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時富まいむ(プロフ必読

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ハロウィンの日に嗤う者

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蓮華と来夢は列車を利用した。車窓から眺める景色を見ながらゆっくりと旅をするのもまた一興。滅多に列車なんか乗らないものだから列車の内装や外装、駅そのものを堪能するのだって欠かさない。なんだって旅人なのだから。利用する頻度が少ない理由としては交通費に回すだけのお金が中々たまならないからだ。今回は、観光には十分なほどの資金が貯まったので、せっかくなのでかれこれずっと歩き続けてきた足をたまには休ませてあげたかったのだ。
旅に必要な資金はどう集めているのかというと、商人の護衛をしたり、街によっては万屋あるいはギルドなど様々な呼び方があるものの、住人の依頼を一定の条件を満たしているならお尋ね者の旅人であろうと引き受ける事が可能なシステムが存在し、蓮華はもっぱら依頼の報酬を旅の資金に回していた。彼にとって、旅に必要なお金はこういった運賃、宿泊代などに割り当てられる。食費はその次だ。なぜなら死なない彼には必要ない。・・・かといって、必要がないのと欲求はまた別の問題で、今だって蓮華の左手にはりんご飴が握られていた。
「ていうかなぜなにりんご飴?」
来夢は、なんの変哲もない本当にただのりんご飴を怪訝そうに眺めている。それは果たして「なぜお祭りでもないのに、しかも駅にある店に普通に売ってあるのか」かというりんご飴がそこにある理由についてか、「なぜりんご飴を購入したのか」といったそこにある理由は置いといて蓮華がわざわざ選んで購入した理由について問いかけているのだろうか。前者については蓮華も知るよしもないので後者について答えた。
「いやだって、お祭りでもなんでもないのに、普通のお菓子と同じように並んで売ってあるのが珍しいもので。」
「確かに・・・。」
前者は蓮華も気になっていたところだ。お土産屋でもないお店で、駄菓子の間に挟まれ、さも我も駄菓子だと言わんばかりに並んでいたのだ。しかし目立つものだった。蓮華達の中の常識ではりんご飴はお祭りの屋台でしかお目にかかれない一種の風物詩でもあるのに。
「りんご飴って美味しいの外側の飴だけだよね。中のリンゴなんてすっかすかだもん。」
りんご飴から興味を失った来夢は道ゆく人を意味もなく観察し始めた。
「そうなんですか。」
「えっ、すかすかじゃないりんご飴なんてこの世に存在するの?」
結局すぐに蓮華のほうに振り向く。彼女にとってのりんご飴は、なんて残念な物か。しかし、蓮華はもっと残念なことに、りんご飴そとものを味わったことがなかった。
「食べたことないんです。」
これにはさすがの来夢も驚いた。
「えっ!?そうなの!?」
りんご飴を人生で一度も食べていない人がこの世にどれだけいるだろう。でも、旅人である蓮華がその中にいたとは予想外だったようだ。だとすると、随分期待を削ぐような発言をしてしまったと来夢は自分の言葉を後悔した。
「なんかごめんね・・・。あっ、でももしかしたら当たりかも知れないしそれに、ぎゃあ!」
イメージを損なわないようフォローを考えていた途中、来夢は急ぎ足の通行人に体をぶつけられてしまう。全く身構えしていなかったものだからバランスを崩し隣にいた蓮華についでにぶつかる。同じく、被害を自らも食らうなんて思ってなかった蓮華はそれほど力を入れてなかった左手からりんご飴がすっぽ抜けて石造りの真っ逆さま。飴の部分はややひび割れした。流石にこれは拾って食べようという気は起こらない。
「あー!!」
声を上げたのは来夢の方だった。こうなった原因の一つでもあるから、びっくりしただけでは済まないものがある。申し訳なさとか、どうしようとか、もろもろが一瞬にして頭に湧き上がるがすぐに次の行動に移せるかどうかは別として。一方蓮華はただただ無表情で落ちたそれを見下ろしていた。
「すみません!!」
原因の原因、ぶつかった人物が勢いよく頭を下げる。角度はもう90度を超えているのでは無いか、というぐらいそれはもう深々と。ベージュのケープ、短い丈のコート。栗色のボブの小柄な少女だった。手には新聞を持っており、おそらくその新聞を見ながら急ぎ足で歩いていたのだろう。少女は頭を上げると鞄の中をなにやら大慌てで探り出す。
「私のを差し上げます!!」
取り出したのはりんご飴だった。この少女もまたりんご飴を手にしていたのだ。
「いいです、そんな・・・。」
「そうだよ!直接ぶつかったのは私なんだし!」
蓮華が遠慮するのはわかるが、来夢が断るのはどうなんだろう。悪気はないというか、確かに彼女のいう通り彼にぶつかったのは来夢ではあるのだが。
「いいんですいいんです、私甘いもの苦手なので!」
ずいっと差し出す。ひとまず押しに弱く受け取ってくれそうな来夢に、余計な情報を一言添えて。
「えっ、ええ?」
目が右へ左へ泳ぐ。あまりに強引かつ一方的に押し付けてくるから来夢はここでもらわないと逆に失礼な気さえした。そっと受け取ると、少女はまたも頭を下げてせかせかと去ってしまった。
「・・・・・・びっくりした。」
来夢はぽかんと目と口を呆けたように丸く開いては少女が向かっていった方向を見つめる。ここは人が多いため、背の低い少女はすぐに人混みにかき消されて見えなくなった。
「・・・あっ、ごめんね、ほんと。」
偶然にも新しいりんご飴を手に入れた蓮華。でも来夢はまだ気にしていたようで。落とした方のりんご飴は形を残したまま、誰かに蹴られて少しずつ転がっていく。
「いえ、気にしていません。」
と言う蓮華。でも来夢は察していた。落とした直後、無表情だったがどことなく表情に陰りがあった事を。まあ、こうやって失ったものをまた新たに手に入れたのだからと蓮華も来夢もこの件については無かったことにするとした。せめて、このりんご飴が来夢の言う「当たり」であればいいんだけど。
「それにしてもさすがは街の玄関とか言われるだけあって、でっかい駅だね!」
話題を変えて、駅の話に。
乗り始めたのは田舎の無人駅、そこから終電まで乗ってみようと言う目的でたどり着いた最終駅が、魔法都市ベルボックスの首都アルヴァイユにある一番大きな駅。ステンドガラスがはめてあったらはゴシック調とも言えそうな雰囲気の建物に様々な土産屋がある。ただ、それだけなら特段驚くところはない。

