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7話

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「・・・とりあえず。」
リコリスはすぐさま落ち着きを取り戻し、テーブルを人差し指で二回叩くとヴェーチが玄関からやってくる。先ほどの道具をヴェーチに持たせると命令されずとも両腕に抱えて個室に入っていった。
「寝てばっかりもいられないでしょう?・・・どうしようかしら・・・しょうがないわねぇ。」
玄関のドアをじっと見つめる。俺も見つめる。ただのドアだ。
「私の手伝い、お願いしちゃおうかしら。」
魔女のお手伝い・・・?根拠はないが、少しだけ体にゾワっと寒気が流れた。でも、断るための理由がない。リコリスを信じるんだ。多分、大丈夫。
「俺にできることがあれば・・・。」
「かんたんかんたん☆でも一人でするより二人の方が断然捗るわ。ついてきて~。」
といって案内されたのは地下室。リコリスの住んでいた家の敷地内で初めて訪れたのがここだった。あの時から時間はそれほど経っちゃいないが、全く状態は変わってなかった。強いて言うなら、ベッドの上。マシューはほとんど元の状態に戻っているが、スージーは体が綺麗に分断されていて、胸は切り開かれている。生首がこっちを向いているので目と目が合った瞬間変な声が出てしまった。
「あ、ああ、あの・・・あれ。」
こわごわと指を差す。リコリスは苦笑いした。
「あの子はねぇ、ただあの状態の前の段階まで修復するだけなら簡単なんだけど、まあ色々とあっててこずってるのよぉ~。」
まぶたを細めて遠目で中を覗き込む。人の形はあくまで外側だけ。中身はというと・・・錆びた状態とコードのようなものがとても複雑に絡まっていた。それはそれである意味グロテスクではあったが。例えるなら灰色のミミズみたいな何かが密集して・・・自分で言ったくせに気持ち悪くなってきた。だがその中央には大きな球体があり、赤い光を点滅させていた。
「君にはこの子を直すお手伝いをしてほしいの。」
「えっ、俺が!?」
無理無理、無理!なんかすごい高度で繊細な技術がいりそうな予感がする!図画工作が少し得意な程度の俺の手先では無理だ。
「無理!なんか難しそう・・・。」
「だーいじょうぶ大丈夫☆私のいう通りにすればいいから。っていうか、あれとってーとかこれくっつけといてみたいな雑用しか頼まないし。」
それなら俺でも出来るかも、ちょっと安心。だからといって緊張感は拭い切れないが、些細なことであっても、もしこの世界の、俺たちのために力を貸してくれる誰かのためになれることが一つでもあるなら是非ともそうしたい気持ちもある。やる前からダメだと決めつけてはダメだ。やるだけやってみよう。
「・・・どうせ暇だし、いいよ。」
暇なんだが、そうじゃないだろうよ、自分・・・。リコリスはとっても満足そうだが。
「よかったぁー!助かるわ!きっとこの子も喜ぶわ!」
それはないと思うけど・・・。
彼女は空中で輪を描く。机の上に変わった形状の無機質なパーツらしきものが山積みとなって現れた。
「私がいるっていうものをとってきてね。」
「わかった・・・。」
こうして俺はスージー復活のため、協力する事になった。こんなもんでは難しいが、何か気を紛らわせる用事でもほしかったところだし。

言われた通りにしたがうだけで時間は刻々と過ぎていく。
「俺たち人間と、見ただけではなんらかわらないのに・・・不思議だな。」
「そうよ。ヒューマノイドは本当に不思議な魔物の一種よ・・・。」
と呟くとリコリスは、スージーの切開された胸から垂れ流しの絡まったたくさんのコードを慎重にほどきながら返してくれた。
