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第28話:清算の時、そして最後の契約
(※ジェラルド視点)
魔導具安全法案(AIS-PSE法)の成立から三日後。
王国の経済は、完全にアークライト商会の規格で動いていた。
王都のすべての店は、AISマークのついた製品を仕入れなければ客が来ず、市民は安全と清潔を保証してくれるアークライトに絶大な信頼を寄せていた。
王太子宮殿の執務室にて、現在、私は目の前に積まれた大量の訴状と嘆願書に埋もれている。
すべて、王太子派の御用商人たちが、アークライト商会の規格によって廃業に追い込まれたという悲痛な訴えである。
「くそっ、このままでは王室の権威が地に落ちる! まだ手はあるはずだ!」
私は最後の頼みの綱として、王国の最高権力者である国王陛下に拝謁を求めることにした。
しかし、謁見室の扉が開いた時、そこにいたのは国王陛下だけではなかった。
「ごきげんよう、ジェラルド殿下。そして、国王陛下」
玉座の前、凛とした立ち姿で一礼したのは、エリーゼ・アークライトだった。
彼女の隣には、レイモンドが分厚い書類の束を抱えて控えている。
「な、なぜ貴様がここにいる! ここは王族の謁見の間だぞ!」
私は怒りに震えたが、国王陛下は静かに手を上げ、私を制した。
「ジェラルド。この場は、私とエリーゼ嬢との協議の場だ。下がっていなさい」
国王陛下は、疲れた顔で私を見つめた。
彼の目は、私を憎悪するのではなく、ただ事態の収拾を図りたいという理性的な光を宿している。
「エリーゼ嬢。君の行動は目に余る。経済、衛生、そして技術規格……、君はやりすぎだ。王家は、君の商会を王国への反逆罪で訴えることもできるのだぞ」
静かだが、玉座から発せられた言葉には、確かに王としての威厳があった。
「反逆、ですか。それは残念です」
エリーゼは動じず、冷静に切り返した。
「私はただ、契約に従って精算をしているだけです。そして、この精算は、国王陛下の名の下に交わされた契約に基づいています」
そう言って、彼女はレイモンドから一枚の羊皮紙を受け取り、国王陛下の目の前のテーブルに置いた。
それは、一年前に交わされた、エリーゼと私との婚約破棄の精算書の原本だった。
「ご覧ください、陛下。この第3条。『いかなる理由であれ、破棄の原因を作った側(王太子側)は、被破棄側(エリーゼ)が指定する、いかなる形の精算要求にも応じる』。そして、この文言は、陛下の御名と玉璽によって認証されています」
国王陛下は、その文言を見て、顔色を変えた。
当時の陛下は、エリーゼの権力を軽く見て、私との面倒な揉め事を一刻も早く終わらせたかったのだろう。
深く考えずに承認したに違いない……。
「王家が私に反逆罪を適用した場合、私はこの契約に基づいて、王家が負った損害賠償、および慰謝料の精算を要求する権利を行使します」
「……精算? 何を要求するつもりだ」
私は、恐怖に歪んだ顔で必死に声を絞り出した。
彼女は冷たい笑みを浮かべた。
「要求は一つです。この王国の公共事業に関するすべての決定権、および予算配分権限を、今後二〇年間、アークライト商会に委託してください」
「な……」
私は言葉を失った。
それは金銭でもなく、領地でもない。
それは、政治的権限そのものの要求だった。
「つまり、これ以上の水害を防ぐための治水事業、都市の再開発、鉄道網の拡張、魔導具開発への投資など、国の未来を決めるすべての事業は、ジェラルド殿下ではなく、合理的な判断ができる私が行うということです」
国王陛下は、静かに椅子に凭れかかり、大きくため息をついた。
「それは……、事実上の王権の一部譲渡だ」
「ご安心ください、陛下。王位を要求するつもりはありません。ただ、王国の経済活動を私利私欲ではなく、効率と合理性に基づいて運営したいだけです」
彼女は、冷静に王国の現状を突きつけた。
「殿下の時代遅れの判断と無為無策によって、王国は疫病寸前まで落ちぶれ、港は使えなくなり、産業は規格に縛られ動かなくなりました。これ以上、この国をジェラルド殿下の手に委ねておくのは、国王としての責務放棄ではありませんか?」
国王陛下は目を閉じ、深く考え込み始めた。
一方、私は、契約は無効だ、と叫びながら、彼女の胸倉を掴もうとしたが……、ルーカス殿下が静かに現れ、私の肩に手を置き、動きを封じた。
「ジェラルド。もう抵抗は無意味だ」
しばしの沈黙の後、国王陛下は目を開け、玉璽が押された精算書を指差した。
「……分かった。この契約に従おう。公共事業の決定権は、二〇年間、アークライト商会に委託する。ただし、代償として、君は王太子派に対する一切の訴訟を取り下げ、彼らの経済活動を不当に阻害しないと誓約しろ」
「はい、喜んで承諾いたします」
エリーゼは恭しく一礼した。
こうして、エリーゼ・アークライトは、正式に王国の、事実上の宰相となったのだった……。
*
精算書が回収され、静かに玉座の間を後にする私。
背後から、ジェラルド殿下の、裏切り者め許さんぞ、という悲痛な絶叫が聞こえてきましたが、もはやノイズにしか聞こえませんでした。
「これで、王国のすべてが私のものになりましたわね」
私はレイモンド様とルーカス殿下に微笑みかけました。
