追放されましたが、辺境で土壌改革をしたら領民からの感謝が止まりません。~今更戻ってきてと言われても、王都の地盤はもうボロボロですよ?~

水上

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第7話:孤児院の聖女とカブへの嫉妬

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 ヴォルガード領に来て半年。

 私の土壌改革は、想定以上の成果を叩き出していた。
 石灰による中和、ヘドロ堆肥の投入、そして適切な輪作体系の導入。
 これらが噛み合い、今年の秋、領内の畑はかつてない豊作を迎えた。

「見てください、この人参! 私の太ももくらいありますよ!」

「こっちのジャガイモなんて、子供の頭サイズだ!」

 収穫作業に追われる農夫たちの悲鳴のような歓声が、心地よく響く。

 しかし、豊作には必ず副作用が伴う。
 それは、市場の規格に合わない規格外野菜の大量発生だ。

「……味は最高なのに、形が少し歪だというだけで廃棄対象とは。市場経済の非合理性には呆れますね」

 私は倉庫に積み上げられた、二股に分かれた人参や、凸凹したジャガイモの山を見て溜息をついた。

 糖度計で測れば、これらは王都の高級品より数値が高い。
 捨てるなど資源の無駄遣いだ。

「それならば、形が分からないように加工してしまえばいい。単純な解法です」

 私は領内の主婦層を集め、加工場を設立した。

 規格外野菜をスライスし、低温でじっくり揚げて乾燥させたヴォルガード特製・野菜チップスの開発である。

 味付けはシンプルに岩塩のみ。
 素材の甘味が凝縮され、子供のおやつにも、大人のお酒のつまみにもなる。

「すごいわ、セレナ様! これ、飛ぶように売れます!」

「私、自分のお金でお洒落な靴を買ったの、結婚して初めて!」

 作業場の女性たちが、給金袋を握りしめて目を輝かせている。

 彼女たちの経済的自立は、家庭内のパワーバランスを適正化し、領内全体の活気を底上げする。
 私は満足げに頷いた。

「皆さんの労働力こそが、この商品の付加価値です。胸を張ってください」

「ああもう、セレナ様ったら! 聖女様みたい!」

「聖女? いいえ、私はただの生産工程管理者です」

 私は即座に否定したが、女性たちはキャーキャーと笑うだけだった。

 野菜の活用先は、商売だけではない。
 私は余剰生産された根菜類を馬車に積み込み、領外れの孤児院へと向かった。

「……これは、ひどいな」

 同行したアレクシス様が、眉をひそめる。

 出迎えた孤児院のシスターや子供たちは、皆一様に顔色が悪く、痩せていた。
 予算不足で、具のない薄いスープと、硬いパンしか食べていないという。

「成長期の子供に必要なのは、良質なタンパク質とビタミン、そしてエネルギー源となる炭水化物です。精神論でお腹は膨れません」

 私は即座に搬入を指示した。
 大量の根菜、そしてアレクシス様が狩ってきた鹿肉や猪肉。

「厨房を借りるぞ」

 アレクシス様が黒いエプロン(持参)を身に着け、厨房に押し入る。

 彼が指揮を執り、シスターたちに指示を飛ばす姿は、戦場の司令官というより、レストランシェフの風格だ。

 数時間後。

 食堂の長テーブルには、大鍋いっぱいの根菜とジビエのクリームシチューと、すりおろした人参を練り込んだキャロットパンが並んだ。

「うわぁ……! いい匂い!」

「お肉だ! お肉が入ってる!」

 子供たちの目が輝く。

 アレクシス様が無表情で「食え」と号令をかけると、猛烈な勢いで食事会が始まった。

「おいしい! おいしいよぉ!」

「あったかい……!」

 次々とおかわりをする子供たち。
 その頬に、みるみる赤みが差していく。
 シスター長が、涙を浮かべて私の手を取った。

「ありがとうございます、セレナ様……! なんとお礼を言えばよいか。貴女様は、神が遣わした慈愛の聖女様ですわ!」