異様とも思える光景が一つ。電光掲示板が、壁に設置してあるわけでもないければ天井から吊るされているわけでもない。浮いているのだ。もっと言えば文字だけが宙を流れている、なんとも不思議と言わざるを得ない光景だ。地図も、案内板も全部同じだ。この駅にたどり着いた二人はしばし目を疑った。
「魔法都市ベルボックス。これも魔法なのでしょうか。」
蓮華がバッグからパンフレットを取り出す。広げてみると、誇大表示はなくシンプルかつ丁寧に都市の歴史、観光地などの情報が写真とともに載っていた。
なんだろ。確か、魔法と科学の両方の技術が発展したすごい街なんでしょ?」
来夢が身を寄せて覗き込む。
魔法都市ベルボックス。昔は魔法、および魔術を信仰して新しい技術を一切拒んで独特の進化と発展を遂げてきた。しかし、ベルボックスを含む国を治める王が新しくなってから状況は一変。他の先進国と並ぶべく積極的に新しい技術を取り入れながら発展してきたその国は、今までの王は目を瞑っていたものの新しい王はベルボックスにも国の方針を受け入れろとほぼ強制に近い措置を執行。住人の間にも元から新しい技術を取り入れる方法を推奨する派閥と頑なに拒否を続ける派閥とで対立が生まれた。そんな中、「共存」を訴える新たな派閥が誕生。最初こそ上手くいかなかったものの、争いにお互い疲弊していたのもあり、今はお互い手を取り合い、魔法と新しい技術・・・即ち科学を取り入れ、融合させ、今に至る。というわけだ。
「魔法と科学、お互い全然違うというか、真反対って感じなのにこうやって新しい技術を生み出すこともできるんだねえ。」
おびただしく流れる空に浮かぶ文字を目で追いながら、うんうんと勝手に納得したように頷く来夢。蓮華はパンフレットのページを数枚めくったところでピタリと止めた。


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