捨てられた地味な王宮修復師(実は有能)、強面辺境伯の栄養管理で溺愛され、辺境を改革する ~王都の貴重な物が失われても知りませんよ?~

水上

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第25話:王家の向き

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 数日後、王都から再び使者がやってきた。
 今度は前回の脅迫めいた口頭伝達とは違い、厳重な警備と共に、巨大な木箱が運び込まれた。

「ジェラルド・ファン・ベルク辺境伯、および修復師リディア・クロワに告ぐ!」

 使者の男は、王家の紋章が入った書状を高らかに読み上げた。

「王太子殿下より、王家の至宝である初代国王の騎馬像の修復を命じる。来月の建国記念式典にて披露するため、期限は二週間とする。……なお、失敗および遅延は王家への反逆とみなし、厳罰に処すものとする!」

 一方的な命令。
 しかも、通常なら数ヶ月はかかる修復作業を、たった二週間で行えという。
 明らかに、失敗させてリディアを罪に問うための罠だ。

「……ふざけた真似を」

 ジェラルドの全身から、どす黒い殺気が立ち昇る。
 その場の室温が氷点下まで下がり、使者の男が「ひっ」と後ずさる。

「期限の設定が非現実的だ。それに、そのような重要文化財を、なぜ王宮お抱えの修復師に任せない?」

「そ、それは……、彼らが皆、急病で倒れたからだ!」

 嘘だ。
 リディアが育て、あるいは守ってきた職人たちを追放し、安く使える三流の技術者に入れ替えた結果、誰も手が付けられなくなったのだろう。

「お受けします」

 殺伐とした空気を切り裂いたのは、リディアの澄んだ声だった。

「リディア? 正気か。これは罠だぞ」

「ええ。ですが、至宝が傷んでいるのなら、放っておけません。……まずは、状態を確認させてください」

 リディアの指示で、木箱が開けられた。

 現れたのは、百号サイズの大画面に描かれた、威風堂々たる初代国王の騎馬像だった。
 白馬に跨り、剣を掲げた英雄の姿。
 確かに、百年以上の時を経た油彩画特有のひび割れが見られる。

「……ほう。これがあの伝説の名画か」

 ジェラルドが感心したように唸る。
 使者は勝ち誇ったように鼻を鳴らした。

「どうだ、恐れ入ったか。この国で最も価値ある絵画だ。傷一つ付ければ極刑だぞ」

 リディアは無言で絵の前に立ち、ルーペも出さずにじっと全体を眺めた。

 彼女の視線が、国王の顔、そして光の当たり方をなぞっていく。
 そして、わずか数秒後。
 彼女はくるりと振り返り、困ったような笑顔で使者に告げた。

「あの……、使者様。一つお尋ねしてもよろしいですか?」

「なんだ? 今さら自信がないなどと言うなよ」

「いいえ。……なぜ、このような偽物を、至宝としてお持ちになったのですか?」

 時が止まった。
 使者は目を剥き、口をパクパクさせた。

「な、な、何を……!? 貴様、王家の至宝を偽物呼ばわりする気か! 不敬罪で即刻処刑だぞ!」

「ですが、事実です」

 リディアは静かに、絵画を指差した。

「美術史の基本ですが、この国の王家公式の肖像画には、絶対的なルールがあります。それは、光は常に右から当たる』というものです」

「ひ、光……?」

「はい。伝統的に右は正義や神の加護を意味し、王の顔は右を向き、光も右上方から降り注ぐ構図で描かれます。歴代の王の肖像画はすべてそうです。……ですが」

 リディアは目の前の絵画を示した。

「この絵の国王陛下は、左を向いていらっしゃいます。そして光も左から当たっています。……これは構図としてあり得ません。王家の歴史を知る画家なら、絶対に犯さない初歩的なミスです」

 使者の顔色から血の気が引いていく。
 リディアはさらに追い打ちをかけた。

「恐らく、これは後世の画家が、版画を参考にして描いた習作か、あるいは王家の権威を知らない異国の贋作師が描いたものでしょう。絵具の状態も、百年前にしては新しすぎます」

 彼女はジェラルドを見上げた。

「ジェラルド様。こんな偽物を修復しても、建国記念式典で恥をかくのは王太子殿下です。王家の伝統も知らない無知な王太子と、諸外国の笑い者になってしまいます」

「……なるほど。それは大問題だな」

 ジェラルドはニヤリと笑い、リディアの意図を完全に理解した。
 彼は使者の肩に、岩のような手を置いた。

「おい。聞いたな? 我が領の誇る鑑定士が偽物と断定した。……ということは、本物はどこに行ったんだ?」

 ギチリ、と肩の骨が鳴る。

「もしかして、王宮の誰かが本物を横領して売り払い、代わりにこんな安っぽい偽物を飾っていたのか? ……それを修復しろとは、我々を共犯にする気か?」

「ひっ、ひぃぃっ!!」

 使者はガタガタと震え出した。

 彼自身も知らなかったのだろう。
 あるいは薄々感づいていたか。
 いずれにせよ、リディアの論理的な指摘によって、修復失敗の罪を着せるはずが、王宮の横領疑惑という巨大なブーメランとなって返ってきたのだ。

「り、リディア殿! こ、これは何かの間違いで……!」

「間違いかどうかは、専門家が見れば一目瞭然です」

 リディアは優雅に微笑み、その場でサラサラと鑑定書を書き上げた。

「修復はお断りします。……代わりに、この鑑定書をお持ち帰りください。『至宝はすでにすり替えられている可能性が高い。至急、側近たちの身辺調査をされたし』と記しておきました」

 それは、修復師としての誠実な助言という皮を被った、王太子の無能さを指摘する痛烈な皮肉だった。

「も、持ち帰らせていただくっ! し、失礼する!」

 使者は逃げるように木箱を担がせ、嵐のように去っていった。
 二週間というデッドラインは、彼らが本物を探す(あるいは偽物である言い訳を考える)ための地獄のカウントダウンへと変わったのだ。

「……ふっ、ははは!」

 屋敷に静寂が戻ると、ジェラルドが堪えきれずに笑い出した。

「痛快だ! 右向きのルール一つで、王太子を窮地に追い込むとはな。……やはり君は優秀だな」

「嘘つきは、いつか必ず自滅するものです」

「ああ。奴らが自滅する様を、特等席で見物させてもらおう」

 ジェラルドは上機嫌で、リディアの頭を撫でた。
 王宮からの悪意ある依頼は、リディアの知識によって跳ね返され、王都の混乱を加速させる火種となったのだった。
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