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第3話:傷心している妹
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傷心している妹のソフィア。
彼女が発作――過呼吸や癇癪――を起こすのは、これが初めてではない。
彼女が婚約者に婚約破棄を言い渡されてから、事あるごとに騒ぎ立てている。
もちろん、家族だから心配ではある。
だが、実家には両親がいる。
使用人も大勢いる。
医師だってすぐに呼べるはずだ。
なぜ、別の家庭を持っている義理の兄であるエリアスが、結婚記念日の夜に駆けつけなければならないのか。
――君は強くて賢い女性だ。僕がいなくても、一人で食事を楽しめるだろう?
手紙のその一文が、鋭利な刃物のように胸に突き刺さった。
一人で楽しむ?
冷めきった料理と、誰もいない椅子を前にして?
私が強いから?
だから、私との約束は破ってもいいと?
「……奥様」
サイラスの痛ましげな声で、アデライドは我に返った。
自分がどんな顔をしているのか、自分でも分からない。
もしかしたら、鬼のような形相をしているかもしれない。
あるいは、惨めに泣き出しそうになっているかもしれない。
アデライドは深く息を吸い込み、肺の中で冷たい空気を循環させた。
そして、顔を上げる。
その唇には、洗練された完璧な微笑みが浮かんでいた。
「仕方ありませんわね」
その声は、驚くほど平坦だった。
「ソフィアは繊細な子ですもの。エリアス様がお優しくて、放っておけなかったのでしょう。夫が人助けをしているのです、妻として誇りに思いこそすれ、責めるわけにはいきませんわ」
サイラスが目を見開いた。
彼には分かっていたのだろう。
その笑顔が、感情を完全に遮断した結果であることを。
アデライドは立ち上がり、冷めた鴨のコンフィを見下ろした。
「これを下げてちょうだい。もう食欲がないわ」
「……承知いたしました。何か、温かいハーブティーでもお持ちしましょうか」
「いいえ、結構よ。疲れたから休むわ。エリアス様が戻られたら、起こさないようにと伝えて」
アデライドは背を向け、ダイニングルームを出て行く。
ドレスの裾が床を擦る音だけが、静寂の中に響いた。
寝室に戻り、一人でドレスの紐を解く。
鏡に映る自分の顔は、能面のように無表情だった。
怒りたかった。
悲しみで叫びたかった。
「私のために帰ってきて」と言いたかった。
でも、そんなことをすれば、心の狭い姉、理解のない妻のレッテルを貼られるだけだ。
エリアスは悪人ではない。
ソフィアも、ただ弱いだけだ。
誰も悪くない。
だからこそ、この窒息しそうな苦しみには行き場がない。
アデライドは冷たいシーツに潜り込み、目を閉じた。
瞼の裏に浮かぶのは、夫の優しい笑顔と、妹の濡れた瞳。
そして、「君は強いから」という残酷な信頼の言葉。
時計の針が日付をまたいだ。
結婚四周年目の始まりは、夫の不在と、静かな諦めと共に訪れた。
アデライドの中で、何かがひび割れていく音がした。
それは、丹精込めて焼き上げた陶器に、冷水を浴びせた時に生じる貫入の音に似ていた。
もう、期待するのはやめよう。
そう思った瞬間、不思議と涙は出なかった。
ただ、心臓のあたりが凍りついたように冷たく、重くなっただけだった。
彼女が発作――過呼吸や癇癪――を起こすのは、これが初めてではない。
彼女が婚約者に婚約破棄を言い渡されてから、事あるごとに騒ぎ立てている。
もちろん、家族だから心配ではある。
だが、実家には両親がいる。
使用人も大勢いる。
医師だってすぐに呼べるはずだ。
なぜ、別の家庭を持っている義理の兄であるエリアスが、結婚記念日の夜に駆けつけなければならないのか。
――君は強くて賢い女性だ。僕がいなくても、一人で食事を楽しめるだろう?
手紙のその一文が、鋭利な刃物のように胸に突き刺さった。
一人で楽しむ?
冷めきった料理と、誰もいない椅子を前にして?
私が強いから?
だから、私との約束は破ってもいいと?
「……奥様」
サイラスの痛ましげな声で、アデライドは我に返った。
自分がどんな顔をしているのか、自分でも分からない。
もしかしたら、鬼のような形相をしているかもしれない。
あるいは、惨めに泣き出しそうになっているかもしれない。
アデライドは深く息を吸い込み、肺の中で冷たい空気を循環させた。
そして、顔を上げる。
その唇には、洗練された完璧な微笑みが浮かんでいた。
「仕方ありませんわね」
その声は、驚くほど平坦だった。
「ソフィアは繊細な子ですもの。エリアス様がお優しくて、放っておけなかったのでしょう。夫が人助けをしているのです、妻として誇りに思いこそすれ、責めるわけにはいきませんわ」
サイラスが目を見開いた。
彼には分かっていたのだろう。
その笑顔が、感情を完全に遮断した結果であることを。
アデライドは立ち上がり、冷めた鴨のコンフィを見下ろした。
「これを下げてちょうだい。もう食欲がないわ」
「……承知いたしました。何か、温かいハーブティーでもお持ちしましょうか」
「いいえ、結構よ。疲れたから休むわ。エリアス様が戻られたら、起こさないようにと伝えて」
アデライドは背を向け、ダイニングルームを出て行く。
ドレスの裾が床を擦る音だけが、静寂の中に響いた。
寝室に戻り、一人でドレスの紐を解く。
鏡に映る自分の顔は、能面のように無表情だった。
怒りたかった。
悲しみで叫びたかった。
「私のために帰ってきて」と言いたかった。
でも、そんなことをすれば、心の狭い姉、理解のない妻のレッテルを貼られるだけだ。
エリアスは悪人ではない。
ソフィアも、ただ弱いだけだ。
誰も悪くない。
だからこそ、この窒息しそうな苦しみには行き場がない。
アデライドは冷たいシーツに潜り込み、目を閉じた。
瞼の裏に浮かぶのは、夫の優しい笑顔と、妹の濡れた瞳。
そして、「君は強いから」という残酷な信頼の言葉。
時計の針が日付をまたいだ。
結婚四周年目の始まりは、夫の不在と、静かな諦めと共に訪れた。
アデライドの中で、何かがひび割れていく音がした。
それは、丹精込めて焼き上げた陶器に、冷水を浴びせた時に生じる貫入の音に似ていた。
もう、期待するのはやめよう。
そう思った瞬間、不思議と涙は出なかった。
ただ、心臓のあたりが凍りついたように冷たく、重くなっただけだった。
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