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7話

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ノエルは一旦、ジェニファーを自分の部屋に運んでから再びでてきた。困り果てた様子で。
「はぁ。やることが一気に増えたわ。まずはあのクソデカわんこ野郎のお話相手でしょう?」
クソデカわんこ野郎・・・。してやられた事に対して相当腹が立っているのか?
「マシューは仕方がないわ。他の業者に任せましょう。地下室には今は置けないもの、何も。ジェニファーちゃんは急を要する上に、人間そっくりの化け物だなんて他に任せたら面倒なことに・・・。」
椅子に座り、頬杖をつき、上の空の視線を向けてぶつぶつと呟いている。俺たちみんな、邪魔をしてはいけないとただ突っ立っていることしかできなかった。
「リュドミール、こんなの言うの、あれなんだけど・・・。」
俺の隣、ハーヴェイが話しかける。
「俺も助けたい、ジェニーを。でも流石にあんな風になったらさ、普通人間だったらもうどうにでもならないって思うじゃん。偽物つーか、魔物だからなんとかなるかもって思ったの?」
ん?お前は何を聞きたいんだ?
「だからなんだ?」
「いや、別に、聞いてみただけ。深い意味はない・・・。」
表情も乏しく、いまいち何を考えているかわからない。考えすぎかもしれないが、この問いには他には別の問が隠れている気がしてならない。
「怖いから隠れてた・・・。」
そう言ってトムとジョージが現れた。隣の椅子に短い足をかけて一生懸命よじ登ってなんとか座った。
「復活したばかりで大変だな。」
「少し休んだ方がいいんじゃないか?」
我にかえったノエルが気を遣ってくれるトムたちの頭を撫でた。
「ありがと~。大丈夫大丈夫。適度に息抜きするから~。」
と、優しく微笑みかけてしばらく穏やかな空気が流れ、すぐにきりっとした笑顔で溌剌とした声を上げながら勢いよく椅子から立ち上がる。
「問題はジェニファーちゃん!とりあえず!パンドラが気を失ってる間にあれ以上状態が劣化しないように応急処置だけしましょう!そうしたら少しぐらいほっといてもどうにかなるわ!ヴェーチ!!」
二回手を叩くと玄関から一体だけ姿を現した。机に置いてあったメモ用紙を破り、すらすらとペンで書いたものを渡す。
「はいこれ!この通りにするのよ!」
ヴェーチは音がなるほど機敏に綺麗な敬礼をして、ノエルの個室へ入りドアを力強く閉めた。
「聖音ちゃん、私の部屋を代わりに使って。いいかしら?」
名前を呼ばれた聖音はびくっと肩を跳ね上がらせた。
「えっ!?あ、はい!・・・あの、リコリスさ、じゃなかった。ノエルさんは?」
「私はしばらく地下室に篭るわ。フラワーもヴェーチも、お星ちゃんもいるから心配ないわ。」
お星ちゃん、か・・・。トムとジョージはお互いをじっと見つめた。に、しても。本当にノエルは俺たちのために尽力してくれている。これから地下室で何が行われるか知らないけど。
「さー腕がなるわ!」
随分張り切っているみたいだ。軽い足取りで家を出ていく。
「あれだけ強情なパンドラが、それも嫌いな魔女に話してくれるとは思わないけど。」
「しかもあんなことしたら余計に警戒するんじゃないかな?」
俺を挟んでハーヴェイと聖音が話し合う。
「あっ!きっと取り調べみたいなのをするんだよ。」
「取り調べ・・・。」
ハーヴェイは若干引きつっている。魔女が行う取り調べなんて、拷問じみたものじゃないか。ノエルは一度地下室に篭ったきり、確かに長い時間姿を見なかった。

