18 / 37
第18話:工場の炎上
「火事だァァァァッ!!」
「逃げろ! 工場が燃えるぞ!!」
王国の経済を支える心臓部、王立第一紡績工場。
その巨大な建屋が、紅蓮の炎に包まれていた。
「ど、どうしてこんなことに……!」
現場に駆けつけた王太子ルーカスは、燃え盛る工場を前に呆然と立ち尽くしていた。
熱波が肌を焦がし、煤が煌びやかな服を汚していく。
その隣で、フェリシアが「きゃあ、熱い!」と悲鳴を上げてしがみついた。
「ルーカス様、何とかしてよぉ! 私の新しいドレスを作るための生地が、燃えちゃうじゃない!」
「ドレスどころの話ではない! ここは輸出用織物の主力工場だぞ!? これが燃えたら国の財政が……!」
ルーカスは顔面蒼白で工場長を怒鳴りつけた。
「おい! なぜ火が出た! 放火か!?」
「ち、違います殿下……! 自然発火です……。いえ、必然と言うべきか……」
工場長は煤だらけの顔で、絶望に満ちた目でフェリシアを睨んだ。
「高速織機のメインシャフトが焼き付きを起こしたのです!」
「焼き付きだと?」
「はい。あの機械は高速回転するため、特殊な耐熱グリスによる冷却と潤滑が不可欠でした。セレフィーナ様がいらした頃は、厳密な管理スケジュールが組まれていたのですが……」
工場長の言葉に、ルーカスはハッとした。
「まさか……」
「フェリシア様が、『油臭いから』とメンテナンスを中止させたのです!」
「なっ!?」
ルーカスが驚愕してフェリシアを見る。
彼女は悪びれもせず、口を尖らせた。
「だってぇ! 工場に入ると服に油の匂いがつくんですもの! それに、あんなネバネバした油、汚いじゃない。だから、もっとサラサラしたお水で冷やせばいいじゃないって……」
「お、お水……!?」
工場長が悲鳴のような声を上げた。
「高温の軸受に水をかければ、水蒸気爆発を起こして油膜が飛びます! 結果、金属同士が直接触れ合い、猛烈な摩擦熱が発生……。シャフトは赤熱し、溶着して固着。その熱が周囲に舞う綿埃に引火して……、この惨状です!」
繊維工場は、空気中に可燃性の繊維くずが舞う、火気厳禁の場所だ。
そこで数百度の摩擦熱が発生すれば、それは着火剤を投げ込んだも同然だった。
「だ、だって私は良かれと思ってぇ……!」
「黙れ!!」
ルーカスが初めて、フェリシアに向かって怒鳴った。
「お前の良かれで、国の基幹産業が灰になったんだぞ!!」
崩れ落ちる工場の屋根。
高価な最新鋭の機械たちが、赤黒い炎の中で飴細工のように捻じ曲がっていく。
それは単なる火災ではなかった。
技術と管理を軽視し、見た目の華やかさと感情論だけを優先してきた王国への、冷酷な断罪だった。
「ああ……、終わった……」
ルーカスは膝から崩れ落ちた。
この工場の生産停止による損失は計り知れない。
輸出はストップし、違約金が発生し、失業した労働者たちが街に溢れるだろう。
そのすべてが、たかが油と侮った結果だった。
「セレフィーナ……、君なら、こんなことは……」
炎の赤さが、かつて見たセレフィーナの冷静な瞳の色を思い出させる。
彼女なら、温度上昇の兆候をデータで見抜き、ボヤ騒ぎになる前に静かに対処していただろう。
誰に気づかれることも、感謝されることもなく。
(私たちは、とんでもないものを失ったのかもしれない)
燃え落ちる工場の熱気の中で、ルーカスはようやくその事実に気づき始めていた。
だが、一度灰になったものは、もう二度と元には戻らない。
辺境では、感謝のタペストリーが飾られ、笑顔が溢れているというのに。
王都では、焦げ臭い風だけが、空虚に吹き抜けていった。
「逃げろ! 工場が燃えるぞ!!」
王国の経済を支える心臓部、王立第一紡績工場。
その巨大な建屋が、紅蓮の炎に包まれていた。
「ど、どうしてこんなことに……!」
現場に駆けつけた王太子ルーカスは、燃え盛る工場を前に呆然と立ち尽くしていた。
熱波が肌を焦がし、煤が煌びやかな服を汚していく。
その隣で、フェリシアが「きゃあ、熱い!」と悲鳴を上げてしがみついた。
「ルーカス様、何とかしてよぉ! 私の新しいドレスを作るための生地が、燃えちゃうじゃない!」
「ドレスどころの話ではない! ここは輸出用織物の主力工場だぞ!? これが燃えたら国の財政が……!」
ルーカスは顔面蒼白で工場長を怒鳴りつけた。
「おい! なぜ火が出た! 放火か!?」
「ち、違います殿下……! 自然発火です……。いえ、必然と言うべきか……」
工場長は煤だらけの顔で、絶望に満ちた目でフェリシアを睨んだ。
「高速織機のメインシャフトが焼き付きを起こしたのです!」
「焼き付きだと?」