ここから、真の王国大改造計画が始まります。
すべては、婚約を破棄されたあの日の、合理的な決断のために……。
魔導具安全法案(AIS-PSE法)の成立から三日後。
王国の経済は、完全にアークライト商会の規格で動いていた。
王都のすべての店は、AISマークのついた製品を仕入れなければ客が来ず、市民は安全と清潔を保証してくれるアークライトに絶大な信頼を寄せていた。
王太子宮殿の執務室にて、現在、私は目の前に積まれた大量の訴状と嘆願書に埋もれている。
すべて、王太子派の御用商人たちが、アークライト商会の規格によって廃業に追い込まれたという悲痛な訴えである。
「くそっ、このままでは王室の権威が地に落ちる! まだ手はあるはずだ!」
私は最後の頼みの綱として、王国の最高権力者である国王陛下に拝謁を求めることにした。
しかし、謁見室の扉が開いた時、そこにいたのは国王陛下だけではなかった。
「ごきげんよう、ジェラルド殿下。そして、国王陛下」
玉座の前、凛とした立ち姿で一礼したのは、エリーゼ・アークライトだった。
彼女の隣には、レイモンドが分厚い書類の束を抱えて控えている。
「な、なぜ貴様がここにいる! ここは王族の謁見の間だぞ!」
私は怒りに震えたが、国王陛下は静かに手を上げ、私を制した。
「ジェラルド。この場は、私とエリーゼ嬢との協議の場だ。下がっていなさい」
国王陛下は、疲れた顔で私を見つめた。
彼の目は、私を憎悪するのではなく、ただ事態の収拾を図りたいという理性的な光を宿している。
「エリーゼ嬢。君の行動は目に余る。経済、衛生、そして技術規格……、君はやりすぎだ。王家は、君の商会を王国への反逆罪で訴えることもできるのだぞ」
静かだが、玉座から発せられた言葉には、確かに王としての威厳があった。
「反逆、ですか。それは残念です」
エリーゼは動じず、冷静に切り返した。
「私はただ、契約に従って精算をしているだけです。そして、この精算は、国王陛下の名の下に交わされた契約に基づいています」
そう言って、彼女はレイモンドから一枚の羊皮紙を受け取り、国王陛下の目の前のテーブルに置いた。
それは、一年前に交わされた、エリーゼと私との婚約破棄の精算書の原本だった。
「ご覧ください、陛下。この第3条。『いかなる理由であれ、破棄の原因を作った側(王太子側)は、被破棄側(エリーゼ)が指定する、いかなる形の精算要求にも応じる』。そして、この文言は、陛下の御名と玉璽によって認証されています」
国王陛下は、その文言を見て、顔色を変えた。
当時の陛下は、エリーゼの権力を軽く見て、私との面倒な揉め事を一刻も早く終わらせたかったのだろう。
深く考えずに承認したに違いない……。
「王家が私に反逆罪を適用した場合、私はこの契約に基づいて、王家が負った損害賠償、および慰謝料の精算を要求する権利を行使します」
「……精算? 何を要求するつもりだ」
私は、恐怖に歪んだ顔で必死に声を絞り出した。
彼女は冷たい笑みを浮かべた。
「要求は一つです。この王国の公共事業に関するすべての決定権、および予算配分権限を、今後二〇年間、アークライト商会に委託してください」
「な……」
私は言葉を失った。
それは金銭でもなく、領地でもない。
それは、政治的権限そのものの要求だった。
「つまり、これ以上の水害を防ぐための治水事業、都市の再開発、鉄道網の拡張、魔導具開発への投資など、国の未来を決めるすべての事業は、ジェラルド殿下ではなく、合理的な判断ができる私が行うということです」
国王陛下は、静かに椅子に凭れかかり、大きくため息をついた。
「それは……、事実上の王権の一部譲渡だ」
「ご安心ください、陛下。王位を要求するつもりはありません。ただ、王国の経済活動を私利私欲ではなく、効率と合理性に基づいて運営したいだけです」
彼女は、冷静に王国の現状を突きつけた。
「殿下の時代遅れの判断と無為無策によって、王国は疫病寸前まで落ちぶれ、港は使えなくなり、産業は規格に縛られ動かなくなりました。これ以上、この国をジェラルド殿下の手に委ねておくのは、国王としての責務放棄ではありませんか?」
国王陛下は目を閉じ、深く考え込み始めた。
一方、私は、契約は無効だ、と叫びながら、彼女の胸倉を掴もうとしたが……、ルーカス殿下が静かに現れ、私の肩に手を置き、動きを封じた。
「ジェラルド。もう抵抗は無意味だ」
しばしの沈黙の後、国王陛下は目を開け、玉璽が押された精算書を指差した。
「……分かった。この契約に従おう。公共事業の決定権は、二〇年間、アークライト商会に委託する。ただし、代償として、君は王太子派に対する一切の訴訟を取り下げ、彼らの経済活動を不当に阻害しないと誓約しろ」
「はい、喜んで承諾いたします」
エリーゼは恭しく一礼した。
こうして、エリーゼ・アークライトは、正式に王国の、事実上の宰相となったのだった……。
*
精算書が回収され、静かに玉座の間を後にする私。
背後から、ジェラルド殿下の、裏切り者め許さんぞ、という悲痛な絶叫が聞こえてきましたが、もはやノイズにしか聞こえませんでした。
「これで、王国のすべてが私のものになりましたわね」
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