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第12話:辺境への道中
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王都を出てから三日。
私たちの乗る馬車は、舗装された石畳の街道を抜け、次第に土埃の舞う未舗装路へと入っていきました。
「あだっ! ……ううぅ、お嬢様ぁ。お尻が、私のお尻が四つに割れそうですぅ」
大きく馬車が跳ねるたびに、向かいの席でロッテが悲鳴を上げています。
私は揺れに合わせて重心を移動させながら(構造力学を応用した姿勢制御です)、優雅に紅茶を啜りました。
もちろん、カップの中身は波ひとつ立っていません。
「我慢なさい、ロッテ。この振動は、私たちが文明圏を離れ、自然の驚異(未開発地帯)へと足を踏み入れた証拠です」
「自然の驚異っていうか、ただの悪路じゃないですかぁ。こんな道、馬車酔いしちゃいます」
「ええ。路盤材の締め固め不足ですね。雨水による洗掘も見られます。典型的なメンテナンス放棄道路ですわ」
私は揺れる車窓から、凸凹の道を冷徹に分析しました。
すると、御者台から手綱を引いていたマックス様が、申し訳なさそうに小窓から顔を覗かせました。
「すまない。北部は予算不足で、街道の整備まで手が回らないんだ。……もう少しの辛抱だ。あと半日もすれば、俺の領地に入る」
彼の表情には、少しの翳りがありました。
王都の華やかな貴族社会から、辺境の貧しい土地へ嫁ぐことになった公爵令嬢。
普通に考えれば、これ以上の都落ちはありません。
彼は私が失望することを恐れているのでしょう。
「ジュリアンナ嬢。……今のうちに言っておくが、北には本当に何もないぞ」
マックス様は、自嘲気味に告げました。
「王都のような煌びやかな夜会もなければ、最新のドレスを売る店もない。あるのは荒れ狂う吹雪と、ゴツゴツした岩山と、愛想のない武骨な男たちだけだ。君が想像している以上に、退屈で過酷な場所かもしれない」
その言葉に、ロッテが「ひいぃ」と怯えて、隠し持っていたビスケットを抱きしめました。
「岩と雪だけ!? そんなの、遭難しに行くようなものじゃないですか! お嬢様、私たち、とんでもないところに来ちゃったんじゃ……」
不安がる二人を見て、私はカップをソーサーに置きました。
カチャリ、と乾いた音が響きます。
「マックス様。そしてロッテ。……あなたたちは、大きな勘違いをしていますわ」
私は眼鏡のブリッジを中指で押し上げ、ニヤリと口角を上げました。
「何もない? それは建築家にとって、最高の言葉です」
「……は?」
マックス様が目を丸くします。
「考えてもご覧なさい。王都はどうでしたか? どこもかしこも、既存の建物だらけ。新しいものを建てようと思えば、まず古い建物を解体し、権利関係を整理し、近隣住民の苦情を処理し、さらに地下にはいつ埋設されたかも分からない古い配管が走っている……。まさに負の遺産の山でした」
私は王都の方角を指差しました。
「リノベーション(改修)には限界があります。基礎が腐っていれば、上をどれだけ飾り立てても無駄。今回のレイモンド殿下の件で、それは証明されましたわね?」
「あ、ああ……。確かに」
「しかし! 辺境はどうでしょう!」
私は身を乗り出し、北の空を指差しました。
声のボリュームが自然と上がります。
「何もないということは、解体費用がゼロだということです! 近隣トラブルもゼロ! 地下埋設物の心配もゼロ! つまり、真っ白なキャンバスなのです!」
私の瞳は、興奮でギラギラと輝いているはずです。
「都市計画を引く際、既存の道路に縛られることなく、最適な動線を一から設計できる。排水勾配も自由自在。地盤さえ良ければ、摩天楼だって建て放題! ……これほど贅沢な環境が他にあって?」
マックス様はポカンと口を開けて私を見つめていました。
きっと、恐怖しているのでしょう。
私のあまりのポジティブさに。
「つまり……、君は、失望していないのか?」
「失望? とんでもない! 武者震いが止まりませんわ。……ああ、そうだ。マックス様、領地の地質図はお持ちで?」
