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第4話:泥水を啜る(浄化後)
領地経営の効率化に着手して数日。
私はギルバート様に同行し、領地南部の農村地帯を視察することになりました。
そこはオブシディアン領の中でも特に貧しい地域と聞いていましたが、現地に到着した私は、その原因を一目で理解しました。
「……水が、濁っていますね」
村の中央にある井戸。
そこから汲み上げられた水は、茶色く濁り、鼻をつく異臭を放っていました。
案内役の村長が、申し訳なさそうに頭を下げます。
「上流での土砂崩れ以降、ずっとこの調子でして。井戸を掘り直す金もなく、村の子供たちは腹を下し、熱を出す者が絶えません」
近くでは、顔色の悪い子供たちが、それでも喉の渇きに耐えかねて泥水を啜っています。
ギルバート様が痛ましげに顔を歪めました。
「すまない。俺の力が及ばぬばかりに……。すぐに清潔な水を運ばせる手配をするが、到着には時間がかかる」
村の集会所で行われた緊急会議でも、文官たちは頭を抱えていました。
「新しい水源を確保するための土木工事には、莫大な予算がかかります」
「王都へ支援を要請しても、今の財政状況では……」
「ない袖は振れません。我慢してもらうしか……」
諦めの空気が漂う中、私は静かに挙手しました。
「予算がないから諦める、ですか。ナンセンスですね」
会議室の視線が一斉に私に集まります。
「ないものねだりは子供のすることです。プロは今あるものの屈折率を計算して、光を曲げるのです」
私は窓の外、荒れた河原に広がる砂利と、工房から持参していたガラス管を指差しました。
「手持ちのカードで最高の結果を出すのが、私たちの仕事ですよ。……そこに大量にある砂利と、炭焼き小屋の炭。そして私のガラスがあれば、水などいくらでも作れます」
私は村の広場に即席の作業場を設けました。
用意させたのは、大小さまざまなサイズの砂利、川砂、そして木炭。
まずはこれらを洗浄し、私が持参した太いガラス管の中に層状に詰めていきます。
「いいですか、水の汚れは微粒子です。ならば、物理的に引っ掛けて取り除けばいいだけの話です」
一番下には粗い砂利。
その上に細かい砂利、川砂、そして砕いた木炭。
最後に布を被せます。
単純ですが、自然界の地層が雨水を濾過する仕組みを、ガラス管の中で再現したのです。
「リル様、本当にこんな砂や炭を通した水が飲めるんですか……? 余計に汚れるんじゃ……」
半信半疑の村人たちが見守る中、私は濁った井戸水をガラス管の上から注ぎ込みました。
茶色い水が、黒い炭の層、灰色の砂の層をゆっくりと通過していきます。
そして、ガラス管の下に設置したビーカーに、水滴が落ち始めました。
最初は少し濁っていましたが、数分もすると、落ちてくる水の色が変わりました。
「あ……」
誰かが息を呑みました。
そこに溜まっていたのは、無色透明の、澄み切った液体でした。
「お待たせしました。緩速濾過と吸着濾過のハイブリッド・システムです」
私はビーカーの水をコップに移し、自ら口をつけました。
冷たく、泥臭さは完全に消えています。
「問題ありません。おいしい水です」
私が飲み干すのを見て、子供たちがわっと駆け寄ってきました。
次々に濾過されていく透明な水を見て、少女の一人が目を輝かせます。
「わぁ……! キラキラしてる! 宝石みたい!」
子供たちは我先にとコップを差し出し、透明な水を啜り、その後一気に喉を鳴らして飲み干しました。
その顔に浮かぶのは、久しぶりの安堵の笑顔。
「おいしい! お腹痛くない!」
「すげぇ、魔法だ! お姉ちゃんは魔法使いなの!?」
子供たちに囲まれ、私は少しだけ頬を緩め、眼鏡を直しました。
「いいえ。これは魔法ではなく、科学です」
しかし、子供たちにとっては理屈などどうでもいいのでしょう。
「魔法使いのお姉ちゃん、ありがとう!」と抱きつかれ、私は慣れない感謝の熱量にたじろいでしまいました。
その様子を少し離れた場所で見ていたギルバート様が、静かに近づいてきました。
彼は出来上がった装置と、笑顔の領民たちを交互に見つめ、深く息を吐きました。
「……お前は、国一番の魔術師だ」
「ですから、魔法ではありません」
「いや、泥水を宝石に変え、絶望していた民に笑顔を取り戻した。これを魔法と呼ばずして何と呼ぶ」
彼は不器用な手つきで、私の頭にポンと手を置きました。
「ありがとう、リル。お前が来てくれて本当によかった」
その掌は大きく、温かく。
かつて王宮で地味な眼鏡女と嘲笑されていた私が、ここではたくさんの人から称えられている。
その事実が、胸の奥を少しだけくすぐったくさせました。
「……礼には及びません」
私は照れながら言いました。
そして、次の計画を練り始めました。
次は太陽光蒸留器でも設置しましょうか。
