「君は強いから一人でも平気だろう?」と妹を優先する夫。~陶器の心を持つ私の完璧な微笑みに、夫が凍りつくまで~

水上

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第22話:静寂の朝

 翌朝、ベルンハルト伯爵邸の寝室に、いつもと変わらぬ穏やかな朝日が差し込んでいた。
 ベッドの上で、エリアスは大きく伸びをして目覚めた。

 小鳥のさえずりが聞こえる。
 昨夜のワインの余韻か、頭は少し重いが、気分はこれ以上ないほど晴れやかだった。

「ふわあ……、よく寝たな」

 彼は隣の枕を見た。
 そこは既に誰もおらず、シーツは綺麗に整えられている。

 いつものことだ。

 妻のアデライドは早起きで、エリアスが目覚める頃には完璧に身支度を整え、ダイニングで紅茶を飲んでいるか、あるいは工房へ出かける準備をしている。

「アデライド、おはよう」

 エリアスは寝ぼけ眼で声をかけたが、返事はない。

 まあ、下にいるのだろう。
 彼は上機嫌でベッドを降りた。

 昨夜のディナーは最高だった。
 アデライドは終始笑顔で、自分とソフィアの関係を応援してくれた。

 妻が理解ある女性でよかった。

 ソフィアも元気になったし、自分は二人の女性を支える大黒柱として、順風満帆な人生を歩んでいる――そう確信していた。

 着替えようとして、ふとドレッサーの方を見た時だった。
 磨き上げられた天板の上に、何かがキラリと光るものが置かれている。

「ん? 何だろう」

 近づいてみると、それは銀色の指輪だった。
 シンプルなデザインの、プラチナのリング。

 見間違えるはずもない。
 三年前、結婚式の祭壇で、彼がアデライドの薬指に嵌めた結婚指輪だ。

「……アデライド? 珍しいな、忘れたのかい?」

 エリアスは首を傾げた。
 几帳面な彼女が、指輪を置きっぱなしにするなんて。

 水仕事をする時だって、彼女は大切そうに懐にしまっていたはずなのに。
 その指輪の下に、一枚の便箋が挟まっていることに気づいたのは、指輪を手に取ろうとした時だった。

 封筒はない。
 二つ折りにされただけの厚手の上質紙。

 エリアスは不思議に思いながら、それを開いた。

『エリアス・フォン・ベルンハルト様へ』

 妻の流麗な筆跡だ。

 ラブレターだろうか? 
 昨夜の感謝を綴ったものだろうか?

 エリアスは口元を緩ませながら、視線を走らせた。

『貴方はいつもおっしゃいましたね。「君は強いから大丈夫だ」と』

 うんうん、言ったよ。
 君は強いからね。

『そのお言葉通り、私は一人で生きていくことにしました。』

 ……え?

 エリアスの思考が停止した。

 一人で生きていく? 
 どういう意味だ?

『私が強かったのではありません。貴方が私の弱さを無視し続けたから、私は強くなるしかなかったのです。どうぞ、愛しいソフィアと、尊敬するご両親と共に、お幸せに。私のことは探さないでください。もう二度と、貴方の都合の良い妻」には戻りません。 アデライド』

 そして、最後の一行の下には、見慣れない――しかし見覚えのある公的な書類が添えられていた。

 離縁届。
 アデライドの署名欄には、既にサインと捺印がされている。

「は……、ははっ」

 エリアスの口から、乾いた笑いが漏れた。

「なんだ、これ。冗談がきついなあ、アデライド」

 彼は手紙を無造作にドレッサーに放り出した。

 昨夜、あんなに笑っていたじゃないか。
「貴方なら出来ますわ」と励ましてくれたじゃないか。

 あれが全部嘘だったとでも? 
 まさか。

 きっと、少し疲れているんだ。
 あるいは、サプライズのために驚かせようとしているのかもしれない。

「アデライドー! どこに隠れているんだい? 出ておいでよ」

 エリアスは努めて明るい声を出しながら、寝室を出た。
 廊下は静まり返っている。

 階段を降りる。
 カツ、カツ、という自分の足音だけがやけに大きく響く。

 ダイニングルーム。

 そこには、昨夜の豪華な食事の跡形もなく、片付けられたテーブルがあるだけだった。

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