「君は可愛くない石ころだ」と婚約破棄されましたが、私の鑑定のおかげ詐欺師に大金を払わずに済んでいる現状を理解しているのでしょうか?

水上

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第2話:極寒の辺境と温かいスープ

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 ジークフリート様の領地である北部辺境伯領、オルストへの道のりは、想像を絶するものでした。

 王都を出て数日。
 馬車の窓から見える景色は、緑豊かな平原から、荒涼とした岩肌と白い雪が混じる寒々しいものへと変わっていきました。

「……寒い」

 私はガチガチと歯を鳴らしながら、持参したショールをきつく巻き直しました。

 王都とは気温がまるで違います。
 ここは冬が長く、夏は短い過酷な地。

 到着した辺境伯の居城は、武骨な石造りで、要塞という言葉が似合う場所でした。
 しかし、城内に入っても一向に暖かくなりません。

「すまない。今年は特に冷え込みが厳しくてな」

 ジークフリート様も、分厚い毛皮のコートを着込んでいました。

 廊下ですれ違う使用人たちの顔色も悪く、手先が赤く腫れています。
 暖炉の火は申し訳程度にしか燃えておらず、城全体が冷凍庫のような有様でした。

「薪の備蓄が底をつきかけているんだ。近隣の森は雪深く、切り出しも困難でな」

 彼は自嘲気味に笑いましたが、私はその言葉を聞き流し、暖炉の中を覗き込みました。

 そして、城に来る途中の馬車で見た光景を思い出します。

「ジークフリート様。この領地の北側、河川敷のあたりに黒い岩が露出している場所がありましたよね?」

「ああ。あの辺りは作物が育たない泥地だ。黒い石ころばかりで、邪魔なことこの上ない」

「案内していただけますか? 今すぐに」

「は? いや、到着したばかりで休んだほうが……」

「凍死者を出したくなければ、急いでください」

 私の剣幕に押され、ジークフリート様は渋々といった様子で再び馬車を出してくれました。

 現場に到着すると、私は寒さも忘れて駆け出しました。
 雪混じりの泥の中に、無数に転がる黒い塊。

 地元の人間が見ればただの汚れや岩屑にしか見えないでしょう。
 ですが、私には宝の山に見えました。

「やはり……!」

 私は手袋を汚すのも構わず、その黒い石を拾い上げ、ルーペで表面を観察しました。

 植物の化石痕、独特の光沢、そして重さ。
 間違いありません。

「これは石炭です。それも、非常に純度の高い無煙炭ですね」

「石炭? こいつは燃えない石だろう?」

「いいえ、燃やし方にコツがあるだけです。この黒い石は、薪の何倍もの熱量を持っています。これだけの露頭があるなら、地下には莫大な鉱脈が眠っているはずです」

 私はすぐに持ち帰った石炭を使い、適切な通気口を設けた即席の燃焼炉を作って実演しました。

 最初は疑わしそうに見ていた兵士や使用人たちも、黒い石が赤々と熱を帯び、薪とは比べ物にならないほどの熱気を放ち始めると、驚愕の声を上げました。

「温かい……! こんなに温かいのは初めてだ!」

「あの邪魔な黒い石が、こんな燃料になるなんて!」

 パチパチと爆ぜる音と共に、部屋の温度がぐんぐんと上がっていきます。

 使用人たちが涙ぐんで喜ぶ姿を見て、私は満足げに煤で汚れた手を払いました。

「これで当面の燃料問題は解決ですね。採掘計画については、後ほど詳細な指示書を作成します。地層の角度からして、露天掘りで十分に対応可能ですから」

「……あんたは、魔法使いか?」

 炎に照らされたジークフリート様が、呆然と呟きました。

「いいえ、ただ知識があっただけです。石の価値を知らないだけですよ、皆さんは」

「石の価値、か」

 彼は眩しそうに私を見つめると、不器用に口元を緩めました。

「ありがとう。これで領民たちが凍えずに済む」

 その言葉は、王宮でどれだけ成果を上げても貰えなかった、純粋な感謝の響きでした。
 
 胸の奥が、石炭の火のようにじんわりと熱くなるのを感じました。

 その日の夜。
 採掘計画の草案をまとめていた私は、執務室のドアがノックされる音で顔を上げました。

 現れたのは、なんとエプロン姿のジークフリート様でした。手には湯気の立つトレイを持っています。

「夕食だ。使用人たちは暖房設備の設置で忙しいからな、俺が作った」

「えっ、辺境伯ご自身がですか?」

「腕は悪くないはずだ。それに、あんたは放っておくと食事を忘れるタイプだろう」

 図星です。
 テーブルに置かれたのは、根菜と干し肉がたっぷり入ったポトフと、黒パンでした。

 一口スープを飲むと、野菜の甘みと肉の旨味が五臓六腑に染み渡ります。
 冷え切っていた体が、内側から解凍されていくようです。

「……美味しい」

「カブと人参に含まれるビタミン、それに肉のタンパク質。寒冷地で消耗した体温を回復させるには、脂質も大事だが糖質と温かい水分が必要だ。生姜も入れてあるから、血行も良くなるはずだ」

 ぶっきらぼうな口調ですが、その内容は驚くほど専門的でした。

 彼は私が完食するのを無言で見守り、最後に小さなガラスの器を差し出しました。

「食後のデザートだ」

 そこに入っていたのは、キラキラと輝く宝石のようなお菓子でした。
 表面はシャリッとしていて、中はプルンとした寒天菓子――琥珀糖です。

 驚いたのは、その色でした。
 夕焼けのような、美しい橙色と黄金色のグラデーション。

「これ……」

「王都を出る前、あんた図鑑でずっと眺めていただろう。インペリアル・トパーズ。その色と屈折率に似せて作ってみた」

 私は息を呑みました。

 確かに、私はあの宝石の絶妙なシェリーカラーに惹かれていました。

 それを、彼は見ていたのですか? 
 一言も話していないのに?

「……本物は、領地経営が軌道に乗って金ができたら、俺が贈る。それまでは、この砂糖菓子で我慢しろ」

 彼は照れ隠しのようにそっぽを向きました。

 私は琥珀糖を一粒、口に含みました。
 シャリッとした食感と共に、優しい甘さが広がります。

 それは、どんな高価な宝石よりも、私の心を満たしてくれました。

「……十分すぎます。とても甘くて、美味しくて、綺麗です」

「そうか。なら、いい」

 見た目は強面の辺境伯。
 ですが、その正体は、誰よりも細やかな観察眼と、温かい手料理を作れる人でした。

 石炭の熱と、スープの温かさと、琥珀糖の甘さ。
 この何もないはずの辺境には、私が無意識に求めていたものがある気がしました。
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