殿下が婚約破棄してくれたおかげで泥船から脱出できました。さて、私がいなくなったあと、そちらは大丈夫なのでしょうか?

水上

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第21話:その規格、時代遅れにつき

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 計画の第二幕は、剣戟の音ではなく、静かなる紙の音と共に始まりました。

「これより、アークライト領および提携する全商会において、アークライト工業規格、通称AISを施行します」

 領主館の大会議室。
 集まった近隣諸国の職人ギルド長、商会長、そしてルーカス殿下を前に、私は分厚い冊子を提示しました。

「AIS……、ですか?」

 古参の鍛冶師ギルド長が、怪訝な顔で冊子をめくります。
 そこには、ネジのピッチ、パイプの直径、紙のサイズ、そして魔道具のソケット形状に至るまで、ありとあらゆる工業製品の寸法が、ミリ単位で厳格に規定されていました。

「そうです。今後、我が領地と取引を希望する工房は、すべてこの規格に準拠した製品を作っていただきます」

「なっ……、無茶だ! 俺たちには俺たちの伝統寸法がある! 親方の親指の幅とか肘の長さとか……」

「その親指は、一〇〇年後も同じ太さですか?」

 私は冷たく切り捨てました。

「個人の身体的特徴や、その場のノリで作られた伝統など、大量生産の時代にはノイズです。私が求めているのは、アークライトで作ったナットが、隣国のボルトに寸分の狂いもなくハマる世界。……もし従えないなら、結構です」

 私はニッコリと微笑み、背後のカーテンを開けました。
 窓の外には、黒煙を上げる巨大な工場群が見えます。

「従わない工房の製品は、今後一切買い取りません。また、我が領地の工場で作られた安価で高品質なAIS規格品が、貴方たちの市場を埋め尽くすことになるでしょう」

 ギルド長たちの顔色がサァッと青ざめました。
 彼らは知っているのです。
 アークライト製のネジや魔道具が、すでに市場価格の半値以下で流通し、爆発的な人気を博していることを。

「……わ、分かった。従おう。その代わり、技術供与はしてくれるんだろうな?」

「ええ、もちろん。規格を守る仲間には、最新の図面と工作機械を融通しますわ」

 こうして、会議室にいた全員がAISへの参加署名をしました。
 この瞬間、世界のモノづくりのルールブックが、私の手によって書き換えられたのです。

     *

 (※ジェラルド視点)

 王都、王太子宮殿。

「暗いぞ! どうなっている!」

 夜の執務室に、私の怒声が響いた。
 私の机を照らすはずの魔導ランプが、明滅を繰り返した末にプツンと消えてしまったのである。

「も、申し訳ございません殿下。魔石の寿命のようです」

「なら早く交換しろ! 予備があるだろう!」

「それが……」

 侍従が困り果てた顔で、手元の箱を見せてきた。
 そこには、市販されている新品の魔石が入っている。

「買ってはきたのですが……、入りません」

「はあ? 入らないとはどういうことだ!」

 私はランプをひったくり、新品の魔石をねじ込もうとした。
 しかし……、魔石の底の形状が、ランプのソケットと微妙に合わず、奥まで刺さらなかった。

「なんだこれは! 不良品か!?」

「いえ、現在、王都の市場で売られている魔石はすべて、アークライト規格、つまりASIに統一されておりまして……」

 侍従は恐縮しながら説明した。

「殿下のこのランプは、王室御用達の職人が作った特注品です。口金の形状が独自のものなので、AIS規格の魔石は使えないのです」

「な、なにぃ?」

「以前の規格の魔石を探したのですが、どこの店も『もう古い規格は取り扱っていない』『売れないから在庫を廃棄した』と……」

 私は、手の中の豪華なランプと、市場の安価な魔石を見比べた。
 ランプ本体は黄金細工で飾られた一級品である。
 しかし、消耗品である魔石が供給されなければ、それはただのガラクタなのだ。

「おのれエリーゼ……。私のランプまで使えなくする気か!」

「で、殿下。どうしましょう? 職人を呼び出して、専用の魔石を削り出させますか? 特注になりますので、納期は一週間後、価格は市販品の二〇倍になりますが……」

 一週間、暗闇で過ごせというのか。
 しかも、たかが消耗品に二〇倍の値を払って?

「……くっ、くそぉぉぉッ!」

 私はプライドの象徴である黄金のランプを床に叩きつけた。

「買ってこい! アークライト製の、安っぽい量産型ランプを! 今すぐだ!」

     *

 アークライト商会、王都支店。

「毎度ありがとうございます~!」

 店員の元気な声と共に、王家の使いの者が顔を真っ赤にして、AIS規格対応・普及型魔導ランプを購入していきました。

 それを二階の窓から見下ろしていた私は、満足げに紅茶を啜りました。

「勝ちましたわね」

「ああ。まさか王太子が自ら、敵の規格品に頼るとはな」

 ルーカス殿下が、呆れたように笑います。

「モノを支配するとは、こういうことですわ。本体(ハード)を握る必要はありません。消耗品(ソフト)と、それを繋ぐ規格(インターフェース)さえ握ってしまえば、どんな権力者も私の手のひらの上」

 私は、手元にあるAIS規格の魔石を指先で弄びました。
 六角形の、シンプルで合理的な形状。
 この形が、今や世界中の灯りを支配しているのです。

「さて、灯りを奪った次は……、いよいよ本丸。彼らの足元を汚染して差し上げましょうか」

 私は視線を、王都を流れる大河へと移しました。
 ジェラルド殿下が計画しているという納涼船企画。

 その日が来るのを、私の可愛いスライムたちが、お腹を空かせて待っていますわ……。
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