「生態はほぼ解明されたにもかかわらず、出生。どう誕生したかは未だ不明。そうした魔物も多いから、気にしなかったけど、同じ姿をした人間がここにきてからはヒューマノイドも着目された・・・構造は魔物と同じで、人間との・・・関連も・・・。」
集中している。会話も途切れ途切れになった。邪魔をしてはよくない。なのにリコリスの方から続けてくる。
「ただ、数人のヒューマノイドの記憶保持パーツには本人の記憶とは関係ない記憶が残っていたっていうの。」
「関係ない記憶?」
「他人の記憶・・・どれも同じ声。映像はなくて声だけで、「これがこの世界の人間のキャラクター。」。なんだか意味深じゃない?」
全てのコードをほどききったリコリスが一旦背伸びをする。
「とはいえ、今の今に至るまでなーんにもわかっちゃいないんだけどねー。もういいわ、リュドミール君。あ、でも私が終わるまででちゃダメよ。」
えっ?終わり?俺の出番は終わりというわけか。しかしうかつに一人では外に出るな、ということか。
「わかった。」
まあ、たいして時間はかからないだろう。リコリスの作業が終わるまで暇だから、なんとなくマシューの方をじって眺めていた。ウィッグだと思うほど鮮やかな青い髪。前髪を上げてみても地毛だとわかった。同じぐらいに鮮やかな青い瞳・・・。
「ん?」
「どうしたの?」
「いや、俺もそこまで詳しいわけじゃないけど。この部屋、そんなに明るいわけでもないのに瞳孔がすごく小さいなって。」
でも人間の構造とはまた違うから、それを言われたら納得せざるを得ないわけで。
「あらまぁ~。見落としがあったかしら、それとも不良品?」
「不良品・・・?」
この目も、パーツみたいなものか?
「そうよ。この子は義眼だから、特別に注文しなくちゃいけないのぉ。」
「そうなんだ・・・。」
ということは、両方なんらかの原因で目が見えなくなって取り替えたわけか。理由はわからないから、なんとも言えないが。
「それはそれとして。大方できたわ。ありがとね~。」
再びスージーの方を見てみると。体は全て元どおり。ちゃんと首の皮も繋がっていて開ききっていた目と口も閉じてある。こうして見るとまるで眠っているようだ。
「もう少ししたら起きるでしょうね。助かったわ~。今日は特別にご馳走を振る舞ってあげる☆」
「いや、そんな・・・。」
そうまでされるほどのことはしていない。オスカーに小言を言われそうだし、遠慮したい。
「・・・いや、ご馳走以上の良いことが上で起こっているかもしれないわ。」
「どういうこと?」
リコリスはそれ以上何も言わずに地下室を駆け上がるように出ていくからいまいちすっきりしない気持ちを抱えながらあとをついていく。中から賑やかな声が聞こえてくるが、家に入ると。
「わーおかえりー!!」
と聖音の元気いっぱいな声と。
「おかえり。」
なんともない顔で聖音に抱きつかれていても平然とハーヴェイが突っ立っていた。
「お、お前・・・。」
服に乾いた血や開いた穴などの痕跡は見られるものの、そこから覗く皮膚に傷ひとつもなかった。安心感から一気に体の力が抜けて咄嗟に近くにあったオブジェに身を寄せるがそのオブジェが重みに耐えれずバランスを崩し見事に横向きで派手に崩れ落ちた。
「大丈夫!!?」
言うほど痛くはない。けど、脱力しきった状態なので聖音の肩を借りてようやく立ち上がれた。だって、だって・・・。
「死んだかと・・・思っ・・・。」
「なんとかなったって言ったじゃないのもぉ~。」
リコリスはテーブルに頬杖をついて、椅子に深く腰をかけてまえのめりに、足をぶらぶらさせて完全にくつろいでいる。
「でも・・・でも・・・。」
