殿下、その婚約破棄の宣言が、すべての崩壊の始まりだと気付いていますか?

水上

文字の大きさ
14 / 100

第14話:ローマン・コンクリート

しおりを挟む
「マックス様、その白い岩を砕いてください! できるだけ細かく、粉々にお願いします!」

「お、おう。岩を砕くのなら任せてくれ」

 辺境伯マクシミリアン・フォン・アイゼンという男は、見かけによらず(あるいは見かけ通りに)素直で力持ちでした。
 彼が大剣の腹で白い岩――石灰岩を叩くと、まるでクッキーのように簡単に砕け散ります。

「ロッテ、あなたはその辺の枯れ木を集めて! マックス様、砕いた岩をその焚き火の中に放り込んでください! ガンガン燃やしますよ!」

「はいっ! キャンプファイヤーですね!」

 日が傾き始めた荒野で、奇妙な料理教室が始まりました。
 主菜は石灰岩。
 燃料は枯れ木。

「ジュリアンナ嬢、岩を焼いてどうするんだ? 焼き石にして暖を取るのか?」

「いいえ。石灰岩(炭酸カルシウム)は、高温で焼くと二酸化炭素が抜けて生石灰(酸化カルシウム)に変化します。これがセメントの主原料になりますの」

 私は炎の中で赤熱する石を見つめながら解説しました。

 普通の焚き火では温度が足りませんが、マックス様が身体強化の魔法を使ってふいごのように風を送ってくれたおかげで、十分な熱量が確保できました。

 数時間後。
 焼き上がった白い石を、水を張った鉄のバケツに入れます。

「ひゃあっ! お嬢様、爆発しました! 石が怒ってます!」

「いいえ、ロッテ。これは消化反応です。生石灰が水を吸って、発熱しながら消石灰に変わっているのです。……さあ、ここからが本番ですよ」

 私はバケツの中で煮え立つ白いドロドロの液体(石灰乳)を指差しました。

「これに、あの厄介者の灰を混ぜます」

「あの火山灰か?」

「ええ。火山灰に含まれるシリカやアルミナが、石灰と化学反応(ポゾラン反応)を起こすことで、水の中でも固まる最強の結合材が生まれるのです」

 私たちは、消石灰の泥に、灰色の火山灰、そして川原で拾った砂利を適当な比率で混ぜ合わせました。
 出来上がったのは、見た目はただの灰色の汚い泥です。

「……本当に、これが石になるのか?」

 マックス様が半信半疑で、スコップに乗った灰色の塊を見つめています。

「なります。古代の帝国は、この技術で二千年も崩れない街道や水道橋を作りました。名付けてローマン・コンクリート。王都で使われているモルタルなんかより、よほど耐久性に優れていますわ」

 私は指示を出しました。
 馬車の車輪が埋まっている泥沼の周囲に、この特製コンクリートを流し込みます。
 さらに、前方の脱出ルートにも、飛び石のようにコンクリートを敷き詰めました。

「あとは待つだけです。化学反応には時間が必要ですもの」

 その夜、私たちは馬車の中で野営をしました。
 外は冷たい風が吹いていましたが、私の胸は高揚感で熱いままでした。
 ロッテは遊び疲れて眠り、マックス様は外で見張りをしています。

