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第11話:水の恵み
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グラナート辺境伯領にある小さな村。
セレフィーナは、腕組みをして村の中央にある井戸を凝視していた。
「……非効率的です」
彼女の視線の先では、村の女性たちが二人がかりで井戸のポンプのハンドルを押し下げていた。
錆びついた金属が擦れ合う不快な音と共に、チョロチョロとわずかな水が出るだけ。
女性たちは汗だくで、腰をさすりながら苦痛に顔を歪めている。
「あれでは、仕事量に対して得られる出力が少なすぎます。それに、あの動作姿勢は腰椎への圧縮荷重が過大です。早急に改善が必要ですね」
隣に立つグレイグが、少し眉を上げた。
「あの古井戸か。もう何十年も使っているからな。老朽化で仕方ないと思っていたが……、直せるのか?」
「直せます。むしろ、直さないという選択肢は私の辞書にはありません」
セレフィーナは動きやすいドレスの裾をたくし上げ、工具箱を手に前進した。
「奥様、そんな汚い場所に近づいてはいけません!」
「汚れているのは機械の表面だけです」
セレフィーナはハンドルを握り、その重さを確認した。
ピストンとシリンダー内壁の隙間が不均一で、かつパッキンの革が乾燥して硬化している。
これでは水を汲んでいるのか、摩擦熱を生み出しているのか分からない。
「旦那様、馬車から例の油とサンドペーパー、それに予備のベアリングを持ってきていただけますか?」
「ああ、分かった。……お前が嬉々として工具を持つと、俺まで楽しくなってくるな」
グレイグは苦笑しつつも、手際よく資材を運んできた。
セレフィーナの作業は迅速かつ的確だった。
ポンプを分解し、シリンダー内壁の錆を研磨して表面粗さを低減。
乾燥した革パッキンに、植物油ベースの特製潤滑剤(菜種油に蜜蝋をブレンドして粘度調整したもの)を十分に浸透させる。
ハンドルの支点部分に、持ち込んでいた簡易ベアリングを組み込む。
「これで……、完了です」
作業時間はわずか30分。
セレフィーナは、村の女性の一人に声をかけた。
「どうぞ、動かしてみてください」
「え、ええ……。でも、重いから二人じゃないと……」
おっかなびっくりハンドルに手をかける女性。
力を込めようとした、その瞬間。
「えっ!?」
ハンドルは、まるで空気でも掴んだかのように軽々と押し下がった。
次の瞬間、吐出口から勢いよく清水が溢れ出した。
「う、嘘!? こんなに軽く……!?」
「きゃあ、すごい! 一回押しただけで桶がいっぱいになったわ!」
村人たちが歓声を上げる。
「すごい……! 今までは水汲みだけで毎日腰が痛くて、夕飯の支度も辛かったのに……、これなら簡単に動かせるわ!」
「ありがとうございます、領主様、奥様!」
感謝の言葉と共に、老婆たちが拝んでくる。
セレフィーナは少し照れくさそうに視線を逸らし、淡々と解説した。
「摩擦損失を低減し、運動エネルギーを効率よく水の位置エネルギーに変換しただけのことです。物理法則に従った結果に過ぎません」
「……素直に『どういたしまして』と言えばいいものを」
グレイグが呆れたように笑い、大きな手でセレフィーナの頭をポンと撫でた。
「だが、よくやった。お前の知識が、民の生活を救ったんだ」
「……救ったなどと大げさな。ただ、私はスムーズに動くべきものが動かないのが気持ち悪かっただけで……」
彼女の知識が、誰かの痛みを取り除き、感謝される。
王都では笑われたその能力が、ここでは称賛されていた。
言い訳をするセレフィーナの頬は、夕焼けのせいだけではなく、少し赤らんでいた。
一方その頃、王都の王宮では――。
物理法則が、残酷な牙を剥こうとしていた。
セレフィーナは、腕組みをして村の中央にある井戸を凝視していた。
「……非効率的です」
彼女の視線の先では、村の女性たちが二人がかりで井戸のポンプのハンドルを押し下げていた。
錆びついた金属が擦れ合う不快な音と共に、チョロチョロとわずかな水が出るだけ。
女性たちは汗だくで、腰をさすりながら苦痛に顔を歪めている。
「あれでは、仕事量に対して得られる出力が少なすぎます。それに、あの動作姿勢は腰椎への圧縮荷重が過大です。早急に改善が必要ですね」
隣に立つグレイグが、少し眉を上げた。
「あの古井戸か。もう何十年も使っているからな。老朽化で仕方ないと思っていたが……、直せるのか?」
「直せます。むしろ、直さないという選択肢は私の辞書にはありません」
セレフィーナは動きやすいドレスの裾をたくし上げ、工具箱を手に前進した。
「奥様、そんな汚い場所に近づいてはいけません!」
「汚れているのは機械の表面だけです」
セレフィーナはハンドルを握り、その重さを確認した。
ピストンとシリンダー内壁の隙間が不均一で、かつパッキンの革が乾燥して硬化している。
これでは水を汲んでいるのか、摩擦熱を生み出しているのか分からない。
「旦那様、馬車から例の油とサンドペーパー、それに予備のベアリングを持ってきていただけますか?」
「ああ、分かった。……お前が嬉々として工具を持つと、俺まで楽しくなってくるな」
グレイグは苦笑しつつも、手際よく資材を運んできた。
セレフィーナの作業は迅速かつ的確だった。
ポンプを分解し、シリンダー内壁の錆を研磨して表面粗さを低減。
乾燥した革パッキンに、植物油ベースの特製潤滑剤(菜種油に蜜蝋をブレンドして粘度調整したもの)を十分に浸透させる。
ハンドルの支点部分に、持ち込んでいた簡易ベアリングを組み込む。
「これで……、完了です」
作業時間はわずか30分。
セレフィーナは、村の女性の一人に声をかけた。
「どうぞ、動かしてみてください」
「え、ええ……。でも、重いから二人じゃないと……」
おっかなびっくりハンドルに手をかける女性。
力を込めようとした、その瞬間。
「えっ!?」
ハンドルは、まるで空気でも掴んだかのように軽々と押し下がった。
次の瞬間、吐出口から勢いよく清水が溢れ出した。
「う、嘘!? こんなに軽く……!?」
「きゃあ、すごい! 一回押しただけで桶がいっぱいになったわ!」
村人たちが歓声を上げる。
「すごい……! 今までは水汲みだけで毎日腰が痛くて、夕飯の支度も辛かったのに……、これなら簡単に動かせるわ!」
「ありがとうございます、領主様、奥様!」
感謝の言葉と共に、老婆たちが拝んでくる。
セレフィーナは少し照れくさそうに視線を逸らし、淡々と解説した。
「摩擦損失を低減し、運動エネルギーを効率よく水の位置エネルギーに変換しただけのことです。物理法則に従った結果に過ぎません」
「……素直に『どういたしまして』と言えばいいものを」
グレイグが呆れたように笑い、大きな手でセレフィーナの頭をポンと撫でた。
「だが、よくやった。お前の知識が、民の生活を救ったんだ」
「……救ったなどと大げさな。ただ、私はスムーズに動くべきものが動かないのが気持ち悪かっただけで……」
彼女の知識が、誰かの痛みを取り除き、感謝される。
王都では笑われたその能力が、ここでは称賛されていた。
言い訳をするセレフィーナの頬は、夕焼けのせいだけではなく、少し赤らんでいた。
一方その頃、王都の王宮では――。
物理法則が、残酷な牙を剥こうとしていた。
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