「はい。あの機械は高速回転するため、特殊な耐熱グリスによる冷却と潤滑が不可欠でした。セレフィーナ様がいらした頃は、厳密な管理スケジュールが組まれていたのですが……」
工場長の言葉に、ルーカスはハッとした。
「まさか……」
「フェリシア様が、『油臭いから』とメンテナンスを中止させたのです!」
「なっ!?」
ルーカスが驚愕してフェリシアを見る。
彼女は悪びれもせず、口を尖らせた。
「だってぇ! 工場に入ると服に油の匂いがつくんですもの! それに、あんなネバネバした油、汚いじゃない。だから、もっとサラサラしたお水で冷やせばいいじゃないって……」
「お、お水……!?」
工場長が悲鳴のような声を上げた。
「高温の軸受に水をかければ、水蒸気爆発を起こして油膜が飛びます! 結果、金属同士が直接触れ合い、猛烈な摩擦熱が発生……。シャフトは赤熱し、溶着して固着。その熱が周囲に舞う綿埃に引火して……、この惨状です!」
繊維工場は、空気中に可燃性の繊維くずが舞う、火気厳禁の場所だ。
そこで数百度の摩擦熱が発生すれば、それは着火剤を投げ込んだも同然だった。
「だ、だって私は良かれと思ってぇ……!」
「黙れ!!」
ルーカスが初めて、フェリシアに向かって怒鳴った。
「お前の良かれで、国の基幹産業が灰になったんだぞ!!」
崩れ落ちる工場の屋根。
高価な最新鋭の機械たちが、赤黒い炎の中で飴細工のように捻じ曲がっていく。
それは単なる火災ではなかった。
技術と管理を軽視し、見た目の華やかさと感情論だけを優先してきた王国への、冷酷な断罪だった。
「ああ……、終わった……」
ルーカスは膝から崩れ落ちた。
この工場の生産停止による損失は計り知れない。
輸出はストップし、違約金が発生し、失業した労働者たちが街に溢れるだろう。
そのすべてが、たかが油と侮った結果だった。
「セレフィーナ……、君なら、こんなことは……」
炎の赤さが、かつて見たセレフィーナの冷静な瞳の色を思い出させる。
彼女なら、温度上昇の兆候をデータで見抜き、ボヤ騒ぎになる前に静かに対処していただろう。
誰に気づかれることも、感謝されることもなく。
(私たちは、とんでもないものを失ったのかもしれない)
燃え落ちる工場の熱気の中で、ルーカスはようやくその事実に気づき始めていた。
だが、一度灰になったものは、もう二度と元には戻らない。
辺境では、感謝のタペストリーが飾られ、笑顔が溢れているというのに。
王都では、焦げ臭い風だけが、空虚に吹き抜けていった。
あなたにおすすめの小説
「通訳など辞書で足りる」と追放された令嬢——三国会談で、婚約者は一言も話せなくなった
歩人
ファンタジー
宮廷通訳官エレノーラは五つの言語を操り、婚約者クラウスの外交を陰で支えてきた。
だがクラウスは言った。「通訳など辞書で足りる。お前は要らない」
追放されたエレノーラは隣国で新たな道を歩み始める。
一方、クラウスは三国会談の場で辞書片手に立ち往生。
誤訳が外交問題に発展し、窮地に陥ったその場に、隣国の通訳官として現れたのは——。
「その言葉は、もう翻訳できません」
妹の方がかわいいからと婚約破棄されましたが、あとで後悔しても知りませんよ?
志鷹 志紀
恋愛
「すまない、キミのことを愛することができなくなった」
第二王子は私を謁見の間に連れてきて、そう告げた。
「つまり、婚約破棄ということですね。一応、理由を聞いてもよろしいですか?」
「キミの妹こそが、僕の運命の相手だったんだよ」
「そうですわ、お姉様」
王子は私の妹を抱き、嫌な笑みを浮かべている。
「ええ、私は構いませんけれど……あとで後悔しても知りませんよ?」
私だけが知っている妹の秘密。
それを知らずに、妹に恋をするなんて……愚かな人ですね。
訳あり侯爵様に嫁いで白い結婚をした虐げられ姫が逃亡を目指した、その結果
柴野
恋愛
国王の側妃の娘として生まれた故に虐げられ続けていた王女アグネス・エル・シェブーリエ。
彼女は父に命じられ、半ば厄介払いのような形で訳あり侯爵様に嫁がされることになる。
しかしそこでも不要とされているようで、「きみを愛することはない」と言われてしまったアグネスは、ニヤリと口角を吊り上げた。
「どうせいてもいなくてもいいような存在なんですもの、さっさと逃げてしまいましょう!」
逃亡して自由の身になる――それが彼女の長年の夢だったのだ。
あらゆる手段を使って脱走を実行しようとするアグネス。だがなぜか毎度毎度侯爵様にめざとく見つかってしまい、その度失敗してしまう。
しかも日に日に彼の態度は温かみを帯びたものになっていった。
気づけば一日中彼と同じ部屋で過ごすという軟禁状態になり、溺愛という名の雁字搦めにされていて……?