「……眠れないのか?」

 窓の外から、マックス様が声をかけてきました。

「ええ。私の計算通りに固まるか、楽しみで」

「君は……、本当に変わっているな。ドレスが泥だらけになるのも厭わず、石を焼いて笑っているなんて」

 焚き火の明かりに照らされた彼の横顔は、王都の貴公子たちのような洗練された美しさはありませんが、彫像のような陰影と頼もしさがありました。

「ドレスは洗えば綺麗になりますが、沈んだ馬車は祈っても浮かんできませんから。……私は、自分の手でを作るのが好きなのです」

「道、か……」

 マックス様は、闇に沈む荒野を見渡しました。

「この領地には、道がない。金もない。人もいない。……君のような才女を連れてくるには、あまりに過酷な場所だと思っていた」

「過去形ですわね?」

「ああ。君が泥をこねている姿を見て、考えが変わった。君がいれば、ここにも道ができるかもしれないと」

 彼の不器用な言葉に、胸の奥が少しだけ温かくなりました。
 石灰の化学反応熱のせいだけではないようです。

「ご期待くださいませ。私は頑丈なものが大好きですから」

 翌朝。

「お、お嬢様! 起きてください! 大変です!」

 ロッテの叫び声で目を覚ました私は、飛び起きるなり馬車の外へ出ました。
 そこには、驚くべき光景――いえ、計算通りの光景が広がっていました。

 昨日までドロドロだった馬車のタイヤ周りが、カチカチに固まった灰色の岩盤に変わっていたのです。

「うそだろ……。剣で叩いても傷がつかないぞ」

 マックス様が、コンクリートの表面をブーツで踏みしめ、剣の柄でコンコンと叩いています。

「これが、ローマン・コンクリート……!」

「成功ですわ! これなら車輪がグリップします!」

 私はガッツポーズをしました。

「さあ、マックス様! 馬をお願いします!」

「おう! しっかり掴まっていろ!」

 マックス様が御者台に飛び乗り、手綱を振るいます。
 馬がいななき、車輪が回転しました。
 昨日は空しく空転していた車輪が、ガッチリと灰色の地面を噛みます。

 硬質な音と共に、馬車が力強く前進しました。
 泥沼から脱出し、私たちが作った即席の舗装路の上を、滑るように走っていきます。

「抜けた! 抜けたぞー!」

「やりましたぁ! お嬢様、魔法使いです!」

 ロッテが拍手喝采し、マックス様も振り返って親指を立てました。

「すごいぞジュリアンナ! これがあれば、領地の泥道はすべて街道に変えられる!」

「ええ、もちろん! 材料はそこに山ほどありますから!」

 私は遠ざかる白い崖と、灰色の丘を指差しました。
 ただの岩山と、ただの灰。
 けれどそれは、これから始まる辺境開拓の、何より強固な礎となるべき宝の山でした。

「見えましたわ……! 私、あそこにセメント工場を建てます。そしてこの国一番の物流網を作ってみせます!」

 私の宣言に、マックス様がニヤリと笑いました。

「頼もしいな。……俺の領地へようこそ、最高の設計士殿」

 馬車は速度を上げ、朝日に輝く荒野を駆け抜けていきます。
 王都の軟弱な地盤とは違う、硬くて確かな大地の手応えを感じながら……。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

『婚約破棄された令嬢ですが、名も残さず街を支えています』

ふわふわ
恋愛
婚約破棄された伯爵令嬢コルネリア・フォン・ヴァルデン。 名誉も立場も失いかけた彼女が選んだのは、誰かに勝つことでも、名を取り戻すことでもなかった。 前に立たず、声高に語らず、ただ「判断が続く仕組み」を街に残すこと。 現場に任せ、失敗を隠さず、問いを残し、そして最後には自ら手を離す――。 名を呼ばれず、称賛もされない。 それでも街は止まらず、確かに良くなっていく。 これは、ざまぁの先で「勝たなかった令嬢」が、 静かに世界を変え、そして正しく消えていく物語。

【完結】この運命を受け入れましょうか

なか
恋愛
「君のようは妃は必要ない。ここで廃妃を宣言する」  自らの夫であるルーク陛下の言葉。  それに対して、ヴィオラ・カトレアは余裕に満ちた微笑みで答える。   「承知しました。受け入れましょう」  ヴィオラにはもう、ルークへの愛など残ってすらいない。  彼女が王妃として支えてきた献身の中で、平民生まれのリアという女性に入れ込んだルーク。  みっともなく、情けない彼に対して恋情など抱く事すら不快だ。  だが聖女の素養を持つリアを、ルークは寵愛する。  そして貴族達も、莫大な益を生み出す聖女を妃に仕立てるため……ヴィオラへと無実の罪を被せた。  あっけなく信じるルークに呆れつつも、ヴィオラに不安はなかった。  これからの顛末も、打開策も全て知っているからだ。  前世の記憶を持ち、ここが物語の世界だと知るヴィオラは……悲運な運命を受け入れて彼らに意趣返す。  ふりかかる不幸を全て覆して、幸せな人生を歩むため。     ◇◇◇◇◇  設定は甘め。  不安のない、さっくり読める物語を目指してます。  良ければ読んでくだされば、嬉しいです。

