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第19話:流行を作るのは誰か
夜会でのドレス宣伝から一週間後。
王都の目抜き通り、かつて王太子派の豪商が店を構えていた一等地に、新しい看板が掲げられました。
『アークライト商会 王都本店』。
開店初日の朝、店の前には、通りを埋め尽くすほどの長蛇の列ができていました。
最後尾が見えないほどの人だかり。
その中には、先日までミア様のドレスを褒め称えていた貴婦人たちの姿もあれば、噂を聞きつけた平民の女性たちの姿もあります。
「すごい熱気だな。王都中の金がここに集まっているみたいだ」
店舗の二階、貴賓室の窓から外を見下ろし、ルーカス殿下が口笛を吹きました。
私もまた、紅茶を片手に、その光景を満足げに眺めていました。
「当然ですわ。夜会でのデモンストレーションは完璧でしたもの。人は機能に惹かれますが、最終的に財布の紐を緩めるのは憧れです。私が着ていたあのドレスこそが、今の王都で最もホットな憧れなのです」
一階の売り場では、アークライト・シルクのドレス、肌触りの良い下着、そして保存食の缶詰や、領地の湧き水を使った化粧水などが、飛ぶように売れていきます。
レジには金貨が山のように積み上がり、店員たちの悲鳴のような歓声が聞こえてきます。
一方で、通りの向かい側にある、王太子御用達の服飾店は……。
閑古鳥が鳴くどころか、店員が暇すぎてショーウィンドウのハエを追い払っている始末です。
「残酷な対比ですわね。でも、これが自由市場の審判です」
*
(※ジェラルド視点)
王宮、王太子の執務室。
「な、なぜだ! なぜあんな田舎娘の店ばかりが流行るのだ!」
私は、アークライト商会の盛況ぶりを報じる新聞を握りつぶし、床に叩きつけた。
私の元には、御用商人たちからの、売上が激減した、なんとかしてくれ、という陳情書が山積みになっている。
「ミアのデザインしたドレスはどうなった! あれほど可愛いと評判だったではないか!」
「それが……」
側近が青ざめた顔で報告する。
「購入された貴族の奥方様たちから、返品の嵐でして……。『重すぎて肩が凝る』『汗疹ができた』『旦那様に不評だった』と……」
「ええい、軟弱者どもめ! 美しさのためなら多少の我慢をするのが貴族だろう!」
私は貧乏揺すりを止められなかった。
夜会での恥辱、水不足での失態、そして今の経済的敗北。
プライドの高い私にとって、これらは許しがたい屈辱だった。
「殿下、これは陰謀ですぞ」
側近の一人、先日、アークライト領への水乞いで法外な契約を結ばされた男爵が、耳元で囁いた。
「あのアークライトの女、流行を不当に操作しているに違いありません。平民をサクラとして雇い、行列を作らせているという噂も……」
「そうか! やはりそうか! 私の人気が落ちたのではなく、あいつが卑怯な真似をしているだけなのだな!」
私は我が意を得たりとばかりに顔を輝かせた。
自分の無能さを認めるより、他人の悪意を信じる方が、精神衛生上はずっと楽だから、無意識のうちにそうしていた。
「よし、規制だ! 公正な取引を阻害する行為として、アークライト商会に重税を課せ! それと、あのシルク製品には、贅沢税を適用しろ!」
「はっ! 直ちに手配いたします!」
*
アークライト商会。
「……というような命令が、今しがた王宮から出たようだな」
速報を持ってきたレイモンド様が、呆れ顔で報告してくれました。
それを聞いたルーカス殿下は、心底可哀想なものを見る目で王宮の方角を見ました。
「馬鹿なのか? 人気商品に課税したら、価格が上がってさらに高級ブランド化するだけだぞ。むしろ庶民の、いつかは手に入れたいという欲求を煽る結果になる」
「ええ。それに、税金で値段が上がれば、私たちの利益率も上げられます。結果として、王都の貴族たちがより多くのお金を我が商会に落としてくれる……。感謝状を贈りたいくらいですわ」
私はカップをソーサーに置きました。
「ジェラルド殿下は勘違いなさっています。流行とは、誰かが操作するものではありません。大衆の無意識の欲望を、誰が一番早く形にするか。それだけのゲームです」
殿下は、自分が良いと思うものを押し付けました。
私は、皆が欲しいと思っていたものを提供しました。
勝敗は、商品を作る前のリサーチの段階ですでについていたのです。
「さて、第一段階はこれにて終了。種蒔きと水やりは十分です」
私は窓枠に手をかけ、行列を作る人々を見下ろしました。
この行列は、単なる客ではありません。
いずれ来るその時に、王宮ではなく、私を選んでくれるであろう支持者の予備軍なのです。
「次はインフラ……、血管を握りにいきますわよ。王都の物流、衛生、そしてエネルギー。すべてをアークライトの色に染め上げて差し上げます」
私の宣言に、ルーカス殿下が獰猛な笑みで応えました。
さあ、第2幕の幕開けです。
