社交界では愛妻家として持て囃されているのに、実は普通に浮気していたクズだったのですね。~美辞麗句で責任放棄する不貞夫の末路~

水上

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第14話:正当な評価

 バルディア商会の執務室は、書類をめくる微かな音と、ユージーン・バルディア公爵の静かな呼吸音だけが支配していた。

 イレーネが提出した事業計画書と過去のデータ分析は、一枚の無駄もなく、実務に裏打ちされた完璧な数字の羅列だった。

 原価率の推移、季節ごとの売れ筋の変動、そして職人たちの人件費と利益率のバランス。
 それは、現場で泥水にまみれながらも、決して妥協を許さなかったイレーネの血と汗の結晶そのものだった。

「……なるほど。驚くべき数字だ」

 ユージーンは数分間の沈黙の後、パタンと書類を閉じた。
 彼の冷徹な切れ長の目は、イレーネを真っ直ぐに射抜いていた。

 そこにあるのは、社交辞令の賞賛でも、貴族としての義務的な愛想でもない。
 極めてロジカルで実力主義の男が、対等なビジネスパートナーに向ける評価の眼差しだった。

「リュミエールが王都でこれほどの利益を上げ、名声を保てていた理由が、今ようやく理解できた。あのフェリクス・ヴァルトハイムという男の薄っぺらいプロデュース力など、最初から存在していなかったのだな」

「……はい。フェリクス様は完成した品を華やかな舞台で発表していただけで、その過程にある仕入れ、原価計算、職人のマネジメントといった実務には一切関わっておりません」

 イレーネは事実だけを淡々と述べた。
 夫を貶める意図はなく、ただ客観的な現状を報告するビジネスマンの口調だった。

「彼は私が残す分量だけの引継ぎ書があれば、これまで通り工房は回せると信じています。しかし、湿度や素材の個体差を見極める職人の技術、そして気難しい職人たちを束ねる統率力は、書類には残せません」

「当然だ。実務の難しさと重責を知らない無能な人間ほど、マニュアル一つで現場が回ると勘違いする」

 ユージーンは鼻で笑い、デスクの上に両手を組んだ。

「君がすべてを取り仕切る見えない土台であったこと。そして、君がいなくなった瞬間に、あの工房が砂上の楼閣のように崩れ去ることは、この書類を見れば一目瞭然だ。……だが、イレーネ。一つだけ聞きたい」

 ユージーンの声のトーンが、一段低く、真剣なものに変わった。

「なぜ、君はこれまであの男の下で、これほどの過酷な労働と不当な扱い――いや、搾取に耐えてきた? 君ほどの技術と実務能力があれば、いつでも独立できたはずだ」

 その問いに、イレーネはほんの少しだけ目を伏せた。
 かつての自分を縛り付けていた、愚かで健気な愛という名の呪縛。

「……彼を、愛していたからです」

 静かな声だった。

「私が我慢すれば、私が裏方としてすべてを回せば、彼は外の世界で立派なオーナーとして胸を張れる。彼の期待に応え、支えることが私の幸せだと思い込んでいました。彼からの『君の才能は素晴らしい』という口先だけの称賛を、愛だと信じていたのです」

「馬鹿げているな」

 ユージーンは容赦なく切り捨てた。

「それは愛ではない。ただのやりがい搾取だ。物理的な負担を一切負わず、ただ精神的に支えていると錯覚している自己愛に満ちた男の、甘い毒に過ぎない」

「……ええ。おっしゃる通りです」

 イレーネは顔を上げ、ユージーンを真っ直ぐに見つめ返した。

 その瞳には、もはや過去への未練も悲嘆もなく、澄み切った決意だけが宿っていた。

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