遙かなる約束

黒田真由

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遙かなる約束

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 私は、この桜の木の下で約束した。今度こそ、あなたと添い遂げると。


 私は、気怠さを体に纏いながら、体を起こした。

「ふぁーあ……。なんか、不思議な夢を見ていた気がするなぁ……」

 午前七時。私は、洗顔を済ませ、トーストを焼く。そして、ラジオをつけて、コーヒーを淹れる。ラジオからは、珍しく私の好きなバンドの曲が流れていた。
 トーストをかじりながら、ラジオを聴く。口の中に、マーガリンの風味が広がる。
 外は晴れ。マンションから見える桜は、花びらを手放しながら凛と咲いている。

「桜……。なんか、そんな夢を見たような……」

 ぼんやりとした記憶。夢だから仕方がない。そんなことを思いながら、支度を済ませた。
 靴を履いて玄関を出る。びゅうっと風が私を撫でた。舞う髪を押さえながら、鍵を閉める。階段を降りると、桜吹雪が私を襲った。

「わっ……」
「約束を思い出して」

 声が聞こえた。間違いない。しかし、周りには誰もいない。あたりを見渡しても、人影は一切ない。
 声はたしかに聞こえた。「約束を思い出して」と言っていた。どういうことだろう? 私は、誰かと約束をしたのだろうか? 身に覚えのない約束。
 ハッとして、時計を見る。そろそろ動かないと、仕事に遅れる。私は、後ろ髪を引かれる思いで、その場をあとにした。

 職場に着く頃には、約束のことはすっかり頭から離れていた。仕事が私を支配する。やるべきことが山積みだ。
 パソコンを起動させて、プレゼン資料の作成に取り掛かる。最近は、アニメーションを付けなくて良いことが多く、やりやすい。
 画像を挿入しつつ、文字を入力する。資料ができたら、上司にチェックを依頼する。
 さて、次はデータ入力だ。入力して、関数入れて……これで見やすいだろう。
 昼食は、プロテインドリンクだけ。もっと痩せたい。モデル体型になりたい。
 元カレに、

「お前も、もっと痩せたら美人かもしれないのにな」

 と言われた傷は、まだ癒えない。
 午後からは、怒涛の忙しさだった。退勤する頃には、ヘトヘトになっていた。飲み物を飲むことすら忘れていた。
 体を労るように、ゆっくり帰路につく。ふと、家から見える桜が視界に入った。桜は、ライトアップされたように、ぼんやり光っていた。

「ライトアップでもしてるのかな……?」

 さらさらと、花びらが舞う。私は、桜に吸い寄せられるように近づいた。桜は、ぼんやり光を放ちながら、佇む。
 花びらが、私の上を舞う。すると、突然強風が私と桜に向かって来た。
 思わず目を閉じる。風が通り過ぎたので、そっと目を開ける。桜は目の前で変わらず佇んでいる。しかし、おかしい。周りの家が消えた。

「やっと来たか」

 一瞬目を逸らした間に、桜の前に男性がいた。いつか見た平安時代の衣装を身に纏う彼は、私に微笑みかける。
 私は、彼と会ったことがある。なぜか、そう直感した。

「そなたが、またここに来るのを待っておった」
「あなたは誰?」
「そうか……。覚えていないか……」

 彼は、寂しげに私を見た。胸がきゅうっと音を立てて縮んだ気がした。思い出さなくちゃいけないのに。彼と大事な約束をしたのに。
 桜吹雪は、変わらず降り続けている。私は、桜の木を見上げる。はらはらと桜の花びらが舞い落ちる。
 思い出せ。私は、彼を知っている。私のDNAが、彼を知っていると告げている。そうだ。彼は……

「やっと会えた……輪廻を重ねても、わらわはそなたを忘れぬ」

 そうだ、わらわがもっとも愛した愛しい人……。身分さえなければ、父上の手の者が彼を殺さなければ……。
 自分じゃない言葉が出てくる。

「せめてと、そなたが好きな桜の下に埋めてもろうた。そなたといつか輪廻の果てで会おうと約束したのを、わらわは覚えておる」

 どうして、彼は生まれ変わっていないの? どうして、転生して私のそばに来てくれないの?
 私は、ちゃんと思い出したのに。あなたは、なぜここにいるの?
 再会できた喜びと、この状況に困惑する。桜吹雪が強くなった。風も吹き始めた。さらさらと葉が擦れる音がする。
 彼は、少し寂しそうに微笑んだ。

「我は、既に輪廻を繰り返しておる。もうじき、そなたの元に訪れるはず。ここにいる我は、桜の木の根に絡め取られた、我の一部よ。もうそろそろ消えるところを、ようやくそなたに会えたのだ」
「そうか、やっと……やっとそなたと添い遂げる機が来ようとしておるのか」
「そうだ。今度こそ迎えに行く。もうしばし待たれよ」

 ざぁああという音と共に、桜吹雪が強まる。あまりの激しさに、目を閉じる。
 もう一度目を開けると、そこには、光っていないただの桜の木があった。彼もどこにもいない。
 私は、どくんと心臓が大きく跳ねるのを感じた。彼がもうすぐ迎えにくる。今度こそ彼と添い遂げられる。涙が頬を伝う。
 高まる興奮を抑えながら、私は帰宅した。することを済ませてベッドに潜り込むも、興奮して眠れない。しかし、仕事の疲れが出たのか、二時間後には、夢の中だった。

 翌朝。準備を済ませて、出勤する。噂によると、今日から新たに赴任してくる人がいるらしい。
 朝礼が始まり、その人の紹介の時間になった。その人を見た瞬間、大きく心臓が跳ねた。彼だ。彼に間違いない。私を迎えに来たんだ。そう直感した。
 朝礼が終わり、各々仕事につく中、彼が私に近づいた。

「久しぶり。……あれ? 初めましてだね。すみません。なんだか、どこかで会った気がして……」
「いえ、初めまして。今日から、よろしくお願いしますね」

 お互い微笑み合う。私たちの時間は、始まったばかり。これから、ゆっくり紡ぎ直せば良い。
私は、彼とのこれからの未来に、想いを馳せずにはいられなかった。
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