やっぱあんなのを見ると、無事だなんて言われても信じられない。けど、ハーヴェイの様子はああなる前と同じ状態である。
「俺もあの時何が起こったかさっぱりわからないんだけど・・・。」
そりゃあ、俺が死んだのなんだの言っても実感がわかない。あの様子だときっと痛みを感じる間もなく気を失ったはずだ。
「とりあえずよかった・・・。」
自力で立てるぐらいには回復した。現実を受け入れられた。これ以上の喜びはない。すると上からオスカーが降りてくる。
「おっ?へぇー、死んでなかったのか。」
俺とは違う、残念そうな言い方ではあるが表情からしてただの冗談のようでもあったので何も言わなかった。ハーヴェイの復活により、一気に場が賑やかになった。
「はは・・・。」
もちろん、あの映像の内容はいまだに引きずっているけどみんなには関係ないし、せっかく仲間が回復したんだから一旦忘れて喜びを
わかちあいたい。

今日一日はハーヴェイと、まだ起きてはいないもののスージーの復活をささやかながらお祝いとして今日はご馳走が振る舞われた。内容は変わらないが、こころもち俺の分がやや多かった。オスカーに目をつけられないよう、みんなと同じ分にまでなるまではこっそりと慌てて食べたけど。そして夜。聖音は一人別室で寝るのもあってか寝落ちするギリギリまでみんなと一緒にいて、最終的にフラワーに抱えられて強制退去させられたり、俺たち男三人は部屋に戻ったらみんな早々に寝てしまった。話すことは散々下の部屋で話したし、なにより疲れはまだ取れていない。俺もおかげさまでぐっすり寝れた。随分楽しい夢を見た、そんな日は目覚めだって良いもんだ。

朝食を食べて、今後について話し合った。リコリス曰く、パンドラと直接会って話したいとのこと。アイツは口が軽いかと言われたらそうでもなく警戒心が強いところもある。というか、なにから聞いて良いのかさえよくわからない。そこらへんはリコリスがなんとなすると言っているが。次にジェニファー救出。パンドラは生きていると言ったけど現状までは教えてくれなかった。なんにせよ急いで助けたに越したことはない。リコリスは有利だ。パンドラはおろかこの世界の誰もが「リコリスは死んだ」と思っているし実際はそうだ。違う体を依代に生き返ったとか考えるはずもなく。彼女は「今の私、この世界において人権なんかありゃしないのよね。」とは言うが、逆にこの世界に存在しない作り物の「誰でもない」からこそ自由に行動できる部分もある。パンドラも、自分が苦手とする魔女がここにいると想定していないはず。つまり、油断させることが容易に可能、というわけだ。ちなみに、まったくの別人として行動するために以降はリコリスではなく「ノエル」と呼ぶように言われた。

そんなこんなで時間は過ぎ、この家を誰かが訪ねてきた。ドアを軽くノックする音が聞こえる。
「あら?誰かしら~。」
外にはヴェーチが構えており、危害を加える心配はないとみなされたのみ通せと命令されている。リコリス・・・改め、ノエルがドアを開けると・・・。
「はぁーい?・・・まあ。」
「ジェニファー!!」
ジェニファーの方が、逃げ出して俺たちのところへ戻ってきたのだ。見たところ傷一つなく、変わった様子はなかった。みんなが駆け寄ってもたじろぐ素振りも見せなかった。いや、たしかに見た目についての変化は無かったがジェニファーの表情がやや暗い。それに、背中に手を回していて、誰かが近寄ると冷静に後ずさる。
「ジェニファーちゃん、どうしたの・・・。」
いち早く変化に気づいた聖音がぐいっと近くに歩み寄る。すると、ジェニファーは聖音を力一杯突き飛ばした。壁に背中を打った聖音の腕を押さえつけ、隠していた手に握られていた包丁を振りかざす。
「ジェニー!!」
間に合わないー・・・!