メンテナンスフリーで、より純度の高い水が作れるはずです。
辺境の地で、私の技術は確実に、人々の生活を変え始めていました。
私はギルバート様に同行し、領地南部の農村地帯を視察することになりました。
そこはオブシディアン領の中でも特に貧しい地域と聞いていましたが、現地に到着した私は、その原因を一目で理解しました。
「……水が、濁っていますね」
村の中央にある井戸。
そこから汲み上げられた水は、茶色く濁り、鼻をつく異臭を放っていました。
案内役の村長が、申し訳なさそうに頭を下げます。
「上流での土砂崩れ以降、ずっとこの調子でして。井戸を掘り直す金もなく、村の子供たちは腹を下し、熱を出す者が絶えません」
近くでは、顔色の悪い子供たちが、それでも喉の渇きに耐えかねて泥水を啜っています。
ギルバート様が痛ましげに顔を歪めました。
「すまない。俺の力が及ばぬばかりに……。すぐに清潔な水を運ばせる手配をするが、到着には時間がかかる」
村の集会所で行われた緊急会議でも、文官たちは頭を抱えていました。
「新しい水源を確保するための土木工事には、莫大な予算がかかります」
「王都へ支援を要請しても、今の財政状況では……」
「ない袖は振れません。我慢してもらうしか……」
諦めの空気が漂う中、私は静かに挙手しました。
「予算がないから諦める、ですか。ナンセンスですね」
会議室の視線が一斉に私に集まります。
「ないものねだりは子供のすることです。プロは今あるものの屈折率を計算して、光を曲げるのです」
私は窓の外、荒れた河原に広がる砂利と、工房から持参していたガラス管を指差しました。
「手持ちのカードで最高の結果を出すのが、私たちの仕事ですよ。……そこに大量にある砂利と、炭焼き小屋の炭。そして私のガラスがあれば、水などいくらでも作れます」
私は村の広場に即席の作業場を設けました。
用意させたのは、大小さまざまなサイズの砂利、川砂、そして木炭。
まずはこれらを洗浄し、私が持参した太いガラス管の中に層状に詰めていきます。
「いいですか、水の汚れは微粒子です。ならば、物理的に引っ掛けて取り除けばいいだけの話です」
一番下には粗い砂利。
その上に細かい砂利、川砂、そして砕いた木炭。
最後に布を被せます。
単純ですが、自然界の地層が雨水を濾過する仕組みを、ガラス管の中で再現したのです。
「リル様、本当にこんな砂や炭を通した水が飲めるんですか……? 余計に汚れるんじゃ……」
半信半疑の村人たちが見守る中、私は濁った井戸水をガラス管の上から注ぎ込みました。
茶色い水が、黒い炭の層、灰色の砂の層をゆっくりと通過していきます。
そして、ガラス管の下に設置したビーカーに、水滴が落ち始めました。
最初は少し濁っていましたが、数分もすると、落ちてくる水の色が変わりました。
「あ……」
誰かが息を呑みました。
そこに溜まっていたのは、無色透明の、澄み切った液体でした。
「お待たせしました。緩速濾過と吸着濾過のハイブリッド・システムです」
私はビーカーの水をコップに移し、自ら口をつけました。
冷たく、泥臭さは完全に消えています。
「問題ありません。おいしい水です」
私が飲み干すのを見て、子供たちがわっと駆け寄ってきました。
次々に濾過されていく透明な水を見て、少女の一人が目を輝かせます。
「わぁ……! キラキラしてる! 宝石みたい!」
子供たちは我先にとコップを差し出し、透明な水を啜り、その後一気に喉を鳴らして飲み干しました。
その顔に浮かぶのは、久しぶりの安堵の笑顔。
「おいしい! お腹痛くない!」
「すげぇ、魔法だ! お姉ちゃんは魔法使いなの!?」
子供たちに囲まれ、私は少しだけ頬を緩め、眼鏡を直しました。
「いいえ。これは魔法ではなく、科学です」
しかし、子供たちにとっては理屈などどうでもいいのでしょう。
「魔法使いのお姉ちゃん、ありがとう!」と抱きつかれ、私は慣れない感謝の熱量にたじろいでしまいました。
その様子を少し離れた場所で見ていたギルバート様が、静かに近づいてきました。
彼は出来上がった装置と、笑顔の領民たちを交互に見つめ、深く息を吐きました。
「……お前は、国一番の魔術師だ」
「ですから、魔法ではありません」
「いや、泥水を宝石に変え、絶望していた民に笑顔を取り戻した。これを魔法と呼ばずして何と呼ぶ」
彼は不器用な手つきで、私の頭にポンと手を置きました。
「ありがとう、リル。お前が来てくれて本当によかった」
その掌は大きく、温かく。
かつて王宮で地味な眼鏡女と嘲笑されていた私が、ここではたくさんの人から称えられている。
その事実が、胸の奥を少しだけくすぐったくさせました。
「……礼には及びません」
私は照れながら言いました。
そして、次の計画を練り始めました。
次は太陽光蒸留器でも設置しましょうか。
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