「え? あ、ああ。軍事用の簡易なものなら……」
彼が懐から取り出した羊皮紙の地図を、私はひったくるように受け取りました。
広げた瞬間、私の口から歓喜の吐息が漏れます。
「素晴らしい……! 見て、ロッテ! この等高線!」
「わぁ、ミミズがいっぱいです」
「違います。ここは石灰岩の層! そしてこっちは火山灰土! セメントの材料が現地調達し放題ですわ! それに、この記号……、川沿いに粘土層がありますね。煉瓦も焼き放題!」
私は地図を指でなぞりながら、脳内で高速シミュレーションを開始しました。
ここに窯を作って、あそこに採石場を開いて、川の水流を利用して水車を回せば……。
「マックス様、前言撤回をお願いします。『何もない』なんて嘘ですわ。まさに宝の山。ここにはすべての材料が埋まっています」
マックス様は、しばらく呆然としていましたが、やがて「ふっ」と吹き出し、肩を震わせて笑い出しました。
「くくっ……、ははは! そうか、そうだったのか。岩だらけの荒地を宝の山と言ったのは、君が初めてだ」
彼の笑い声は、北の風のように豪快で、けれど温かいものでした。
「安心したよ。君なら、俺の領地を……、いや、俺の想像もつかない何かを作り上げてくれるかもしれない」
「お任せください。基礎から叩き直して差し上げますわ」
私は地図を丁寧に畳み、胸に抱きました。
「ロッテ、覚悟なさい。着いたら忙しくなりますよ。まずは測量、そしてボーリング調査です」
「ぼーりんぐ? よくわかりませんけど、お嬢様が楽しそうなら良かったです! ……でも、お尻が痛いのは治らないので、早くフカフカのベッドで寝たいですぅ」
「ええ。まずはこの悪路をどうにかしましょう。……私の新しい領地に続く道が、こんなにガタガタでは格好がつきませんもの」
馬車は峠を越えました。
眼下に広がるのは、灰色の荒野と、その先に聳える黒い城。
一般の令嬢が見れば卒倒しそうな景色ですが、私には無限の可能性を秘めた更地にしか見えません。
さあ、着工の時間です。
私たちの乗る馬車は、舗装された石畳の街道を抜け、次第に土埃の舞う未舗装路へと入っていきました。
「あだっ! ……ううぅ、お嬢様ぁ。お尻が、私のお尻が四つに割れそうですぅ」
大きく馬車が跳ねるたびに、向かいの席でロッテが悲鳴を上げています。
私は揺れに合わせて重心を移動させながら(構造力学を応用した姿勢制御です)、優雅に紅茶を啜りました。
もちろん、カップの中身は波ひとつ立っていません。
「我慢なさい、ロッテ。この振動は、私たちが文明圏を離れ、自然の驚異(未開発地帯)へと足を踏み入れた証拠です」
「自然の驚異っていうか、ただの悪路じゃないですかぁ。こんな道、馬車酔いしちゃいます」
「ええ。路盤材の締め固め不足ですね。雨水による洗掘も見られます。典型的なメンテナンス放棄道路ですわ」
私は揺れる車窓から、凸凹の道を冷徹に分析しました。
すると、御者台から手綱を引いていたマックス様が、申し訳なさそうに小窓から顔を覗かせました。
「すまない。北部は予算不足で、街道の整備まで手が回らないんだ。……もう少しの辛抱だ。あと半日もすれば、俺の領地に入る」
彼の表情には、少しの翳りがありました。
王都の華やかな貴族社会から、辺境の貧しい土地へ嫁ぐことになった公爵令嬢。
普通に考えれば、これ以上の都落ちはありません。
彼は私が失望することを恐れているのでしょう。
「ジュリアンナ嬢。……今のうちに言っておくが、北には本当に何もないぞ」
マックス様は、自嘲気味に告げました。
「王都のような煌びやかな夜会もなければ、最新のドレスを売る店もない。あるのは荒れ狂う吹雪と、ゴツゴツした岩山と、愛想のない武骨な男たちだけだ。君が想像している以上に、退屈で過酷な場所かもしれない」
その言葉に、ロッテが「ひいぃ」と怯えて、隠し持っていたビスケットを抱きしめました。
「岩と雪だけ!? そんなの、遭難しに行くようなものじゃないですか! お嬢様、私たち、とんでもないところに来ちゃったんじゃ……」
不安がる二人を見て、私はカップをソーサーに置きました。
