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第27話:別れの日
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翌朝の空は、ヴィクトリアの門出を祝うかのように一点の曇りもなく晴れ渡っていた。
朝食の席で、ギルバートは上機嫌に今日の予定を語った。
「今日は天気がいいから、シルヴィアと水源地の視察に行ってくるよ。あそこは景色がいいからね。お弁当を持って、ピクニック気分で視察といこう」
「まあ、素敵! ギルバート様、私、サンドイッチを作りますね!」
「いいねえ。ヴィクトリア、君も来るかい? ……と言いたいところだけど、君は今日も忙しいんだろう?」
ギルバートは形式的に尋ねただけだった。
ヴィクトリアが断ることを前提としている。
ヴィクトリアは、最後の一口となる紅茶を飲み干し、静かにカップを置いた。
「ええ。残念ですが、どうしても片付けなければならない仕事がございますので」
「そうかそうか。君は本当に働き者だなあ。じゃあ、お土産に花でも摘んでくるよ」
「行ってらっしゃいませ。……どうぞ、心ゆくまで楽しんできてください」
ヴィクトリアは玄関まで二人を見送った。
馬車に乗り込む際、シルヴィアはヴィクトリアに向かって無邪気に手を振った。
ギルバートも満足げに頷いている。
彼らは微塵も疑っていない。
この見送りが、永遠の別れになることを。
馬車が見えなくなるまで、ヴィクトリアは完璧な姿勢で見送った。
車輪の音が遠ざかり、静寂が戻った瞬間、彼女は踵を返した。
「……さて」
ヴィクトリアの声色は一変した。
温かみのある妻の声から、冷徹な指揮官の声へ。
「マーサ」
「はい、奥様」
後ろに控えていたマーサが、緊張した面持ちで進み出る。
彼女の目は少し赤いが、覚悟を決めたように真っ直ぐヴィクトリアを見ていた。
「予定通りに。私の荷物を裏口へ」
「かしこまりました。……馬車は既に待機しております」
ヴィクトリアは自室に戻り、素早く着替えた。
重たいドレスも、コルセットも脱ぎ捨てる。
身につけたのは、動きやすいダークグレーのライディングドレスと、丈夫なブーツ。
髪もシンプルなシミニョンにまとめ、飾りのない帽子を被った。
鏡に映る姿は、貴族の奥方ではなく、一人の自立した女性実業家のように見えた。
部屋を見渡す。
宝石箱の中には、ギルバートから贈られた安っぽいアクセサリーや、アッシュフォード家の家紋が入った装飾品がそのまま残されている。
クローゼットには、彼好みの淡い色のドレスがずらりと並んでいる。
しかし、全て置いていく。
これらはヴィクトリア・アッシュフォードという役割のための衣装であり、これからの彼女には不要なものだ。
ヴィクトリアは一つだけ、黒い革のトランクを持ち上げた。
中身は、実家から持参した専門書と、あの黒革の手帳、そして身分証明書だけ。
驚くほど軽かった。
三年間の結婚生活の重みが、たったこれだけの荷物に収まる程度だったのかと思うと、皮肉な笑みがこぼれた。
最後に、彼女は執務室へと向かった。
朝食の席で、ギルバートは上機嫌に今日の予定を語った。
「今日は天気がいいから、シルヴィアと水源地の視察に行ってくるよ。あそこは景色がいいからね。お弁当を持って、ピクニック気分で視察といこう」
「まあ、素敵! ギルバート様、私、サンドイッチを作りますね!」
「いいねえ。ヴィクトリア、君も来るかい? ……と言いたいところだけど、君は今日も忙しいんだろう?」
ギルバートは形式的に尋ねただけだった。
ヴィクトリアが断ることを前提としている。
ヴィクトリアは、最後の一口となる紅茶を飲み干し、静かにカップを置いた。
「ええ。残念ですが、どうしても片付けなければならない仕事がございますので」
「そうかそうか。君は本当に働き者だなあ。じゃあ、お土産に花でも摘んでくるよ」
「行ってらっしゃいませ。……どうぞ、心ゆくまで楽しんできてください」
ヴィクトリアは玄関まで二人を見送った。
馬車に乗り込む際、シルヴィアはヴィクトリアに向かって無邪気に手を振った。
ギルバートも満足げに頷いている。
彼らは微塵も疑っていない。
この見送りが、永遠の別れになることを。
馬車が見えなくなるまで、ヴィクトリアは完璧な姿勢で見送った。
車輪の音が遠ざかり、静寂が戻った瞬間、彼女は踵を返した。
「……さて」
ヴィクトリアの声色は一変した。
温かみのある妻の声から、冷徹な指揮官の声へ。
「マーサ」
「はい、奥様」
後ろに控えていたマーサが、緊張した面持ちで進み出る。
彼女の目は少し赤いが、覚悟を決めたように真っ直ぐヴィクトリアを見ていた。
「予定通りに。私の荷物を裏口へ」
「かしこまりました。……馬車は既に待機しております」
ヴィクトリアは自室に戻り、素早く着替えた。
重たいドレスも、コルセットも脱ぎ捨てる。
身につけたのは、動きやすいダークグレーのライディングドレスと、丈夫なブーツ。
髪もシンプルなシミニョンにまとめ、飾りのない帽子を被った。
鏡に映る姿は、貴族の奥方ではなく、一人の自立した女性実業家のように見えた。
部屋を見渡す。
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しかし、全て置いていく。
これらはヴィクトリア・アッシュフォードという役割のための衣装であり、これからの彼女には不要なものだ。
ヴィクトリアは一つだけ、黒い革のトランクを持ち上げた。
中身は、実家から持参した専門書と、あの黒革の手帳、そして身分証明書だけ。
驚くほど軽かった。
三年間の結婚生活の重みが、たったこれだけの荷物に収まる程度だったのかと思うと、皮肉な笑みがこぼれた。
最後に、彼女は執務室へと向かった。
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