「地味な眼鏡女」と婚約破棄されましたが、この国は私の技術で保たれていたようです

水上

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第6話:凍える冬と嵐の予兆

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 辺境の冬は、物理的な暴力性を伴ってやってきます。

 外気温は氷点下を大きく割り込み、吐く息は瞬時に凍りつく。
 そんな季節の到来を、私の机の上に置いた小さな瓶が予言していました。

「……結晶の成長速度が異常ですね。樟脳の析出パターンから見て、大規模な寒波と暴風雪が接近しています」

 私が観察しているのはストームグラス(結晶予報器)。

 ガラス瓶の中にエタノールや樟脳を溶かした溶液を封入したもので、気圧や温度、電位変化に反応して美しい結晶を作り出す装置です。

 今、瓶の中は白い羽のような結晶で埋め尽くされようとしていました。

「リル、孤児院から緊急の要請だ。暖炉を焚いても部屋が温まらないらしい」

 部屋に入ってきたギルバート様が、深刻な顔で告げました。

「古い建物だ。木の雨戸を閉めても隙間風が入ってくる。子供たちが風邪を引く前に、どこか別の場所へ避難させるべきか……」

「避難? その必要はありません。熱が逃げる穴を塞げばいいだけの話です」

 私はストームグラスを手に立ち上がりました。
 熱力学の法則に従い、この冬を制御して見せましょう。

 孤児院に到着すると、そこはかなりの寒さでした。

 子供たちは毛布にくるまり、震えながら白い息を吐いています。
 窓には木の板が打ち付けられていますが、歪んだ隙間から冷気が容赦なく吹き込んでいました。

「これでは、いくら暖炉で熱エネルギーを供給しても、すべて窓から散逸してしまいます。エネルギー保存の法則に対する冒涜ですね」

 私は即座に、馬車に積んであった特製の建材を運び込ませました。

「えっ、リル様? 窓を外して……、ガラスにするんですか? ガラスなんて薄いもの、余計に寒くなるんじゃ……」

 シスターが不安そうに声を上げましたが、私は構わず作業を指示しました。
 私が用意したのは、ただの板ガラスではありません。

「これは複層ガラスです。二枚のガラス板の間に、空気を封入し、密封してあります」

 空気は、実は極めて優秀な断熱材です。

 ただし、対流してしまうと熱を運んでしまう。
 だからこそ、狭いガラスの間に閉じ込め、動きを封じることで断熱層を作り出すのです。

 作業は数時間で完了しました。
 木の雨戸を取り払い、透明なガラス窓をはめ込むと、部屋の中に冬の柔らかい日差しが差し込みました。

「……あれ?」

 子供の一人が顔を上げました。

「寒くない……?」

 当然です。

 隙間風は遮断され、複層ガラスが外気との熱交換を最小限に抑えています。
 暖炉の熱は部屋の中に留まり、さらに窓から入る太陽光の輻射熱が温室効果をもたらします。

 室温計の数値が、ぐんぐんと上昇していきました。

「すごい! ポカポカする!」

「お日様が当たって温かいよー!」

 毛布を脱ぎ捨て、窓辺に集まってガラスにへばりつく子供たち。
 その光景を見て、シスターも涙ぐんでいます。

「毎年、この時期は誰かが風邪をこじらせて命の危機に瀕することもあったのに……。これなら、今年の冬は誰も失わずに済みそうです」

 感謝の言葉に、私は少しだけ口元を緩めました。

「まだ安心するのは早いです。……ギルバート様、例の予報通りになります」

 私は窓辺に設置したストームグラスを指差しました。
 瓶の中の結晶は、数時間前よりもさらに大きく、鋭く成長していました。

「今夜、大型のブリザードが来ます。外に出れば一瞬で体温を奪われるレベルの」

「……分かった」

 ギルバート様は即座に頷き、部下たちに指示を飛ばしました。

「全世帯に薪と食料の追加配給だ! 日没までに完了させろ! 特に独り暮らしの老人の家は重点的に回れ!」

「はっ!」

「それから、今夜の炊き出しは根菜とベーコンのミルクスープにする。体を芯から温め、免疫力を高めるメニューだ。大量に作って各家庭に配れ!」

 彼の判断は迅速でした。

 私の予測と、彼の実行力。
 この二つが噛み合った時、自然の脅威さえもリスクマネジメントの範疇に収まります。

 その夜、予報通り猛烈な吹雪が領地を襲いました。

 唸りを上げる暴風。
 叩きつける雪。

 しかし、領民たちの家の中は平穏でした。

 孤児院では、子供たちが私の作った断熱窓の向こうで荒れ狂う雪を眺めながら、ギルバート様が手配した温かいスープを啜っています。

「外はすごい音だね」

「でも中は静かで温かいね」

「リルお姉ちゃんのガラスと、領主様のスープのおかげだね」

 その様子を見届けた後、私たちは領主館の執務室に戻りました。
 暖炉の前で、ギルバート様が私にホットワインを手渡してくれました。

「……被害報告はゼロだ。家屋の倒壊も、凍死者もいない。お前の予報のおかげだ、リル」

「私はガラスの中の様子を伝えただけです。それを信じて、完璧なロジスティクスを展開したのは貴方ですよ」

 グラスを傾けると、スパイスの香りが鼻腔をくすぐります。

 窓の外では嵐が吹き荒れていますが、ここには確かな安全と信頼がありました。

 私は、自分が守りたかったものが、ガラス一枚隔てた向こう側だけではなく、この内側の温かさそのものだったのだと実感していました。

「……そういえば」

 ふと、王都の方角を見つめます。
 王都で起こりうる様々なことを少し考えていました。

「……まあ、私には関係のないことですか」

 私はワインを飲み干し、思考を遮断しました。
 今はただ、この温かい場所を守ることだけを考えればいいのですから。
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