・・・包丁は、聖音の横ギリギリの壁に突き刺さった。恐怖からぎゅっと目を閉じていた聖音がゆっくりと目蓋を開ける。現状を確認しても顔から引いた血の気は戻らなかった。
「てめぇ!ふざけんな・・・。」
オスカーを静止する。きっと何か事情があるに違いない。
「なあ、何があっ・・・。」
「フリよ。嘘でも使ったあとを残さないといけないもの。」
淡々たした声が返ってきた。
「みんな聞いて。」
俺たちに質問させる隙すら与えず続けた。
「私は偽物。本物のジェニファーはこの世界のどこかにいるわ。」
一歩、二歩、距離を置く。ジェニファーのあんな真剣な顔、見たことがない。それと、今、ジェニファーは自分をまさか「偽物」と呼んだ。
「急に訳分からねえこと言ってんじゃねえよ!」
「時間がないの!私はアイツの言いなりなの!いまだって、ほんとはあんた達を殺すように言われているの・・・。」
やっぱり。アイツはただで逃すわけがなかった。
「本物のジェニファーはこの世界に迷い込んだ。でも帰ることを嫌がって、そのかわりとして本物の世界に送られたのが私。それを教えてくれたのがパンドラよ、いい?」
そう言って、また後ずさる。俺たちと距離を置くように。また、別れるみたいに。

「お願い、助けてあげてー・・・。」

泣きそうだ。泣くのを堪えている。なんでそんな顔をするんだ?
「ジェニファー?」
ジェニファーの顔が・・・。頭が爆発した。
「は・・・?」
爆発した。砕け散った。内側から。なにも残らない。首から上がまるでいらない不用品のごとく綺麗になくなった。四方に飛ぶ肉片らしき何か。
「いや、いや・・・。」
聖音が膝から崩れ落ちた。ジェニファーもその場で倒れた。
あまりに突然で、なにが起こったのかわからない。
違う。理解できていても頭が、心が否定し続けている。受け入れたくない。俺たちは今日のさっきまでジェニファーを助けようと話し合っていたんだぞ?なのに、偽物だって?そして、急にまたいなくなって?

「あーあ。君を信じた僕がバカだった。」

墓場の方から呑気な声がする。土を踏み締めるゆっくりとした足音。聞いて怖気がする、恐ろしい化け物の声が、姿が。会わなければいけないけど、会いたくない、アイツが。パンドラは、最初に出会った時と同じ服装をしていた。
「しかも言いなりだなんてひどいなぁ。協力するって言ったのは君の方なのに。」
全身が足元から頭のてっぺんまでゾワゾワとした不愉快な感覚が這い寄ってくる。心臓だって、まるでぎゅっと力強く握られていると思うほど締め付けられるようで苦しい。これが、恐怖なんだ。
「大人しくいうことを聞いていたのは演技か何かだったのかい?ま、こういう可能性も予想してたからね。うーん・・・少しもたついちゃったけど。」
あいもかわらず、自分のした行いをそれ相応だと思ってないあの態度。
「余計な事まで言いやがって・・・。」
最後に呟いた時だけ、不満そうだったけど。
俺と目が合う。しかし今回は笑いかけるどころか気さくな挨拶も軽いジョークもない。どこかピリピリしていたのは何となく肌で感じた。大きい方の手で、ジェニファーの襟を掴んで持ち上げる。腕が長いのでもしこのまま持って移動するとなると引きずる形になる。まるで荷物みたいな扱いに、怒りに近い感情がこみあげてきた。利用して、使えなくなったらあの有様、それがかつての俺たちの仲間なら尚更だ。
「待てよ!そのままおとなしく帰すと思うか!?」
「・・・。」
早々に立ち去ろうとしたパンドラが立ち止まる。感情任せに呼び止めたが随分啖呵をきってしまった。
「いいじゃない。どうせ偽物なんだし。」
「そういうことじゃない・・・!」
そういう問題じゃない!たとえ偽物でもずっとそばにいて、助けてくれようとまでしてくれたジェニファーに、そんな事は関係ない。呼び止めたのは他にも理由があるからだ。
「じゃあなんなのさ。話す事はなにもないよ。」
嘘つけ!あるくせに話そうをとしないのはお前のほうだ。
「ジェニファーの言っていたのは本当なのか!?」
いつもこっちが話しても暖簾に腕押しで、いい加減こっちも限界だ。
「どうせ忘れるんだろ?なら、それぐらい教えてくれたっていいじゃないか!」
「・・・・・・そうだね。」
少しの沈黙の後、パンドラは話に応じる気になったのか正面を向いた。
「ジェニファーはね、だいぶ前にこの世界に迷い込んでいたのさ。僕は帰るよう言ったんだけど、元の世界に帰りたくないって言うから仕方なく僕は偽物を本物として元の世界に送り込んだんだ。」
