殿下が婚約破棄してくれたおかげで泥船から脱出できました。さて、私がいなくなったあと、そちらは大丈夫なのでしょうか?

水上

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第36話:そして、合理の未来へ

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 第36話:そして、合理の未来へ

 私が国王陛下から委託された公共事業の決定権は、契約期間である二〇年を待たずして、返上されることになりました。

 王国のインフラは完璧に整備され、教育制度は刷新され、新しい世代の合理主義者が育ち始めています。
 私の支配は、もはやその目的を達成しました。

「ミリアム。貴女の次の役目は、私の後任です」

 私は、秘書官のミリアムに言いました。
 彼女は今や、国王陛下や財務大臣をも凌ぐ、王国の公共事業に関する知識と合理的判断力を持っています。

「王国の公共事業は、貴女が中心となり設立する、独立行政法人・合理政策委員会に移譲します。この委員会は、王族や貴族の政治的干渉を一切受けず、ただ国民の最大利益を合理的に追求することだけを目的とします」

 ミリアムは目を輝かせました。

「私のような平民が、王国の未来を?」

「ええ。貴族の血筋や情熱ではなく、貴女の論理こそが、この国を導くべきです」

 私は、自分が作った規格や法律、そして通信網のすべてを、ミリアムと新しい合理政策委員会に託しました。

 こうして私、エリーゼ・アークライトは、一国の支配権を、その絶頂期において自ら手放したのです。

     *

 後日。
 ジェラルド殿下が送られた辺境の修道院。

 修道院の庭で、ジェラルド殿下は、地面に穴を掘り、種芋を植える作業をしていました。

「殿下、休憩なさいませ」

 声をかけたのは、近くの村で農業を営むミア様でした。
 彼女は、質素な農作業着に身を包み、見違えるほど健康的で、生き生きとしています。

「ミア……、なぜ君がここに」

「私は、ジェラルド様と同じ過ちを犯しました。可愛さだけを求め、機能を見失った。だから、最初からやり直しているのです。この土から、すべてを」

 ミア様は、自分の手で設計し、製作した、効率的な小型耕運機を使って、見事に土を耕しました。

「殿下も、ご自分の手で、この土を耕してみてください。そうすれば、あのエリーゼ様が、なぜあんなにも数字や効率にこだわったのか、少しだけ理解できるかもしれません」

 ジェラルド殿下は、無言で鍬を握りしめました。
 彼の目には、かつての愚かさや傲慢さではなく、ただ、土に触れることの重みだけがありました。
 彼は、支配者としての役割を失ったことで、一人の人間としての再生の道を歩み始めていたのです。

     *

 そして、全てを終えた私、エリーゼ・アークライトは、一艘の商船に乗っていました。
 行先は、海図にも載っていない、遙か東方の未知の島々。

「エリーゼ、よかったのか? 王国の名誉宰相として、王都に留まることもできたんだぞ」

 私の隣には、船長となったルーカス殿下と、商会の幹部となったレイモンド様がいます。

「王都は、もう私がいなくても大丈夫です。私が作ったシステムが、自律的に動き続けていますから。これ以上の王国内の最適化は、私の仕事ではありません」

 私の王都での物語は、一つの大きな効率化プロジェクトでした。
 プロジェクトが完了した今、私は次の大きな挑戦を求めています。

「ルカ、レイモンド様。この世界には、まだ非合理な場所がたくさんありますわ」

 私は、水平線の彼方を指差しました。

「東方の島々は、まだインフラも通信網も未整備で、部族間の争いが絶えません。彼らは、王都と同じように、疫病や飢餓、そして非合理な慣習に苦しんでいます。そんな彼らから、私に直接依頼がありました」

 私の瞳には、新たな効率化の対象が輝いていました。

「私が行って、新しいインフラを提供し、グローバル・スタンダードな合理主義を教えて差し上げましょう。この世界のすべてを、論理的で、効率的で、そして清潔な場所にするために」

 私の野望は、もはや一国の枠に収まっていませんでした。

 船は、アークライト規格の魔導エンジンを唸らせ、力強く出航しました。
 去りゆく王国の夜空には、私が作った合理的な光が、規則正しく瞬いています。

 私、エリーゼ・アークライトの物語は、一人の王太子への復讐から、支配者としての統治へまで到りました。

 そして今は、素敵な仲間と共に歩む人生を、心から謳歌していました。
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