殿下、婚約破棄は承りましたので、戻ってと懇願されても知りませんよ?~白い結婚の契約内容に溺愛は含まれていなかったと思うのですが~

水上

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第2話:シナリオ通りではない発表

 論理的根拠のない感情論は、潤滑油のないギアのようなものだ。
 噛み合わず、ただ互いを傷つけ合い、不快なノイズを生むだけ。

 これ以上、ここで時間を浪費するのは損失でしかない。

「分かりました。殿下がそこまで仰るのなら、謹んで婚約破棄をお受けいたします」

 セレフィーナが優雅にカーテシーを行うと、周囲からは「やはり認めたのか」「冷たい女だ」という囁きが漏れた。

 ルーカスは勝利の笑みを浮かべ、さらに声を張り上げる。

「それだけではないぞ! フェリシアの功績を見ろ! 彼女は、我が国の産業革命を支える『新型潤滑剤』を発見したのだ!」

 ピクリ、と。
 セレフィーナの眉が、初めて微かに動いた。

「新型潤滑剤、でございますか?」

 ルーカスが得意げに合図を送ると、従者が恭しく小瓶を運んできた。
 フェリシアがそれを手に取り、観衆に向かって掲げる。

「は、はい……! 私が、皆様のお役に立ちたくて、一生懸命研究して見つけたんですぅ。これを使えば、機械がもっとスムーズに動くようになって……」

 周囲から「おおっ」「なんて賢いんだ」「才色兼備とはこのことか」と称賛の声が上がる。

 セレフィーナの藤色の瞳が、その小瓶の中身を射抜くように見つめた。

 淡い琥珀色の液体。
 ……間違いない。

 あれは、セレフィーナが先月、王立研究所の保管庫に置いていた、試作品No.4だ。

 植物油に特殊な添加剤を加え、耐酸化性を向上させる実験を行っていたもので、まだ実用段階ではない。

 セレフィーナのいじめをでっち上げるだけなら、まだ許容範囲内だった。

 だが、研究成果の盗用。
 それだけは、研究者として、技術屋として、看過できない。

 セレフィーナは一歩、前に進み出た。
 ヒールが床を叩く音が、静まり返った広間に鋭く響く。

「フェリシア様。素晴らしい発見ですわね」

「えっ……、あ、ありがとうございます……」

 突然の称賛に、フェリシアが戸惑いの表情を浮かべる。
 セレフィーナは表情一つ変えず、淡々と、しかし矢のように鋭い問いを放った。

「では、教えていただけますか? その潤滑剤の、摩擦係数が最小になる臨界温度は何度ですか?」

「え……?」

 フェリシアの笑顔が凍りついた。
 会場の空気が一変する。

 セレフィーナは畳み掛ける。

「その色は植物油ベースに見受けられますが、その配合であれば、ある一定の温度を超えると油膜が破断し、金属接触が起こるはずです。私が……、いいえ、貴女が実験を行った際、何度で焼き付きが発生しましたか? 60度ですか? それとも80度?」

「え、えっと……、それは……、その……」

 フェリシアの視線が泳ぐ。
 額に脂汗が滲み始めた。

 彼女は助けを求めるようにルーカスを見るが、ルーカスも口をぽかんと開けているだけだ。

 彼らのシナリオは、完全に崩れ去った。

 しかし、セレフィーナはまだ、反撃の手を緩めるつもりはなかった。

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