「・・・ここに迷い込んできた全員を帰すのにお前は協力したってことか?」
ジェニファーがなんで帰りたくないと言ったのかはわからない。今は考えるべきではない。
「そうだけど?」
かかった・・・!パンドラは、俺たちの世界で度々起こった不思議な現象に関わってる可能性が今ので高くなった。だってそうだ、俺たちと出会ったみたいに偶然出会って自分の能力で助けようと考えたのならわかる。今のアイツの言い方では「ここにきた全員を帰すのに協力した」のを肯定。つまり、ここに迷い込んできた全員とパンドラは会っている。偶然なんて言いにくい。・・・だが、今はそれについては触れない。聞いただけの体にしておこう。
「それはさておき、もう一つ聞きたいことがあるんだ。セドリックについてだけど。」
長々と話すかもしれない。気持ちを一旦落ち着かせるのも兼ねて深呼吸してもういちど息を深くゆっくり吸い込んだ。
「アマリリアはセドリックを人間だと疑わなかった。偽物って言われても信じられないぐらい、本物そっくりだった。それにお前の言い方や行動は、まるで「あのセドリックが最初から偽物だとわかっていた」みたいだった。」
パンドラは黙って聞いていた。俺は続ける。
「さっきのジェニファーの言葉でピンときたんだ。本物そっくりに姿を変えれるドッペルゴーストという魔物は猿真似と違って本物を殺す必要がない。あのセドリックがそいつだとしたら・・・セドリックも、もしかしたらこの世界にいるかもしれない。」
自分の希望も混じっていた。探すのは探す。だから、生きていてほしいと。
「セドリックは生きているかもしれない。そして・・・。」
それにはお前が関係している可能性もある。といいたかったが少し間をあけたせいでパンドラが割り込んできた。
「はは・・・やっぱすごいや。君にはかなわないよ。」
目を伏せ、自嘲しながら首を横に振る。
「君はジェニファーを助けたいんだね。でもアイツは元の世界に帰りたくないから残ってることをよーく考えるんだよ?ちなみに、ジェニファーが今どこでなにをしてるかは知らない。これは本当さ。」
パンドラの雰囲気がそこでガラッと変わった。口元は歪に釣り上がってるのに開いた瞳孔、目は笑っていない。
「・・・セドリックは救えないよ。絶対に連れて帰る事はできない。」
「それは・・・どういう・・・。」
しかしこれより話に付き合うつもりはなく、言いたいことだけ言って背中を向け、立ち去ろうとする。
「お姫様を助け出すことができたら、もっと詳しい話を聞かせてあげてもいいよ。じゃあ・・・。」
次の瞬間だった。パンドラの足元に突如、魔法陣が出現した。
「な・・・なに、これは・・・!」
「見逃すと思って?」
背後からヒヤリとした冷たいけど殺気すらこもった声。俺の横を、ノエルが通り過ぎる。
「君、まさか・・・魔女!?」
そうだ。パンドラは知らない。魔女という主人を失ったこの家にまたもその主人が戻っていたなんてことを。
「はじめまして❤︎私はノエル、ちょっとこの家をお借りしているしがない魔女よ。・・・と、こ、ろ、で。」
すぐ目の前まで歩み寄る。
「私、あなたにすごくお会いしたかったの~。嬉しいわ、お話ししたいことがたくさんあるの~。」
「・・・僕から君に話す事なんてなにもないよ。」
眉間にシワを寄せる、苦しそうだ。動こうとしない。動けないんだ。この魔法陣がランドの動きを一切封じているんだろう。
確かに、パンドラからしたら他人であるノエルになにを話そう。俺たちのそばにいる事実から全く察してないわけではないはずだが。
「まあまあ。ふふっ、あとごめんなさいね~?私、いますっっごいご機嫌斜めなの。」
すると、リコリスは握り拳を作った腕をパンドラの腹部に突っ込んだ。物理的にそのまま貫通してはいない。アイツが自分の手を腹部に入れる時のアレだ。最初にその仕組みを説明する際には確か、外から無理やり押し込んでも意味がない、と言っていた気がしたが。
「・・・は・・・な、に・・・。」
動こうにも動けない。今はどんな感覚なんだろう。
「こうやって、魔法だけに頼らずお手製の毒物を直接中にブチ込んでやるぐらいには怒ってるのよぉ~・・・?」
低い。声が低い。こんな威圧感やら殺気やら色々篭った声は、関係のない聞いているだけの方でさえ強張ってしまう。セドリックの記憶を開ける鍵はパンドラが知っている。それを知りたい、というよりは悔しさをただぶつけているような・・・?