カチャリ、と乾いた音が響きます。
「マックス様。そしてロッテ。……あなたたちは、大きな勘違いをしていますわ」
私は眼鏡のブリッジを中指で押し上げ、ニヤリと口角を上げました。
「何もない? それは建築家にとって、最高の言葉です」
「……は?」
マックス様が目を丸くします。
「考えてもご覧なさい。王都はどうでしたか? どこもかしこも、既存の建物だらけ。新しいものを建てようと思えば、まず古い建物を解体し、権利関係を整理し、近隣住民の苦情を処理し、さらに地下にはいつ埋設されたかも分からない古い配管が走っている……。まさに負の遺産の山でした」
私は王都の方角を指差しました。
「リノベーション(改修)には限界があります。基礎が腐っていれば、上をどれだけ飾り立てても無駄。今回のレイモンド殿下の件で、それは証明されましたわね?」
「あ、ああ……。確かに」
「しかし! 辺境はどうでしょう!」
私は身を乗り出し、北の空を指差しました。
声のボリュームが自然と上がります。
「何もないということは、解体費用がゼロだということです! 近隣トラブルもゼロ! 地下埋設物の心配もゼロ! つまり、真っ白なキャンバスなのです!」
私の瞳は、興奮でギラギラと輝いているはずです。
「都市計画を引く際、既存の道路に縛られることなく、最適な動線を一から設計できる。排水勾配も自由自在。地盤さえ良ければ、摩天楼だって建て放題! ……これほど贅沢な環境が他にあって?」
マックス様はポカンと口を開けて私を見つめていました。
きっと、恐怖しているのでしょう。
私のあまりのポジティブさに。
「つまり……、君は、失望していないのか?」
「失望? とんでもない! 武者震いが止まりませんわ。……ああ、そうだ。マックス様、領地の地質図はお持ちで?」
「え? あ、ああ。軍事用の簡易なものなら……」
彼が懐から取り出した羊皮紙の地図を、私はひったくるように受け取りました。
広げた瞬間、私の口から歓喜の吐息が漏れます。
「素晴らしい……! 見て、ロッテ! この等高線!」
「わぁ、ミミズがいっぱいです」
「違います。ここは石灰岩の層! そしてこっちは火山灰土! セメントの材料が現地調達し放題ですわ! それに、この記号……、川沿いに粘土層がありますね。煉瓦も焼き放題!」
私は地図を指でなぞりながら、脳内で高速シミュレーションを開始しました。
ここに窯を作って、あそこに採石場を開いて、川の水流を利用して水車を回せば……。
「マックス様、前言撤回をお願いします。『何もない』なんて嘘ですわ。まさに宝の山。ここにはすべての材料が埋まっています」
マックス様は、しばらく呆然としていましたが、やがて「ふっ」と吹き出し、肩を震わせて笑い出しました。
「くくっ……、ははは! そうか、そうだったのか。岩だらけの荒地を宝の山と言ったのは、君が初めてだ」
彼の笑い声は、北の風のように豪快で、けれど温かいものでした。
「安心したよ。君なら、俺の領地を……、いや、俺の想像もつかない何かを作り上げてくれるかもしれない」
「お任せください。基礎から叩き直して差し上げますわ」
私は地図を丁寧に畳み、胸に抱きました。
「ロッテ、覚悟なさい。着いたら忙しくなりますよ。まずは測量、そしてボーリング調査です」
「ぼーりんぐ? よくわかりませんけど、お嬢様が楽しそうなら良かったです! ……でも、お尻が痛いのは治らないので、早くフカフカのベッドで寝たいですぅ」
「ええ。まずはこの悪路をどうにかしましょう。……私の新しい領地に続く道が、こんなにガタガタでは格好がつきませんもの」
馬車は峠を越えました。
眼下に広がるのは、灰色の荒野と、その先に聳える黒い城。
一般の令嬢が見れば卒倒しそうな景色ですが、私には無限の可能性を秘めた更地にしか見えません。
さあ、着工の時間です。
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追記2:ひとまず完結しました!
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