥歯でパンの生地をしっかり噛み締めている。
マシューには悪いが、この世界の味覚とやらと俺たちの味覚はどうやら合わないようだ。流し込む水分がないので力を入れて喉に押し込む。
小腹程度は満たしたところで、散らかした服をたたもうとした。どうせまた着るにせよ、ぐちゃぐちゃの衣服を放って置けない性分なのだ。
「・・・なんだ、これ。」
柔らかいマフラーを持ったはずが、全く違う硬いものを触った。何かと一緒に持ったのだ。俺はマフラーを両手で持ち上げベッドの上で揺さぶってみた。すると。
「銃!?」
黒い塊。変わった形、でもみたことのある形。ハーヴェイが持っていたので嫌でもよくわかる。問題はそうじゃない。俺は銃なんか、持っていなかった!それがなぜここにあるのか。
「ハーヴェイの持ってたのと違うような・・・ん?」
銃に気を取られていた。一緒になって白い封筒が落ちたのだった。何が何だかわからず
、恐る恐ると封筒を開くと、中から折りたたまれた一枚の白い紙。それも開くと・・・。細い癖のある字で、こう書いてあった。

「リュドミール君へ。
これはあの人が使った、魔物にだけ効く銃です。弾は一発だけなので、ここぞという時に使ってください。普通の銃と同じようなデザインのものを選びました。もし誰かにこれが見つかって、手に入れた方法とか聞かれたらうまい具合に言っといてください。

私はリュドミール君の味方です。

ヘルベチカより、愛を込めて。(いってみたかっただけ)」

「ーーーッ!?」
思わず銃と手紙を落としてしまう。身の毛がよだつとはまさに今の状態だろう。背筋がゾワッとする、身震いさえする。溜まった唾を飲み込む。
ヘルベチカという名前の少女からのメモだった。彼女は、俺の夢の中だけの存在だと思って疑いもしない。なのに、こうしてに干渉して、こんな物騒な代物を置いてきた。

