殿下が婚約破棄してくれたおかげで泥船から脱出できました。さて、私がいなくなったあと、そちらは大丈夫なのでしょうか?

水上

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第15話:戦場にレースは不要

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 アークライト・トンネルの開通と、鉄道による物流網の確立。
 この二つの成功により、我が領地はかつてない好景気に沸いていました。

 工場からは毎日のように新製品が出荷されます。
 保存の効く缶詰、薄くて丈夫な高機能シルク、規格統一された安価な魔道具。
 これらは、アークライト・ブランドとして、王都の市場をも席巻し始めていました。

 そんなある日のこと。
 王都に潜ませているスパイ(王宮の使用人で、賃金未払いに怒って寝返ったメイド)から、興味深い報告書が届きました。

「……あら。ミア様、ついに、プロデュース業に手を出されたようですわ」

 執務室で報告書を広げながら、私は思わず吹き出してしまいました。
 そこには、ミア男爵令嬢が考案し、ジェラルド殿下が予算を投じて作らせた、新時代の軍装のデザイン画が添付されていたのです。

「なんだこれは……。フリル? リボン? ここは戦場じゃなくて舞踏会場か?」

 覗き込んだレイモンド様が、眉間に深い皺を刻みました。
 デザイン画に描かれているのは、ピンクやパステルブルーを基調とし、無駄な装飾がジャラジャラとついた、あまりにもファンシーな騎士団の鎧でした。

「ミア様の主張によれば、『兵士さんが可愛ければ、敵も戦う気をなくして平和になる』そうですわ」

「脳みそが平和ボケにも程があるぞ! こんな突起だらけの鎧、剣が引っかかって致命傷になるだけだ!」

「しかも、素材は軽量化のために薄いブリキを使用。防御力は紙同然ですって」

 私は呆れを通り越して、少し同情しました。
 これを着せられる現場の騎士たちの心境を思うと、涙が出そうです。

     *

 (※ジェラルド視点)

 王都の練兵場。
 そこでは、とある光景が繰り広げられていた。

「えー、かわいい! みんな王子様みたい!」

 ミアが黄色い声を上げて拍手をする中、パステルカラーの鎧(という名のブリキ細工)を着せられた近衛騎士団が、整列している。
 動くたびに、安っぽい音が鳴り、装飾のリボンが風に絡まり、彼らの目が死んだ魚のようになっていることに、私はまだ気がついていなかった。

「……団長。俺たち、これで国境警備に行くんですか?」

「死にに行くようなもんだな……」

「恥ずかしくて、敵に会う前に自決したいです」

 騎士たちの囁き声は、この時の私の耳には届いていなかった。
 私は満足げに頷き、演説をし始めた。

「見よ! これぞ我が国の美的センスの結晶だ! 北の田舎娘が作るような、無骨で地味な製品とは格が違う! これからは、映えの時代なのだ!」

 私は、アークライト製品が実用性重視で、地味であることを攻撃材料にしたつもりだった。
 しかし、私は理解していなかった。

 道具における美しさとは、機能の極致に宿るということを……。

     *

 アークライト領、騎士団演習場。
 こちらには、王都とは別の光景が広がっていました。

「状況開始!」

 号令と共に、泥まみれの騎士たちが一斉に動き出します。
 彼らが身につけているのは、私が開発した、迷彩柄の新型野戦服と、急所のみを重点的に守る、強化セラミックプレートの防具。

 派手さは皆無。
 色は泥や森に溶け込むカーキ色。
 しかし、その動きは洗練されていました。

「軽い! これなら一日中走っても疲れないぞ!」

「剣の振り抜きが速い! 関節部分に干渉しない設計だ!」

 騎士団長のレオン(彼も王都を見限ってこちらに来た一人です)が、息を切らしながらも充実した顔で私の元へ駆け寄ってきました。

「素晴らしいです、エリーゼ様。この装備なら、従来の三倍の速度で行軍できます。生存率も飛躍的に上がるでしょう」

「ええ。戦場で一番美しいのは、生き残ることですもの。リボンは勝利祝賀会の時にでもつければよろしいわ」

 私は彼に、水筒(もちろんアークライト製)を渡しました。

「王都では今頃、お人形遊びのような軍事パレードが行われているそうです」

「……かつての同僚たちが不憫でなりません」

「彼らが目を覚ますのは、実際に痛い目を見た時だけでしょうね」

 私は王都の方角を見つめました。
 装飾過多で動きにくい鎧と、機能を極限まで追求した野戦服。
 どちらが優れているか、議論するまでもありません。

 ジェラルド殿下。
 貴方は見た目を選び、私は中身を選びました。
 その選択の代償を支払うのは、貴方ではなく、そのふざけた鎧を着せられた兵士たちなのです。

「さて、次は携帯食料(レーション)ですわ。腹が減っては戦はできぬ、と言いますしね」

 私の工場では、すでに次の革命がパッキングされ、出荷の時を待っていました。
 戦場にレースは不要。

 必要なのは、勝利という結果だけなのですから……。
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