虐げられ姫と女性不信な侯爵によるラブストーリー。
※小説家になろうに重複投稿しています。
聖女の力を妹に奪われ魔獣の森に捨てられたけど、何故か懐いてきた白狼(実は呪われた皇帝陛下)のブラッシング係に任命されました
AK
恋愛
「--リリアナ、貴様との婚約は破棄する! そして妹の功績を盗んだ罪で、この国からの追放を命じる!」
公爵令嬢リリアナは、腹違いの妹・ミナの嘘によって「偽聖女」の汚名を着せられ、婚約者の第二王子からも、実の父からも絶縁されてしまう。 身一つで放り出されたのは、凶暴な魔獣が跋扈する北の禁足地『帰らずの魔の森』。
死を覚悟したリリアナが出会ったのは、伝説の魔獣フェンリル——ではなく、呪いによって巨大な白狼の姿になった隣国の皇帝・アジュラ四世だった!
人間には効果が薄いが、動物に対しては絶大な癒やし効果を発揮するリリアナの「聖女の力」。 彼女が何気なく白狼をブラッシングすると、苦しんでいた皇帝の呪いが解け始め……?
「余の呪いを解くどころか、極上の手触りで撫でてくるとは……。貴様、責任を取って余の専属ブラッシング係になれ」
こうしてリリアナは、冷徹と恐れられる氷の皇帝(中身はツンデレもふもふ)に拾われ、帝国で溺愛されることに。 豪華な離宮で美味しい食事に、最高のもふもふタイム。虐げられていた日々が嘘のような幸せスローライフが始まる。
一方、本物の聖女を追放してしまった祖国では、妹のミナが聖女の力を発揮できず、大地が枯れ、疫病が蔓延し始めていた。 元婚約者や父が慌ててミレイユを連れ戻そうとするが、時すでに遅し。 「私の主人は、この可愛い狼様(皇帝陛下)だけですので」 これは、すべてを奪われた令嬢が、最強のパートナーを得て幸せになり、自分を捨てた者たちを見返す逆転の物語。
現聖女ですが、王太子妃様が聖女になりたいというので、故郷に戻って結婚しようと思います。
和泉鷹央
恋愛
聖女は十年しか生きられない。
この悲しい運命を変えるため、ライラは聖女になるときに精霊王と二つの契約をした。
それは期間満了後に始まる約束だったけど――
一つ……一度、死んだあと蘇生し、王太子の側室として本来の寿命で死ぬまで尽くすこと。
二つ……王太子が国王となったとき、国民が苦しむ政治をしないように側で支えること。
ライラはこの契約を承諾する。
十年後。
あと半月でライラの寿命が尽きるという頃、王太子妃ハンナが聖女になりたいと言い出した。
そして、王太子は聖女が農民出身で王族に相応しくないから、婚約破棄をすると言う。
こんな王族の為に、死ぬのは嫌だな……王太子妃様にあとを任せて、村に戻り幼馴染の彼と結婚しよう。
そう思い、ライラは聖女をやめることにした。
他の投稿サイトでも掲載しています。
お姉さまに婚約者を奪われたけど、私は辺境伯と結ばれた~無知なお姉さまは辺境伯の地位の高さを知らない~
マルローネ
恋愛
サイドル王国の子爵家の次女であるテレーズは、長女のマリアに婚約者のラゴウ伯爵を奪われた。
その後、テレーズは辺境伯カインとの婚約が成立するが、マリアやラゴウは所詮は地方領主だとしてバカにし続ける。
しかし、無知な彼らは知らなかったのだ。西の国境線を領地としている辺境伯カインの地位の高さを……。
貴族としての基本的な知識が不足している二人にテレーズは失笑するのだった。
そしてその無知さは取り返しのつかない事態を招くことになる──。
【完結】「お前に聖女の資格はない!」→じゃあ隣国で王妃になりますね
ぽんぽこ@3/28新作発売!!
恋愛
【全7話完結保証!】
聖王国の誇り高き聖女リリエルは、突如として婚約者であるルヴェール王国のルシアン王子から「偽聖女」の烙印を押され追放されてしまう。傷つきながらも母国へ帰ろうとするが、運命のいたずらで隣国エストレア新王国の策士と名高いエリオット王子と出会う。
「僕が君を守る代わりに、その力で僕を助けてほしい」
甘く微笑む彼に導かれ、戸惑いながらも新しい人生を歩み始めたリリエル。けれど、彼女を追い詰めた隣国の陰謀が再び迫り――!?
追放された聖女と策略家の王子が織りなす、甘く切ない逆転ロマンス・ファンタジー。
魔力ゼロと捨てられた私を、王子がなぜか離してくれません ――無自覚聖女の王宮生活――
ムラサメ
恋愛
伯爵家で使用人同然に扱われてきた少女、エリナ。
魔力も才能もないとされ、義妹アリシアの影で静かに生きていた。
ある日、王国第一王子カイルの視察で運命が動き出す。
誰も気づかなかった“違和感”に、彼だけが目を留めて――。