「君の才能は僕の指導のおかげだ」幼馴染みを溺愛中の夫は、私の手柄を奪って有頂天です。~では、法廷の場で現実を見せて差しあげましょう~

水上

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第27話:判決

 法廷の空気は、もはやフェリクスへの冷ややかな嘲笑すら消え失せ、ただの哀れみと呆れに満ちていた。

 作業台の上に転がる、コサージュとも呼べない布と針金の残骸。

 それが、フェリクス・ハルステッドが誇示し続けた完璧な指導力と、アネット・クリフォードの天才的なデザインの真実だった。

「……もう結構だ」

 裁判長が重々しい声で告げた。

「被告の主張がいかに根拠に乏しいか、この実技証明によって明白になった。原告アリアンヌ・フォンテーヌの技術が、被告の指導によって生み出されたという主張は、完全に棄却する」

 フェリクスは作業台の前でへたり込み、両手で顔を覆っていた。
 彼の耳には、裁判長の言葉も、傍聴席からのヒソヒソ声も、もはや遠いノイズのようにしか聞こえていなかった。

 自分が信じて疑わなかった有能な指導者という自己像が、公衆の面前で木っ端微塵に粉砕されたのだ。
 彼を満たしていた肥大化した自尊心は、今や空虚な絶望へと変わっていた。

「さらに」

 裁判長は手元の資料に目を落とし、厳格な口調で続けた。

「原告が提出したダミーノートと、被告アネットが自らのデザインとして提出したスケッチブックの酷似。そして、品評会での失敗の経緯を鑑みるに、被告アネットのデザインは原告のノートを不当に剽窃したものであると認定する」

「ひぐっ……、うわぁぁん!」

 アネットはその場に泣き崩れた。

「私、悪くないのにぃ! ちょっと参考にしただけなのにぃ!」

 彼女の泣き声に、同情する者は一人もいなかった。
 他人の努力を無邪気に盗み、失敗すれば他人のせいにする。

 その浅ましい本性が白日の下に晒された今、彼女の同情を誘うという武器は完全に無効化されていた。

「静粛に」

 裁判長が木槌を打ち鳴らした。

「判決を言い渡す」

 法廷が水を打ったように静まり返り、アリアンヌは静かに立ち上がった。
 その背筋はピンと伸び、アメジストの瞳は真っ直ぐに裁判長を見据えている。

「第一に、ハルステッド工房の主力技術である立体保持コサージュおよび特殊媒染による染色布の特許権は、原告アリアンヌ・フォンテーヌ個人に完全に帰属することを確認した。被告フェリクス・ハルステッドは、今後一切、これらの技術を無断で使用することを禁ずる。第二に、原告が結婚時にハルステッド家に持ち込んだ持参金は、工房の運営費として流用された事実が認められるため、被告はこれを全額返還すること。第三に、被告の継続的な精神的抑圧および、原告の成果の不当な搾取を理由とし、原告の申し立て通り、両者の離縁を成立させる。さらに、これに伴う慰謝料として、被告は原告に対し金貨一万枚を支払うこと」

 ――完全勝訴。

 アリアンヌの主張が、一つ残らず認められた瞬間だった。
 傍聴席からは、彼女の正当な権利の回復を祝うような、小さなどよめきと拍手が起きた。

 一方、フェリクスはその場に突っ伏したまま、ピクリとも動かなかった。

 持参金の返還と慰謝料という莫大な借金を背負い、工房の心臓部である技術を失い、さらに王都中の貴族たちから、妻の成果を盗み、無能な愛弟子を溺愛した愚か者という烙印を押された。

 この瞬間に、彼の名声も財産も、完全に消滅したのだった。

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