「いえ……、私はただ、余剰在庫の有効活用と、将来の労働力である子供たちの健康維持を図っただけで……」

「いいえ、聖女様です! 皆、セレナ様に感謝を!」

「聖女様ー!」

「ありがとうー!」

 子供たちが口元をクリームだらけにして抱きついてくる。

 論理的な説明をしようとしたが、無垢な笑顔の質量攻撃に押し切られ、私は言葉を失った。

「……諦めろ、セレナ」

 アレクシス様が、子供の頭をガシガシと撫でながらニヤリと笑う。

「理屈はどうあれ、お前がこいつらを救った事実は変わらん。……たまには感情で受け取っておけ」

「……非論理的です。ですが、悪い気分ではありませんね」

 私は小さく呟き、スカートにしがみつく子供の背中を、ぎこちなく撫で返した。

 その日の夕暮れ。
 孤児院からの帰り道、私たちは農道の視察も兼ねて歩いていた。
 夕焼けが、豊かに実った畑を黄金色に染め上げている。

 私はふと足を止め、畑の一角にしゃがみ込んだ。
 そこには、私が個人的に交配実験を行っていた、真っ白で丸々としたカブが顔を出していた。

「素晴らしい……。見てください、閣下。この肌の白さ、ハリ、そして葉の勢い」

 私は愛おしそうに、カブの白い肌を指先で撫でた。

 土の感触、ひんやりとした水気、生命の重み。
 これぞ、私の計算と努力の結晶だ。

「よしよし、いい子ですね。貴方は最高傑作ですよ」

 思わず話しかけながら、優しくスリスリと撫で回す。
 すると突然、頭上から不満げな声が降ってきた。

「……俺も、そのカブになりたいものだ」

「……はい?」

 私は顔を上げた。
 アレクシス様が、腕組みをして、どこか恨めしそうな目で私の手元のカブを見下ろしている。

「カブになりたい、とは……? 閣下、ご自身を土に埋めて、頭髪だけ出して光合成をお望みということですか? 確かに閣下は頑強ですが、さすがに根粒菌との共生は生物学的に不可能かと」

 私が真顔で分析すると、彼は「はぁ」と深いため息をついた。

「違う。……お前に、そんなふうに優しく触れられたいと言っているんだ、この鈍感娘」

「――ッ!?」

 その言葉の意味を理解するのに、私は数秒のラグを要した。

 えっ?
 触れられたい? 
 私に?

「か、閣下は……、野菜としての扱いをご所望で……?」

「野菜じゃない。男としてだ」

 アレクシス様が、しゃがみ込んで私と目線を合わせる。

 その距離、わずか数センチ。
 彼の整った顔立ちと、熱を帯びた瞳が目の前に迫る。

「お前はカブには愛してるみたいな顔をするくせに、俺にはいつも業務報告の顔しかしない」

「そ、それは……、閣下は上司ですし、カブは研究対象ですから、カテゴリが……」

「なら、カテゴリを変えろ」

 彼は私の手を取り、カブから引き剥がすと、自分の頬に押し当てた。
 私の手についた土など気にも留めず。

「……俺も、お前の研究対象に入れておけ。観察日記をつけてもいいぞ」

 ジョークなのか本気なのか分からない口調だが、その耳は夕焼け以上に赤かった。

 私の手のひらに、彼の高い体温が伝わる。

 心臓が、早鐘を打つ。
 これはカブの収穫時には感じない、未知のエラーだ。

「……分かりました。では、被験体Aとして登録します。……データ収集のため、しばらくそのままで」

 私が震える声で答えると、彼は満足そうに目を細めた。

「ああ。存分に分析しろ」

 風が吹き抜け、カブの葉がサワサワと揺れる。

 周囲から見れば、泥だらけの畑で、強面の領主様と地味な眼鏡の令嬢が見つめ合っているだけの奇妙な構図だろう。
 だが、私にとっては、どんな舞踏会よりもロマンチックで、そして心拍数の上がる瞬間だった。

(……分析不能です。こんな温かいデータ、どの文献にも載っていませんわ)

 私は真っ赤になりながら、彼の頬の熱を感じ続けていた。
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