「君は可愛くない石ころだ」と婚約破棄されましたが、私の鑑定のおかげ詐欺師に大金を払わずに済んでいる現状を理解しているのでしょうか?

水上

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第3話:夜道を照らす石とロマンの欠如

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 石炭による暖房革命から数週間。
 私の元には、領内のあらゆる石に関する相談が持ち込まれるようになっていました。

 本日はジークフリート様と共に、領地の外れにある鉱山労働者の集落を視察に訪れていました。

「……暗いですね」

 日が落ちると、集落は瞬く間に漆黒の闇に包まれました。
 王都のように街灯などほとんどありません。

 高価なランプを使えるのは一部の富裕層だけで、一般の民家は夜になれば雨戸を閉ざし、息を潜めるように過ごしています。

「ああ。ここは地形が複雑でな。夜間の転落事故や、野生動物の被害が後を絶たない」

 ジークフリート様がたいまつを掲げ、苦々しげに眉を寄せました。
 足元はぬかるんでおり、確かに一歩間違えれば崖下へ滑り落ちそうです。

「灯りを確保したいが、維持費がかかりすぎる。……悔しいが、現状では注意を促す看板を立てるくらいしかできん」

「看板なんて、暗闇では読めませんよ」

 私はバッサリと切り捨てると、足元に転がっている邪魔な石に目を留めました。

 昼間、村人たちが「畑を耕すのに邪魔だ」「不気味に光るから縁起が悪い」と川原に捨てていた石の山です。

「ジークフリート様、あの石の山をこちらへ」

「あん? あんな瓦礫をどうするんだ?」

「いいから運んでください。筋肉の使いどころですよ」

 辺境伯をあごで使う不敬を働きつつ、私は拾い上げた石を観察しました。

 淡い緑や紫の帯びた半透明の結晶。

 昼間の日光を浴びて励起状態になった電子が、基底状態に戻る際にエネルギーを光として放出する――いわゆる燐光現象を持つ鉱物です。

「これは蛍石の一種ですね。しかも、蓄光性が非常に高い」

 私はジークフリート様が運んでくれた石の山を前に、集落の男たちを集めました。

「皆さん、この石を細かく砕いてください。砂利くらいの大きさで構いません」

「砕く? こんな幽霊石をか?」

「幽霊ではありません。天然のランプです。さあ、急いで」

 私の指示に、男たちは半信半疑でハンマーを振るいました。
 砕かれた石を、集落の主要な通りや危険な崖沿いの道に敷き詰めていきます。

 さらに、細かく粉砕した粉末を建物の壁に塗料として塗布させました。
 そして、作業が終わる頃には、夜の闇が完全に深まっていました。

「……おお」

「なんだこれは……!」

 歓声が上がりました。
 敷き詰められた石が淡く、青白い光を放ち始めたのです。

 それはまるで、天の川がそのまま地上に降りてきたかのような光景でした。

 真っ暗だった夜道が、幻想的な光の帯となって浮かび上がり、足元を優しく照らし出しています。

「これなら夜道も安全ですし、崖の端も一目瞭然です。日中に太陽光を浴びれば、夜の間はずっと光り続けますから、燃料代もタダですよ」

 私が淡々と説明すると、村人たちは涙を流して拝み始めました。
 中には「宝石の魔女様だ!」などと口走る者までいます。

「……すごいな」

 隣に立ったジークフリート様が、ほう、と感嘆の息を漏らしました。

 彼の瞳には、地上の星空が映り込んでいます。
 村人たちの喜ぶ声が遠くに聞こえる中、二人きりの静かな時間が流れました。

 光る道に照らされた彼の横顔は、不覚にも少しだけ端整に見えます。

「見ろ、ソフィア。まるで星が降ったようだ。美しいだろう」

 ジークフリート様が、珍しく穏やかな声色で私に語りかけました。

 これは、いわゆる良い雰囲気というやつでしょうか。
 王都の令嬢ならば、ここで「ええ、素敵ですわ」と彼の腕に身を寄せるのが正解なのかもしれません。

 しかし、私はソフィア・ランバートです。
 目の前の現象を前にして、どうしても見過ごせない事実がありました。

「ええ。興味深いですね」

 私は眼鏡の位置を直し、冷静に分析を開始しました。

「あの独特の深紅がかった発光色……、通常の蛍石よりも波長が長いです。あの光の散乱具合からして、この地域の土壌には微量のストロンチウムが含まれている可能性が高いですね」

「……は?」

「ストロンチウムは花火の赤色の元になる金属です。工業的価値が非常に高い。蛍石だけでなく、その下にある地層の採掘権の申請を急ぎましょう。王都の相場よりも高く売れますよ」

 私は手帳を取り出し、早口で計算を始めました。
 これだけの埋蔵量があれば、領地の財政は一気に潤うはずです。

「ジークフリート様、聞いていますか? 明日の朝一番で調査隊を――」

「……ソフィア」

 彼が私の肩に手を置き、深い深いため息をつきました。

「俺は今、情緒の話をしているんだが」

「情緒? 利益の話よりも優先すべきことですか?」

「……お前というやつは」

 ジークフリート様は呆れたように天を仰ぎましたが、その口元は笑っていました。

「まあいい。お前らしいと言えば、お前らしい」

「褒め言葉として受け取っておきます」

「ああ。……だが、この景色が美しいというのは事実だ。それだけは否定するなよ」

「否定しませんよ。ストロンチウムの炎色反応は、私も大好きですから」

 私のブレない返答に、ついに彼は肩を震わせて笑い出しました。
 
 足元の石ころたちは相変わらず静かに、私たちの夜を照らしていました。
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