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12.バートラム伯の雷②
伯爵の手には、もう一通の書類があった。
母も、うつむいたまま続ける。
「サリー嬢のお母様から、私信が届きましたの」
「……母上に?」
「『お互い、子どもには困らされますわね』という、ね。その上で、『この件でバートラム家の名をこれ以上傷つけるつもりはありません。あとは行動医学の先生にお任せします』と」
そこまで聞いて、さすがにウィリアムも理解した。
怒鳴り込まれてもおかしくないところを、怒鳴りに来られていない。
その代わり、王立病院と行動医学という枠組みに、彼の始末をまるごと預けられてしまった。
「……僕は、そんな大事になるとは思っていなかった」
絞り出した言葉は、我ながら情けなかった。
父の顔に、はっきりとした失望の色が浮かぶ。
「そこが、行動医学病棟の言う『将来予測能力の不足』だろう」
「父上……」
「サリー嬢は、おまえの言葉の先まで見ていた。『病気だから』と言えば、その先にどういう現実が来るか。だから、病院に連れて行き、医師に診せ、婚約を解いた。全部筋が通っている」
伯爵は深く息を吐いた。
「一方、お前は『その場が乗り切れればいい』しか考えていなかった」
母も、静かに言葉を重ねる。
「ミリア嬢のことも、そうよ。彼女も今日、母親同伴でうちに謝罪に来られました。『バートラム様が行動医学の先生に診ていただいていると伺って、自分には支える覚悟がないとわかりました』と」
「ミリアが……」
母は、そこでようやく少しだけ声を荒げた。
「あなた以外は皆、現実を見て、自分の立場を決めているのよ!」
病室の空気が、ぴしゃりと張り詰める。
伯爵は椅子に腰掛け、額を押さえた。
「……ウィリアム」
「はい」
「これから、おまえにできることは、一つしかない」
「……責任を、取ることですか」
「違う」
父の声は、逆に静かだった。
「責任を取る、という言葉を、もう軽々しく使うな」
ウィリアムは、息を呑んだ。
「行動医学の所見にもあっただろう。おまえは責任という言葉を、物語の小道具のように扱ってきた。悲劇の主人公を気取り、『僕は責任を取るよ』と言えば許されると思っていた」
胸に、図星が刺さる。
「これからおまえがするのは、責任を取ることではない。『責任を取れない男として扱われる』ことだ」
「……」
「病院にいて、観察され、行動特性を書類に記録される。婚約は、相手の家と病院の判断で解消される。社交界では、『若さゆえの軽率さと、行動の不安定さで破談になった男』として扱われる」
それが、おまえの引き受けるべき現実だ──と、父は言外に告げている。
「……そんな」
声が震えた。
母が、少しだけ柔らかい声になる。
「つらいでしょうけれど、それが“自業自得』というものなのよ、ウィリアム」
その単語は、やけに冷たく響いた。
伯爵は立ち上がり、背を向ける。
「行動医学の先生の言うことを聞け。せいぜい、自分の『心変わり症候群』とやらが、どこから来たのか、よく考えるんだな」
そう言い残して、両親は病室を出ていった。
扉が閉まる音が、やけに大きく響く。
ウィリアムはベッドに腰を下ろし、例の意見書を見つめた。
──心変わり症候群(物語化優位型)。
──責任認識に問題。
──婚姻生活には不適切。
自分で口にした「重大な病気」が、これほどまでに具体的な形を持って戻ってくるとは、想像もしなかった。
行動医学的に言えば、これが「雷」であり、同時に「診断結果」であるのだろう。
それを噛みしめることが、今の彼に残された、唯一の『責任の取り方』だった。
母も、うつむいたまま続ける。
「サリー嬢のお母様から、私信が届きましたの」
「……母上に?」
「『お互い、子どもには困らされますわね』という、ね。その上で、『この件でバートラム家の名をこれ以上傷つけるつもりはありません。あとは行動医学の先生にお任せします』と」
そこまで聞いて、さすがにウィリアムも理解した。
怒鳴り込まれてもおかしくないところを、怒鳴りに来られていない。
その代わり、王立病院と行動医学という枠組みに、彼の始末をまるごと預けられてしまった。
「……僕は、そんな大事になるとは思っていなかった」
絞り出した言葉は、我ながら情けなかった。
父の顔に、はっきりとした失望の色が浮かぶ。
「そこが、行動医学病棟の言う『将来予測能力の不足』だろう」
「父上……」
「サリー嬢は、おまえの言葉の先まで見ていた。『病気だから』と言えば、その先にどういう現実が来るか。だから、病院に連れて行き、医師に診せ、婚約を解いた。全部筋が通っている」
伯爵は深く息を吐いた。
「一方、お前は『その場が乗り切れればいい』しか考えていなかった」
母も、静かに言葉を重ねる。
「ミリア嬢のことも、そうよ。彼女も今日、母親同伴でうちに謝罪に来られました。『バートラム様が行動医学の先生に診ていただいていると伺って、自分には支える覚悟がないとわかりました』と」
「ミリアが……」
母は、そこでようやく少しだけ声を荒げた。
「あなた以外は皆、現実を見て、自分の立場を決めているのよ!」
病室の空気が、ぴしゃりと張り詰める。
伯爵は椅子に腰掛け、額を押さえた。
「……ウィリアム」
「はい」
「これから、おまえにできることは、一つしかない」
「……責任を、取ることですか」
「違う」
父の声は、逆に静かだった。
「責任を取る、という言葉を、もう軽々しく使うな」
ウィリアムは、息を呑んだ。
「行動医学の所見にもあっただろう。おまえは責任という言葉を、物語の小道具のように扱ってきた。悲劇の主人公を気取り、『僕は責任を取るよ』と言えば許されると思っていた」
胸に、図星が刺さる。
「これからおまえがするのは、責任を取ることではない。『責任を取れない男として扱われる』ことだ」
「……」
「病院にいて、観察され、行動特性を書類に記録される。婚約は、相手の家と病院の判断で解消される。社交界では、『若さゆえの軽率さと、行動の不安定さで破談になった男』として扱われる」
それが、おまえの引き受けるべき現実だ──と、父は言外に告げている。
「……そんな」
声が震えた。
母が、少しだけ柔らかい声になる。
「つらいでしょうけれど、それが“自業自得』というものなのよ、ウィリアム」
その単語は、やけに冷たく響いた。
伯爵は立ち上がり、背を向ける。
「行動医学の先生の言うことを聞け。せいぜい、自分の『心変わり症候群』とやらが、どこから来たのか、よく考えるんだな」
そう言い残して、両親は病室を出ていった。
扉が閉まる音が、やけに大きく響く。
ウィリアムはベッドに腰を下ろし、例の意見書を見つめた。
──心変わり症候群(物語化優位型)。
──責任認識に問題。
──婚姻生活には不適切。
自分で口にした「重大な病気」が、これほどまでに具体的な形を持って戻ってくるとは、想像もしなかった。
行動医学的に言えば、これが「雷」であり、同時に「診断結果」であるのだろう。
それを噛みしめることが、今の彼に残された、唯一の『責任の取り方』だった。
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