そしてその日は、フラワーの提案により、俺たちが夕食を作った。俺は家が喫茶店で父の手伝いも積極的にしていたので特に手こずることはなく、聖音も母が仕事で家を開ける日は自分で作っていたため上手にできていた。問題はハーヴェイとオスカーだ。ハーヴェイは真面目に取り組んでそうに見えて真面目じゃなく、手伝うフリしてちょっかい出していた。というか、料理をすることがないため真面目にしてもダメだった。オスカーは、できないわけではないがどうも味の好みがみんなと違うため味付けの際に苦労した。総合的にみんなが苦戦したのは材料だ。さすが異世界。材料が生々しく動く。見かねたフラワーが処理してくれた。
「まあ、嬉しい!」
見た目は少しあれだが、味はなかなかの物ができた。ノエルも気に入ってくれたようで何よりだ。あとはみんなお風呂にそれぞれ入り、聖音はノエルの部屋。俺は再びハーヴェイとオスカーと二階の部屋に戻った。そういえば、ノエルの部屋にはジェニファーの首のない体があるわけだが心情やいかに・・・。



おそらく、夜。もう時間の感覚も完全におぼろげだ。ハーヴェイは寝ている。オスカーは先程部屋を出て行った。
「うーん・・・。」
今日はなかなか眠れない。目を閉じ、寝なきゃ寝なきゃと思えば思うほど眠れない日もあるが、今がまさにそれだった。さて、どうさしたものか。俺の頭の中には二つの選択肢がぱっと浮かんだ。
>>「寝るまで待つ」
>>「下に降りる」
しばらく考えた後、下に降りてみることにした。誰もいなかったら諦めて戻るか・・・はっきり言ってノープランだ。ノエルがいれば、色々話ができるんだが。大丈夫とはいいつつやはりジェニファーの容態も気になるし。
「・・・・・・。」
ジェニファーは二回も助けてくれた。今日のは、助けたというわけではないがあの表情、このあとどうなるかわかっていた。どっちも俺たちのために自分を犠牲にした。ジェニファーがそこまでできるとは思わなかったけど、間違いなくジェニファーの心からの決意だ。・・・みんなを助けたい、なんて豪語する俺に、はたしてあそこまで出来るのだろうか、自信がない。
俺は自分のことを考えている。
みんなが助かって、その中に俺がいなければいけないと考えている。
それで、みんなを助けるなんて、できるのだろうか?

廊下に出ると、たまたまオスカーと出会した。黙って出て行ったがトイレだったのか・・・と俺の推測は外れる。分厚い毛布を脇に抱えていたからだ。少し肌寒くはあるが用意していた毛布で耐えれないわけではない。脂肪という防寒着を身に纏っている割に寒がりなんだな、なんて皮肉が口からこぼれそうになる。他に話す内容はないので、そのまま黙って通り過ぎようとする。
「おい。」
向こうから絡んできた。お互い通り過ぎた後だから後ろから声が聞こえる。
「なんだ?」
立ち止まり、振り返る。オスカーは俺に対して背を向けたままだ。
「ジェニファーはパンドラに言われるまでは自分が偽物だってのはわからなかったんだよな?」
「みたいだな。」
少しの間沈黙が流れる。こいつと二人きりだと特に何もなくとも気まずい。
「・・・ならよ、もしかすると・・・こん中にもまだいたりしてな。」
「・・・・・・!」
セドリックのことばかり考えて、全く頭になかった。そうだ。オスカーの言う通りだ。俺たち自分自身が知らないだけで、その可能性は十分あり得る。この世界の生き物は俺たちの常識をはるかに上回っている。生まれた時から今までの記憶も全部、化物はまるまるコピーした。その記憶は作り物じゃない。ジェニファー自身の記憶なのだ。加えて化物自身の記憶に上書きされてしまえばそんなの、わかるわけがない・・・。
「・・・。」
ショックだった。俺が?意味もなく手の平を見つめる。肌色の皮膚をまとった人間の手。俺は人間として生まれたから人間として生きてきた。当たり前過ぎると何も感じない。自分が偽物かもわからなければ、本物であるかもしれない。わからないのだ。確かめる方法がないから。モヤモヤし始めたが、答えが明らかになるまでは人間のリュドミールとして過ごすしかないんだ。
「おい、リュドミール。」
今回はちゃんとオスカーの声をはっきりと捉えた。考え込むと周りの声がなかなか耳に入らなくなるから。
「俺は人間だよな?」
・・・ん?