【完結】ジュリアはバツイチ人生を謳歌する

ariya
恋愛
エレン王国の名門貴族・アグリア伯爵家に嫁いだジュリア・アグリア(旧姓ベルティー)。 夫のアベル・アグリア伯爵は、騎士として王妃の護衛任務に没頭し、結婚翌日からほぼ別居状態。 社交界のパーティーでは妻のエスコートを代理人に任せ、父の葬儀にも顔を出さず、事務的な会話と手紙のやり取りだけの日々が続く。 ジュリアは8年間の冷遇に耐え抜いたが、ある朝の食事中、静かに切り出す。 「私たち、離婚しましょう」 アベルは絶句するが、ジュリアは淡々と不満を告げる。 どれも自分のしでかしたことにアベルは頭を抱える。 彼女はすでに離婚届と慰謝料の用意を済ませ、夫の仕事に理解を示さなかった「有責妻」として後腐れなく別れるつもりだった。 アベルは内心で反発しつつも、ジュリアの決意の固さに渋々サイン。 こうしてジュリア・アグリアは、伯爵夫人としての全てを置き去りにし、バツイチ人生を開始する。

婚約破棄は了承済みですので、慰謝料だけ置いていってください

鍛高譚
恋愛
公爵令嬢アナスタシア・オルステッドは、第三王子アレンの婚約者だった。 しかし、アレンは没落貴族の令嬢カリーナと密かに関係を持っていたことが発覚し、彼女を愛していると宣言。アナスタシアとの婚約破棄を告げるが── 「わかりました。でも、それには及びません。すでに婚約は破棄されております」 なんとアナスタシアは、事前に国王へ婚約破棄を申し出ており、すでに了承されていたのだ。 さらに、慰謝料もしっかりと請求済み。 「どうぞご自由に、カリーナ様とご婚約なさってください。でも、慰謝料のお支払いはお忘れなく」 驚愕するアレンを後にし、悠々と去るアナスタシア。 ところが数カ月後、生活に困窮したアレンが、再び彼女のもとへ婚約のやり直しを申し出る。 「呆れたお方ですね。そんな都合のいい話、お受けするわけがないでしょう?」 かつての婚約者の末路に興味もなく、アナスタシアは公爵家の跡取りとして堂々と日々を過ごす。 しかし、王国には彼女を取り巻く新たな陰謀の影が忍び寄っていた。 暗躍する謎の勢力、消える手紙、そして不審な襲撃──。 そんな中、王国軍の若きエリート将校ガブリエルと出会い、アナスタシアは自らの運命に立ち向かう決意を固める。 「私はもう、誰かに振り回されるつもりはありません。この王国の未来も、私自身の未来も、私の手で切り拓きます」 婚約破棄を経て、さらに強く、賢くなった公爵令嬢の痛快ざまぁストーリー! 自らの誇りを貫き、王国を揺るがす陰謀を暴く彼女の華麗なる活躍をお楽しみください。

あなたが恋をしなければ

あんど もあ
ファンタジー
王立学園の卒業パーティーで婚約破棄を宣言する第一王子。 よくあるシーンだけど、それが馬鹿王子ではなく、優秀だけど人の機微に疎い王子だったら……。

断罪の準備は完璧です!国外追放が楽しみすぎてボロが出る

黒猫かの
恋愛
「ミモリ・フォン・ラングレイ! 貴様との婚約を破棄し、国外追放に処す!」 パルマ王国の卒業パーティー。第一王子アリオスから突きつけられた非情な断罪に、公爵令嬢ミモリは……内心でガッツポーズを決めていた。 (ついにきたわ! これで堅苦しい王妃教育も、無能な婚約者の世話も、全部おさらばですわ!)

【完結】私を捨てた皆様、どうぞその選択を後悔なさってください 〜婚約破棄された令嬢の、遅すぎる謝罪はお断りです〜

くろねこ
恋愛
王太子の婚約者として尽くしてきた公爵令嬢エリシアは、ある日突然、身に覚えのない罪で断罪され婚約破棄を言い渡される。 味方だと思っていた家族も友人も、誰一人として彼女を庇わなかった。 ――けれど、彼らは知らなかった。 彼女こそが国を支えていた“本当の功労者”だったことを。 すべてを失ったはずの令嬢が選んだのは、 復讐ではなく「関わらない」という選択。 だがその選択こそが、彼らにとって最も残酷な“ざまぁ”の始まりだった。

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

処理中です...