次は、王都の地面の下から、彼らの足元を崩して差し上げましょう。
王都の目抜き通り、かつて王太子派の豪商が店を構えていた一等地に、新しい看板が掲げられました。
『アークライト商会 王都本店』。
開店初日の朝、店の前には、通りを埋め尽くすほどの長蛇の列ができていました。
最後尾が見えないほどの人だかり。
その中には、先日までミア様のドレスを褒め称えていた貴婦人たちの姿もあれば、噂を聞きつけた平民の女性たちの姿もあります。
「すごい熱気だな。王都中の金がここに集まっているみたいだ」
店舗の二階、貴賓室の窓から外を見下ろし、ルーカス殿下が口笛を吹きました。
私もまた、紅茶を片手に、その光景を満足げに眺めていました。
「当然ですわ。夜会でのデモンストレーションは完璧でしたもの。人は機能に惹かれますが、最終的に財布の紐を緩めるのは憧れです。私が着ていたあのドレスこそが、今の王都で最もホットな憧れなのです」
一階の売り場では、アークライト・シルクのドレス、肌触りの良い下着、そして保存食の缶詰や、領地の湧き水を使った化粧水などが、飛ぶように売れていきます。
レジには金貨が山のように積み上がり、店員たちの悲鳴のような歓声が聞こえてきます。
一方で、通りの向かい側にある、王太子御用達の服飾店は……。
閑古鳥が鳴くどころか、店員が暇すぎてショーウィンドウのハエを追い払っている始末です。
「残酷な対比ですわね。でも、これが自由市場の審判です」
*
(※ジェラルド視点)
王宮、王太子の執務室。
「な、なぜだ! なぜあんな田舎娘の店ばかりが流行るのだ!」
私は、アークライト商会の盛況ぶりを報じる新聞を握りつぶし、床に叩きつけた。
私の元には、御用商人たちからの、売上が激減した、なんとかしてくれ、という陳情書が山積みになっている。
「ミアのデザインしたドレスはどうなった! あれほど可愛いと評判だったではないか!」
「それが……」
側近が青ざめた顔で報告する。
「購入された貴族の奥方様たちから、返品の嵐でして……。『重すぎて肩が凝る』『汗疹ができた』『旦那様に不評だった』と……」
「ええい、軟弱者どもめ! 美しさのためなら多少の我慢をするのが貴族だろう!」
私は貧乏揺すりを止められなかった。
夜会での恥辱、水不足での失態、そして今の経済的敗北。
プライドの高い私にとって、これらは許しがたい屈辱だった。
「殿下、これは陰謀ですぞ」
側近の一人、先日、アークライト領への水乞いで法外な契約を結ばされた男爵が、耳元で囁いた。
「あのアークライトの女、流行を不当に操作しているに違いありません。平民をサクラとして雇い、行列を作らせているという噂も……」
「そうか! やはりそうか! 私の人気が落ちたのではなく、あいつが卑怯な真似をしているだけなのだな!」
私は我が意を得たりとばかりに顔を輝かせた。
自分の無能さを認めるより、他人の悪意を信じる方が、精神衛生上はずっと楽だから、無意識のうちにそうしていた。
「よし、規制だ! 公正な取引を阻害する行為として、アークライト商会に重税を課せ! それと、あのシルク製品には、贅沢税を適用しろ!」
「はっ! 直ちに手配いたします!」
*
アークライト商会。
「……というような命令が、今しがた王宮から出たようだな」
速報を持ってきたレイモンド様が、呆れ顔で報告してくれました。
それを聞いたルーカス殿下は、心底可哀想なものを見る目で王宮の方角を見ました。
「馬鹿なのか? 人気商品に課税したら、価格が上がってさらに高級ブランド化するだけだぞ。むしろ庶民の、いつかは手に入れたいという欲求を煽る結果になる」
「ええ。それに、税金で値段が上がれば、私たちの利益率も上げられます。結果として、王都の貴族たちがより多くのお金を我が商会に落としてくれる……。感謝状を贈りたいくらいですわ」
私はカップをソーサーに置きました。
「ジェラルド殿下は勘違いなさっています。流行とは、誰かが操作するものではありません。大衆の無意識の欲望を、誰が一番早く形にするか。それだけのゲームです」
殿下は、自分が良いと思うものを押し付けました。
私は、皆が欲しいと思っていたものを提供しました。
勝敗は、商品を作る前のリサーチの段階ですでについていたのです。
「さて、第一段階はこれにて終了。種蒔きと水やりは十分です」
私は窓枠に手をかけ、行列を作る人々を見下ろしました。
この行列は、単なる客ではありません。
いずれ来るその時に、王宮ではなく、私を選んでくれるであろう支持者の予備軍なのです。
「次はインフラ……、血管を握りにいきますわよ。王都の物流、衛生、そしてエネルギー。すべてをアークライトの色に染め上げて差し上げます」
私の宣言に、ルーカス殿下が獰猛な笑みで応えました。
さあ、第2幕の幕開けです。
次は、王都の地面の下から、彼らの足元を崩して差し上げましょう。
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