《完結》「心変わり症候群」で婚約破棄ですか。だったら検査しましょう!

さんけい

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8.アシュクロフト家の家族会議②

 それを聞くと、父が顧問に視線を向ける。

「法的には、どう運べる?」
「いくつか手段がありますが――」

 顧問は指で数を折りながら説明する。

「一つは、不貞行為を理由とした婚約解消。これは証拠があれば比較的わかりやすい。もう一つは、『婚約者が婚姻生活を維持するに足る気質・行動上の安定性を欠いている』として、行動医学病棟の意見書を添える形です」

 母が苦い顔をした。

「後者は……少し、強すぎませんこと? 心を病んだ者扱いのように受け取られませんか」
「そこは言い換え次第です」

 顧問は、テーブルの上の通知を軽く叩いた。

「正式名称は『行動医学病棟』。意見書でも、心の病という意味の単語は極力使わせず、『気質の偏り』『行動上の傾向』『責任認識の問題』といった表現に統一してもらうことは可能でしょう」

 父が口を挟む。

「世間にはどう説明する?」

「『疲労と気質の不安定のため、行動医学の先生に診ていただいている』あたりが無難ですな。あくまで『少し休んだほうがよい』という程度のニュアンスを前面に」

 母が、ほっとしたように息をついた。

「そうね……娘の元婚約者がそんなこととなれば、サリーの縁談にも影を落としかねませんものね」
「そのための言い換えです」

 顧問は淡々と続けた。

「公にはあくまで『若さゆえの軽率さと気質の問題』。一方で、王立病院の意見書にはきっちり『責任認識の問題』を明記してもらう。そうすれば、こちらは『サリー嬢の将来を考慮して一度白紙に』という、極めて常識的な立場を取れます」

 父が短く笑った。

「なるほど。情けをかけた形にするわけか」
「はい。バートラム家に対しても、これ以上ご子息に無理をさせないために、という建前で話を持っていけば、正面から反対はしにくいでしょう」

 腕を組んだままアランがぽつりと言う。

「……つまり、姉さんの『ざまあ』は全部、優しさの顔をして進んでいくわけだな」
「アラン! そんな下世話な言い方をするものではありません!」

 母がたしなめる。

「でも、そうだろ?」

 私は少しだけ笑って、弟を見た。

「優しいかどうかは、わかりませんわ。ただ――」
「ただ?」
「怒鳴ったり泣き叫んだりするより、よほど後始末がきれいだと思うだけです」

 父が「それでいい」とうなずいた。

「我がアシュクロフト家は感情よりは道理で動く家だ。今回の件も、その通りに処理する」

 顧問が、書類を整理しながら言う。

「では、進め方を確認しましょう。まず、行動医学病棟のエドガー医師に正式な意見書を依頼。『婚姻関係の維持に必要な責任認識に問題がある』という一文を必ず入れてもらう。次に、不貞の証拠――ミリア嬢への書簡の写しや、目撃証言を整理し、『心変わり症候群』とやらの具体的な発現例として添付する」

 母が思わず吹き出しそうになる。

「『心変わり症候群の発現例』って……」
「医学用語です、奥様」

 顧問が真顔で返し、場の空気が少し和んだ。

「最後に、バートラム家との協議です。こちらからは『バートラム卿の健康と将来を慮り、一度婚約を解消のうえ、静養に専念していただくのが最善と考える』という書状をお送りする」

 父が頷く。

「向こうが渋ったら?」
「行動医学病棟からの意見書を静かに示し、『この状態で婚約を続けるほうが、むしろ評判を損なう』と伝えればよろしいかと」

 母が小さく息を吐いた。

「……なんだか、こちらが悪者のような気もしてきますわね」
「いいえ」

 私は首を振った。

「悪いのは、責任を言葉遊びで誤魔化そうとした彼自身です。私たちは、その言葉を現実にしただけ」

 顧問が、わずかに感心したような顔をした。

「サリー嬢。行動医学の先生になれそうですね」
「いえ、医師にはなれません。復讐心が混じりますから」

 正直に言うと、父が苦笑した。

「復讐心くらいは、人間として普通だろう」
「普通、ですわよね?」

 そう確認すると、アランが笑った。

「少なくとも、『心変わりを重大な病気って言い張って婚約破棄するやつ』よりは普通だと思うよ」

 部屋に、ささやかな笑いが広がった。
 それでも、話すべきことはまだある。
 父が、改めて私の方を見た。

「この件が片付いたら、おまえの今後のことも考えねばならん」
「はい」
「しばらくは、静養という形で社交の場を控えるか?」

 私は少しだけ考えてから、首を振った。

「いいえ。必要以上に引くのは、かえって不自然です。『元婚約者が行動医学の先生に診てもらっているので、こちらから一歩引きました』くらいの温度で、淡々と、しかし堂々と振る舞います」
「強いな、おまえは」

 父の言葉に、私は小さく笑った。

「強くなければ、最新医療を試したがっている病院に人を放り込めませんもの」

 「そういえばそうですわね」と母がため息まじりに笑う。
 顧問は、最後の書類をまとめて立ち上がった。

「では、こちらで文面を整えてまいります。サリー嬢、エドガー医師とのやり取りは、今後も記録を残しておいてください。将来、何かあったときのために」
「承知しました」

 家族会議は、そうして一旦区切りを迎えた。
 ウィリアムの『重大な病気』――心変わり症候群とやらは、これから行動医学病棟の中で、さらに詳しく分析されるだろう。
 そして外の世界では、その結果を前提に、婚約の解消と、その後の人生が静かに組み直されていく。
 彼の物語は、病院の白い壁の内側で。
 私の物語は、家族とともに、この屋敷の中で。
 同じ場所にいる必要は、もうどこにもないのだ。
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