「何・・・コレ、体の・・・中が、熱い・・・。」
呼吸が速くなり、喉から無理やり絞り出した掠れた声だ。リコリスの腕はいまだ刺さったまま。
「魔法で拘束されて、無理やりにでも体は固定されているだけで今頃じゃあ自力で立っていられないはずよ。」
そう言って腕を抜くと同時に魔法陣は消え、彼女のいう通り、体を支える力を失ったパンドラは地面に倒れてしまった。例えるなら糸の切れた絡繰人形みたいに。
「はいはい、空いてる部屋に運んで頂戴!!」
リコリスは手を二回叩くと、家の中から沢山のヴェーチが出てきた。わらわらと集団で一斉に出ていくそれらに時折もまれぶつかって大変だ。そしてヴェーチはそれぞれ役割分担をして小柄ながら複数で持ち上げて働きアリのごとくせっせと地下室へと連れ去っていった。
「・・・・・・。」
何が起こったんだ?
「大丈夫、殺したりしないわ⭐︎」
そりゃあ殺されたら困る!じゃなくて!
「あ、あの・・・。」
「あなたたちが心配するような事は何もないわ~。やり方は強引だけど、あーでもしないとまた逃げられちゃいそうだもの。」
それはわかるけど・・・。
「じゃあ中に入りましょう・・・。」
「ま、待って!!」
半ば強引に物事を片付けるノエルを慌てて止めた。

「ジェニファーを・・・助ける事はできるか?」
笑顔に戻ったばかりのノエルの表情が真剣になる。
「おいおい待てよ、コイツ死んだろ。つーかよ、偽物つったぜ?お前は自分を騙した化け物を助けるのか?」
代わりに割り込んできたのはオスカーだ。奴の言い分もわからなくもない、だから俺は怒りも湧かず冷静に対応できた。
「騙したんじゃない。騙されていたのはジェニファーもなんだ。・・・みんなを助けようとしたのは本心なはずだ。それなら尚更偽物でもほうっておけないよ。」
オスカーは黙り込む。
「そうだよ。あの時、自分を犠牲にして私たちを逃した。あんなの本当に覚悟がないとできないよ。」
聖音が一歩前に出て、ジェニファーの亡骸の前にしゃがむ。聖音はノエルの力を借りて一度はパンドラから俺たちを逃してくれた。でもそれは、ジェニファーが自ら囮になって隙を与えてくれたからこそ成功した。聖音にもその記憶はちゃんとあり、だから思うところもあるんだと。
「・・・君ならそういうと思ったけど。」
ノエルが自分で、ジェニファーの体を抱え上げる。
「そうじゃなくても、できる限りなんとかしてみるつもりだった。・・・これも、罪滅ぼしなのかしら?」
やや自嘲めいた微笑で俺の方を向いて問いかけてくる。
「・・・きっと、本心なんだと思う。」
とだけ返した。ノエルには彼女なりに複雑な事情がある。でも彼女は良い人だと信じてるから。
「ありがとう。どうにもならなかったら隣の墓場に埋めるけど~。さ、中に入りましょう。今日はまさかあんな収穫があるなんて、ね~。ごちそうにしちゃお。」
とても嬉しそうに、家の中に入っていった。なんでもない、ただめでたいことだけがあった日なら、「またごちそうか。」とツッコミを入れたかったのに。
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