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第27話:壊れた彫像
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それは、陰湿極まりない当たり屋的行為だった。
ある日、辺境伯邸に王都の国立博物館から緊急の使者が訪れた。
用件は、損害賠償請求。
先日、博物館の改装に伴い、一部の展示品が一時的に辺境へ貸与されることになり、その輸送中に貴重な大理石像の腕が折れたというのだ。
「責任は輸送の監修を行ったリディア・クロワにある! 梱包が杜撰だったせいで、国宝級の彫像が破壊されたのだ! 賠償金として金貨一万枚を支払え!」
使者の男は、折れた彫像の腕である右腕部分をテーブルにドンと置き、唾を飛ばしてまくし立てた。
明らかに、王太子一派による嫌がらせだ。
金貨一万枚など、小国の国家予算に匹敵する。
払えなければリディアを奴隷として引き渡せ、とでも言うつもりだろう。
「……なるほど。私の領地へ運ぶ途中で壊れた、と」
ジェラルドは感情の読めない顔で、折れた腕を見つめていた。
だが、その膝の上で組まれた指は、白くなるほど強く握りしめられている。
「輸送業者は我が領地が誇る精鋭たちだ。リディアの指導の下、振動対策も温度管理も完璧に行っていたはずだ。……それが壊れるとは、よほどの事態だな」
「そ、そうです! 予期せぬ揺れがあったにせよ、梱包が甘かった証拠でしょう!」
使者が鼻息荒く主張する。
リディアは静かに立ち上がり、証拠品として持ち込まれた本体と折れた腕の前に進み出た。
彫像は弓を引く狩人。
白大理石で作られた美しい像だが、今は右肩から先が無残に脱落している。
「……拝見します」
リディアは手袋をはめ、慎重に破断面を観察した。
もし輸送中の衝撃で折れたのなら、断面はザラザラとして白く、新鮮な結晶の輝きがあるはずだ。
だが、リディアの目は、断面の中心にある異物を捉えていた。
(……やはり、そういうことですか)
リディアはルーペを取り出し、断面の中央に埋め込まれている金属片と、周囲に付着している黄色い樹脂のようなものを凝視した。
彼女は顔を上げ、冷静に告げた。
「使者様。この像がいつ折れたか、ご存知ですか?」
「はぁ? 輸送中の三日前だろうが!」
「いいえ。……少なくとも、五十年以上前です」
リディアの言葉に、使者が固まる。
「な、何を……」
「断面をご覧ください。中心に錆びた鉄の棒が埋まっていますね? これはカスガイというもので、石同士を繋ぎ止めるための補強材です」
リディアはピンセットで、断面の周囲を指し示した。
「そして、この黄色く変色した物質。これは松脂と蜜蝋を混ぜた、古い時代の接着剤です。……つまり、この像は過去に一度腕が折れており、その時に鉄芯と接着剤で修理されていたのです」
彼女はジェラルドの方を向き、解説を続けた。
「鉄は酸化すると膨張します。内部の鉄芯が錆びて膨らみ、内側から石を圧迫していた状態でした。そこへ輸送の振動が加わり、古くなって接着力を失っていた松脂が剥がれた……。いわば、寿命による自然剥離です」
リディアは使者に向き直り、決定的な一言を放った。
「輸送のミスではありません。半世紀前の杜撰な修復と、それを放置して完品として送りつけてきた博物館側の管理責任です。……最初から壊れかけていた品を押し付け、新品同様の賠償金を請求するなんて、詐欺と言われても仕方ありませんよ?」
論理的かつ科学的な反証。
使者の顔色は、赤から青へ、そして土気色へと変わっていった。
彼らも知らなかったのかもしれない。
表面の繋ぎ目はパテで綺麗に隠されていたため、プロの目で見なければ過去の修復歴など分からなかっただろう。
「そ、そんな……、まさか……」
「まさかも何も、証拠がここにある」
ジェラルドが立ち上がった。
その影が、使者を飲み込む。
「瑕疵ある品を送りつけ、あまつさえ私の大事なパートナーを犯罪者呼ばわりした罪……、どう償ってもらおうか」
ジェラルドは折れた腕を拾い上げ、使者の目の前に突きつけた。
「これは当たり屋と同じだ。貴様らがやっていることは、壊れかけの馬車でわざとぶつかってくるチンピラと変わらん」
低い音が響く。
ジェラルドが折れた腕をテーブルに突き立てたのだ。
