「君は強いから一人でも平気だろう?」と妹を優先する夫。~陶器の心を持つ私の完璧な微笑みに、夫が凍りつくまで~

水上

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第32話:獲物を失った捕食者たち

「お前が『私にも作れる』などと大嘘をついたせいで、我が家は破産寸前なんだ! アデライドがいれば、こんなことにはならなかった!」

「そ、そんな……! だって、お父様もお母様も、私の感性が素晴らしいって褒めてくれたじゃない!」

「感性? 笑わせるな!」

 伯爵は鼻で笑った。

「何も生み出さない感性に何の価値がある? 飯が食えるのか? アデライドの技術があったからこそ、お前のワガママも感性として成立していたんだ。単体ではただの無能だ!」

 無能。
 その言葉は、ソフィアのプライドを粉々に砕いた。

 母に助けを求めようと視線を向ける。
 しかし、母は冷ややかに顔を背けた。

「そうよ、ソフィア。貴女、今まで散々甘えてきた分、最後に家の役に立ちなさいな。美貌だけが貴女の取り柄なのだから」

 ソフィアは愕然とした。
 この人たちは、自分を愛していたのではなかったのか。

 いや、違う。

 彼らは優秀なアデライドに稼がせ、可愛いソフィアを愛でるという、自分たちにとって心地よいシステムを愛していただけなのだ。

 稼ぎ手が消えた今、消費するだけのソフィアは、ただの金食い虫でしかない。

「嫌……、嫌よ! エリアスお義兄様! 助けて!」

 ソフィアは泣き叫びながら玄関へ走ろうとした。
 しかし、父の手が無慈悲に彼女の腕を掴んだ。

「エリアスか。彼ももう終わりだ。アデライドに逃げられてからというもの、ベルンハルト家も火の車らしいぞ。あんな抜け殻に頼れると思うな」

「離して! お姉様! お姉様ぁ!」

 ソフィアは、今まで一度も呼んだことのない名前を、救世主として叫んだ。

 いつも馬鹿にしていた、地味で、暗くて、かわいげのない姉。
 でも、彼女がいたから、ドレスが着られた。

 彼女がいたから、美味しい食事ができた。
 彼女がいたから、自分は繊細で特別という夢を見ていられた。

 アデライドがいなくなった世界は、あまりにも冷たく、現実的すぎた。

「連れて行け。部屋に閉じ込めておく。明日、ガルトナー子爵が迎えに来る」

 父の指示で、使用人たちが無表情にソフィアを取り押さえる。

 彼らもまた、給金が払われない怒りを、この役立たずの令嬢に向けることで晴らそうとしていた。

「いやぁぁぁっ! 私はソフィアよ! 愛されるべきソフィアなのよぉぉッ!」

 廊下に引きずられていくソフィアの絶叫が、屋敷中にこだました。
 しかし、誰も助けには来ない。

 かつてアデライドが流さなかった涙の分まで、彼女はこれから一生分、泣き続けることになるだろう。

 ソフィアが連れ去られた後の応接室で、伯爵は深いため息をつき、ソファに沈み込んだ。

「……どうしてこうなった」

 彼は割れた花瓶の破片を見つめた。

 アデライド。
 黙って従う、便利な娘。

 彼女の冷たい目が、今になって思い出される。
 あれは服従の目ではなかった。

 軽蔑し、見限り、いつでも捨ててやると計算していた目だったのだ。

「お前は……、最初から、この結末を見ていたのか」

 伯爵の呟きに応える者はいない。
 あるのは、差し押さえの札が貼られた調度品と、静まり返った廃墟のような屋敷だけだった。

 家族の崩壊は、確実に完了していた。
 獲物を失った捕食者たちは、共食いを始めるか、あるいは餓死するか。

 そのどちらかしか残されていないのだから……。

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