どうやって?
まずはその言葉しか浮かばない。
どうやって、部屋に入った?
どうやって、これを手に入れた?
どうやって・・・ここへやってきた?
君は一体何者なんだ?
最終的に行き着く謎は彼女の素性についてだ。あの時だって、「俺のことを見ている」と言ったんだ。
・・・実は、見えないだけで今もこの世界のどこかにいるのか?
とっさに振り向く。当然、俺以外に誰もいるはずなく。
「・・・・・・クソ!」
吐き捨てることしかできない。ああ、もう。まだ早いなら今すぐに再び眠りに落ちて彼女にあって問い詰めたい。しかし、悲しい事に衝撃が大きくて脳が興奮しているのか眠気がすっかり吹っ飛んでしまった。いわゆる覚醒状態だ。瞳を閉じてしばらくしてもねれる雰囲気がない。
自然な眠りにつく時が来る、焦らず待つとするか。
「リュド君ー?」
ドアを叩く音でハッと我にかえる。この妙に間の抜けた声で呼びかけるのは、聖音だ。
「・・・・・・。」
通常の状態に戻るまで時間がかかった。しばらくぼーっとしていてすぐに返せなかった。
「起きたー?もう朝だよー?」
またも謎が頭に突っ込んでくる。が、なんとかそれぐらい脳が受け入れるぐらいには冷静になった。
「聖音?朝つったって、今何時だと思ってんだよ・・・。」
「二時だけど朝なんだってば。」
と言われて思い出す。さっき自分で理解したはずではないか。この世界の時間はあてにならないって。
「悪い。でも、真っ暗じゃん。」
朝ではなく、真夜中だと思うのだが。これを朝とは、とてもいいにくい。
「でも朝なんだってば。アマリリアさんがそう言うんだもん。この世界ってずっとこんな空なんだって。」
「・・・マジかよ。」
今の部屋は、暗い部屋に電気をつけただけあってとても明るい。時計がああだから、空の色の変化を目印に大体の時間、最低でも朝か夜がわかればいいと安心してたのに・・・。時間の感覚どころか一日の感覚も狂ってしまいそうだ。
「アマリリアさんが朝食を用意してくれてるんだって。一緒に行こう。」
・・・さっき、サンドイッチを食べたとはいえ腹八分目にもなっちゃいないので入るは入るだろうが、またあの味のない物を口に入れるのかと考えると気が進まない。でも、贅沢やわがままはできないのだ。体に異常でも現れないなら、「ただ味がない」だけので、大丈夫だろう。コート、マフラーを身につけ、支度をする。
「・・・どうしたもんかな、これ。」
銃が入るほど、大きなポケットは俺の今着ている服のどこにもない。だからといい、ここに置いたら嫌な予感しかしない。
とりあえず、帽子の中に入れてそのままかぶった。
どうか、頭上に何も落ちてきませんように。
ドアを開けるとそこには特に変わった様子のない聖音がいた。
「おはよ。よく寝れた?」
気を遣ってくれているのか素なのか、よく見せる笑顔で俺に話しかけてくれる。俺はと言うと愛想笑いさえ返す気力がなかった。
「おかげでぐっすりだよ・・・。」
「その割には元気なさそうだけど。」
二人並んで歩く。部屋の前で立ち止まったりしない。他のみんなは部屋にはいないってことなのだろうか。
「元気なんか出るわけないだろ。」
まあ、実際ここにくる前のような明るさや元気をここで取り戻すのは難しいところだ。元気といっても、精神的なものだが。
「そりゃそうだけど、こう言う時こそ元気出さないと!私なんかすっかり疲れは取れたけど・・・あ、もしかして嫌な夢でも見た?」
なぜそうなる。
しかし、気味の悪い夢なら見た。俺がひどく疲れている原因は主にそれだ。
「嫌な夢か・・・まあ、良い夢じゃないよな。そんでそう言うのに限って覚えてたりするんだ。」
実際、夢と現実の境が曖昧になる現象が起こったんだから忘れるはずもなく。
「ふぅん。そうだね、イヤーな夢見た後はげんなりするんだろうね。私、夢見たことないからわからないけど、嫌なもの見た後はいい気しないもんね。」
何気なく言った台詞に思わず反応する。
「えっ?そうなの?」
夢を見ない人間ているのか?今まで一度も?余計な問いかけは心の中にしまい込む。
「うん。睡眠ってさ、ストレスとかないと夢を見ることなくぐっすり寝れるって聞いたことあるから、悪いことじゃないなって。だって見ないからって損しないけど得もしないしさ。」
俺のきいた話とはまるで違う。こう言うところが俺とは違うんだろうなあ。いい意味で、だ。
「夢は夢なんだから、忘れよう?」
と微笑みかけてくれる。夢は夢、と割り切れたらどんなにいいものか・・・。
「チョープ!!」
 突然頭上から何かが振り下ろされた。
「いっ・・・!?」
頭に固いものを置いてその上からの強い衝撃は尋常な痛みではない。しかも今回は、固い物が飛んでもなく危ない物だ。暴発でもしないだろうか・・・そんなことは二の次になるぐらい痛いので両手で頭を抑えてその場にうずくまる。
「びっくりしたぁ!ちょっ、大丈夫!?」
聖音の声が近くて遠い。
「あはは、びっくりさせるつもりだったんだけどホントに大丈夫?それと頭にたんこぶでもできてるの?」
その、やけに明るい間の抜けた声は。セドリックだった。
「叩いた僕の方が痛いんだけど。アレだね!殴られるより殴った方の手が痛いって言うよね!」
痛みがだんだん鎮まった後に込み上げてきたのは怒り。普段はこれぐらいでここまで過剰に昂る事はないが、こっちは現在、余計な気を遣って神経が張り詰めた状態なんだ。
「お前なぁ!!」
セドリックは困り顔で右手をひらひらとさせている。これは懲りてない態度だ。
「ごめんごめん。それより二人してどこ行くの?」
それより、って・・・。
怒るだけ無駄というか、いつもの事なのですぐにさめてしまった。
「朝ごはん食べに行くの。セドリック君はどう?体の調子は。」
そういやセドリックはここにくるまで長らく気を失ったままだった。今の様子だと、普段通り元気に見えるが・・・。
「うん、もう何から言っていいか・・・。起きたらすごいなんか、すごい部屋にいるんだもん!!ここはどこ!?僕は誰!?みたいな・・・。」
「最後は言いたかっただけだろ。」
どうしてもセドリックは余計な一言が多い。相変わらず「えへへ」と笑い飛ばす。俺も一応、それなりに心配していたんだが、本当は眠っていただけじゃないか?と思いたくなる。
「いやーまずは部屋の探索!とはいかないよもうパニック。そしたらメモが置いてあってさ、何が起こったかとか、大体の事は書いてあったよ。部屋の探索はその後、こっそりさせていただきました、てへっ。」
一通り説明したあと、片手をこめかみにあてて舌を出す。ああ、もう、心配はいらなさそうだ。
「・・・体の調子はどうなんだってば。」
それでも今後に影響するし、やはり何かないかくる気になった。というか聖音の問いには答えていないし。
「あーうん。全然平気。むしろ元気!発作もおさまってるみたいだし。」
セドリックは喘息持ちである。本人はなぜか「発作」と言いたがるが。
「ならいいんだ。」
聖音はセドリックの後ろに立ち回って、俺の隣に並ぶように背中を押す。
「ほら、セドリック君もいこ!」
別に仲違いしたわけじゃないのだが・・・。聖音のこういった呑気なところは丁度いい潤滑油になるのかもしれない。事実、なんだかギスギスしていた感じは否めないからな。
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