「俺はバケモノなんかじゃないよな?」
黙っているとまた質問がきた。
「な、なんだよいきなり・・・。」
「答えろよ!!」
いきなり声を荒げる。静かすぎる廊下にはとてもうるさい大声で返ってくるとは思ってもなくて、びっくりするあまり肩が軽く飛び上がった。しかし、急にそんなこと言われても・・・。返事に困る。普通に常識的な答えを返せばいいのか?それとも裏を読んで慰めが励ましの言葉を返せと?難しい。俺はお前のこともわからない。ここにきて、違う一面を見てきて、余計にわからなくなった。じゃあ、前者だろうか。でも、違う気がしてならない。どうすればいい。
「・・・わからない。俺自身のことでさえわからないのに。」
しばらく考えた末に出てきた言葉はこれだった。
「一つ言えるのは・・・俺が見る限り、お前はオスカーだよ。仮にお前が偽物だって、化物だってしてもそれがわかるまではお前はお前だ。化物だと思って一緒に行動してないよ。」
どれだけ本物になりきっていようと、それはそれでまた別の話。初めて出会って、ここに来るまでお前は全く変わっていない。だから考える必要はないのだ。いちいち気にしてたら、疲れるしな・・・。わかった時にまた考えればいい。自分のことを、そう片付けたように。
「・・・難しいこと言うな。」
返ってきた言葉がこれだ。理屈っぽいとかはみんなにも言われるし、自覚はあるけど・・・。
「まあいいわ。今の、他の誰にも言うんじゃねえぞ。」
言ってどうするんだ・・・。
「わかってるよ・・・なあ、もしもお前が偽物だったとしても俺は手放さない。」
助ける。みんなを理解した上で本当の世界に戻るんだ。偽物は偽物と呼ばせないために、解放するためにも。オスカーがようやくこっちに顔を見せてくれた。なぜか引きつっていた。
「そこまで求めてねぇ、俺は!気持ち悪い事さも平然と言ってのけるよなぁ、お前・・・。」
とだけ言って部屋に戻った。気持ち悪い・・・のか?結局、あいつはなにを言いたかったんだ?とか色々不思議に思いつつ、一人廊下に置いてけぼりにされた俺は下に降りることにした。だって、すぐに部屋に戻れる雰囲気でもないし。薄暗い階段を壁をつたって慎重に降りる。下が明るい。誰かいる。そこにいたのは、ノエルでも聖音でもなかった。
「スージー!?」
いきなりの再登場すぎて思わず一歩後ずさってしまった。危ない、後ろは段差だ。
「久しぶり。」
普通に、気さくに声をかけられた。思考が追いつかない。一方でスージーはというと、見たところ体は完全に元どおり。足を組んで椅子に腰掛け、タバコを蒸してくつろいでいた。
「思ってた以上に元気そうね。」
久々に聞いたこの声・・・ん?もっとハスキーな落ち着いた声だったのに微妙に高く女性っぽくなった気がするような?微妙に、だけど。
「やーホントはね?空気読んでもっとクールな登場をキメたかったワケ。でも・・・あーゲロ吐きそう。」
今でも十分びっくりしたぞ。
っていうかどゆこと!?理由になってないどころか、急に体調不良を訴えた。もしかして、まだ本調子じゃないんじゃあ?
「俺、別にトイレ行くワケじゃないから・・・。」
トイレがある方向を指差すが動かない。
「・・・吐かないわよ、そんな体してないもの。」
羨ましい体の作りをしているな。
「登場するタイミングを見計らって、起きてたけど寝たふりしてたのよ。」
復活の再登場はカッコよく見せたいその気持ち、わからなくもないが。
「じゃあなんで今出てきたんだ?気分悪かったから?」
「悪くなったの。目が覚めた場所はとんだ地獄よ。むしろよく我慢できてたわね。」
確か、地下室はノエルとパンドラがいたな。
「地下室で何があったんだ?」
単刀直入に聞くと、スージーはタバコを灰皿に置いたあとテーブルに突っ伏した。
「・・・あんなの、ただの拷問よ。見てられないったらないわ。全く、魔女なんて本当ろくでなしばかりね。」
伸ばした二の腕に頬を乗せる。
やっぱり。嫌な予感は的中した。セドリックの記憶を紐解くのに失敗したといったあの時から薄々感じていた。まともな話し合いなんて最初からするつもりなかった。アイツのやってきた事はひどいが、なんというか、同情してしまう。あと意外だったのはスージーの反応。種の総称であるサモンズドッグにはトラウマがあり、パンドラにひどい目に遭わされたから相当嫌っていてもおかしくない。言い方はあれだが、「ざまあみろ」とか思っててそうだったが・・・いや、思っているのかもしれないけど。
「・・・ん?アイツのこと知ってるのか?だって、パンドラにやられてから目が覚めるまでに起こった事なんかわからないだろ?」
半開きのまぶたは俺の方ではなくうつろに目の前をただただ向いていただけだった。おっと、一度に聞き過ぎてしまったか?
「飛び出してきたワケじゃないからね。一応、事の詳細は概ね聞いたわ。・・・アンタも大変ね。」
まさか慰められるとは。でも、大変といえばお互い様だと思う。
「スージーこそ、なんか俺たちのために色々と・・・。」
「フン、本当にね。」
台所から足音が聞こえた。ヴェーチがコップを二つ持ってきたやってくる。ホットミルクと片方はブラックコーヒー。降りてきたばかりの俺のまで入れてくれたのは嬉しかった。ブラックも飲めないことはないが、あまり好きな味ではないので、ホットミルクの方を選ぶことになるだろう。
「・・・・・・。」
しばらく
「・・・ノエルから聞いたわ。アタシのアレ・・・アレ、えーっと・・・。直すの、手伝ってくれたんだって?」
すぐに言葉が出てこなかったのが気まずかったのか、残り短くなったタバコを灰皿で押しつぶしている。ノエル、言ったんだ・・・。
「たいしたことはしてないけど。」
本当にその通りである。言われた部品を渡し、部品同士を組み立てたりもしたが複雑な作業はなかった。
「まさか借りを作ることになるなんて・・・。」
借りだなんて、そんな。助けてもらっている俺のたちが、返しても返しきれない借りをようやく少しだけでも返すことができたっていうのに。
「この借りは~・・・そうね、体で返してもいいのよ❤︎」
久々に見たような笑顔。そしてウインク。
「それが言いたかっただけか・・・?」
ついつい口から出てしまった。っていうか、見た目のせいで度々忘れてしまいがちだが、スージーは男だったはず。悪いけど、俺にそっちの気はない・・・。
「うーん・・・。」
ノエルの個室からシンプルな寝巻き姿の聖音が出てきた。寝ぼけまなこといった感じでまぶたは半開きだ。眠いなら出てこなければいいのに。しかし、スージーの姿を目の当たりにすると俺と似たようなリアクションを見せてくれた。
「わっ、わっわっ、えっ?えっ!?」
スージーの方はその反応も想定内といった様子でいちいち何も返さなかった。
「リュドミール君、これっ、これ・・・。」
「人を指差してこれって何よ。」
そこにはきちんと物申す。腰が抜けそうな聖音が震える指でスージーを差すのに対し視線は俺の方を向いていた。
「俺だってびっくりしたよ。下に降りたらいたんだからさ。」
しばらく呼吸を整えて、平常心を取り戻した聖音。まだ顔には困惑は消えていないけど。
「・・・ふぅー。よかった・・・もう完全復活したの?」
「んーまあ、気分的な物を除けばね。」
今のスージーは訳ありであまり気分がよろしくないのだ。聖音はそこにも食いつくかと思いきや、触れることはなかった。
「・・・あれ?スージーさん、そんな声だったっけ?なんか、ちょっと高いような・・・。」
あっ・・・。でも、俺も気になっていたところだ。
「言われてみればそんな気もするけど。」
当の本人は声の異変ぐらいなんとも思っていない。
「あと、全体的に少し体が丸くなってない?」
そこまで見ていなかったぞ!?いやいや、言われるまで気がつかなかったし、言われてもよく見ないとわからない。比較的ゆったりとした服を着ているが、やや肩幅が狭くなって、確かにやや筋肉質気味な体だったのに肉付きが良くなってるような。といっても細いのだけど。やめろやめろ、あんまりそういうの見たくない。
「・・・そう?」
体を起こし、胸や腹などを服の上から触って確かめ始める。しばらくしてスージーの顔が険しくなった。
「・・・・・・。」
立ち上がって、おもむろにスカートをまくり上げるから慌てて目を逸らす。いや、待て。だから男なんだってば!聖音は目を閉じている。うん、あれが正しくてなぜ俺がこんな反応をしなくてはいけないんだ!と思いつつ、一度そっぽを向いたので振り返るのも気まずかった。
「・・・も、もういいかな・・・。」
「さ、さあ・・・。」
小声で話し合う。体の異変を確かめていたスージーの何かを必死に堪えている声がしたのでおそるおそる様子を伺うと。
「・・・・・・。」
顔を真っ赤にして、悔しさを堪えているような、恥ずかしさに耐えているような表情で、唇に力を入れて肩を上げてわずかに震えていた。何が起こったのかさっぱり見当つかず、ぽかんとした顔の聖音ともう一度顔を見合わせたあと、再びスージーの方を見てみると、今度は伸ばした腕に握り拳とひたすら体を強張らせる。
「あ、あの・・・。」
恐々と声をかける。
「ア、イ、ツ・・・は~・・・!!」
喉から無理やり絞り出したみたいな声、動物が唸っているよう。すると、突然スージーは血相変えて大股で勢いよく家を飛び出して行ってしまった。
「・・・なんだったんだ?」
「さぁ、わかんない・・・。」
状況の中に置いてかれた俺と聖音は茫然とするのみ。
「・・・これ、もらってもいいのかな?」
「あ?うん・・・。」
同じく置いてけぼりにされた飲み物を聖音が片方いただいた。やはりホットミルクの方を選んだ。スージーと二人なら、そいつは俺の方が飲むはずだったろうに。苦い上に、眠気が飛んでしまう・・・けど、熱いにもかかわらず早いこと飲んでしまったため俺も諦めてちょっとずつ飲み干した。あぁやっぱり、世界を越えてもこの苦味は共通なんだな。
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