「金貨一万枚だったか? ……よろしい。逆にこちらから、精神的苦痛と名誉毀損、およびこのガラクタの処分費用として同額を請求する訴状を用意しよう。王都の裁判所で会えるのを楽しみにしているぞ」
「ひっ、ひぃぃぃっ!!」
使者は悲鳴を上げ、這うようにして逃げ出した。
王太子側は、金を得るどころか、またしても新たな負債と恥を抱えることになったのだ。
「……やれやれ。次から次へと、よくもまあ飽きずに仕掛けてくるものだ」
ジェラルドは呆れたように肩を竦め、リディアを見た。
リディアは、折れた大理石像を悲しげに見つめていた。
「かわいそうに……。鉄のカスガイなんて使ったら、錆びて石を割ってしまうのは常識なのに」
「昔の職人が無知だったのか?」
「いえ、予算がなくて、とりあえず繋げればいいという応急処置だったのかもしれません」
リディアが力のない声でそう言うと、ジェラルドがそっと彼女の背中に手を添えた。
「気に病む必要はない。この像の本当の病巣を見抜いたんだからな。……君なら、直せるか?」
「はい。錆びた鉄芯を取り除き、ステンレスかチタンの芯に入れ替えて、正しい樹脂で接着すれば……元の美しい姿に戻せます」
リディアの瞳に、職人としての光が戻る。
「やってみます。この像に罪はありませんから」
「ああ。頼む。……君の手にかかれば、どんな壊れたものも蘇るな」
ジェラルドは、リディアの手を優しく握った。
その手は、かつて王宮で使い潰されそうになっていたリディア自身を、見事に再生させた手でもあった。
王都からの悪意は尽きないが、それを跳ね返すたびに、二人の絆と、辺境の技術力は強固になっていく。
リディアは早速、道具箱を取りに行こうと軽やかに歩き出した。
その後ろ姿を、ジェラルドはいつまでも愛おしげに見守っていた。
ある日、辺境伯邸に王都の国立博物館から緊急の使者が訪れた。
用件は、損害賠償請求。
先日、博物館の改装に伴い、一部の展示品が一時的に辺境へ貸与されることになり、その輸送中に貴重な大理石像の腕が折れたというのだ。
「責任は輸送の監修を行ったリディア・クロワにある! 梱包が杜撰だったせいで、国宝級の彫像が破壊されたのだ! 賠償金として金貨一万枚を支払え!」
使者の男は、折れた彫像の腕である右腕部分をテーブルにドンと置き、唾を飛ばしてまくし立てた。
明らかに、王太子一派による嫌がらせだ。
金貨一万枚など、小国の国家予算に匹敵する。
払えなければリディアを奴隷として引き渡せ、とでも言うつもりだろう。
「……なるほど。私の領地へ運ぶ途中で壊れた、と」
ジェラルドは感情の読めない顔で、折れた腕を見つめていた。
だが、その膝の上で組まれた指は、白くなるほど強く握りしめられている。
「輸送業者は我が領地が誇る精鋭たちだ。リディアの指導の下、振動対策も温度管理も完璧に行っていたはずだ。……それが壊れるとは、よほどの事態だな」
「そ、そうです! 予期せぬ揺れがあったにせよ、梱包が甘かった証拠でしょう!」
使者が鼻息荒く主張する。
リディアは静かに立ち上がり、証拠品として持ち込まれた本体と折れた腕の前に進み出た。
彫像は弓を引く狩人。
白大理石で作られた美しい像だが、今は右肩から先が無残に脱落している。
「……拝見します」
リディアは手袋をはめ、慎重に破断面を観察した。
もし輸送中の衝撃で折れたのなら、断面はザラザラとして白く、新鮮な結晶の輝きがあるはずだ。
だが、リディアの目は、断面の中心にある異物を捉えていた。
(……やはり、そういうことですか)
リディアはルーペを取り出し、断面の中央に埋め込まれている金属片と、周囲に付着している黄色い樹脂のようなものを凝視した。
彼女は顔を上げ、冷静に告げた。
「使者様。この像がいつ折れたか、ご存知ですか?」
「はぁ? 輸送中の三日前だろうが!」
「いいえ。……少なくとも、五十年以上前です」
リディアの言葉に、使者が固まる。
「な、何を……」
「断面をご覧ください。中心に錆びた鉄の棒が埋まっていますね? これはカスガイというもので、石同士を繋ぎ止めるための補強材です」
リディアはピンセットで、断面の周囲を指し示した。
「そして、この黄色く変色した物質。これは松脂と蜜蝋を混ぜた、古い時代の接着剤です。……つまり、この像は過去に一度腕が折れており、その時に鉄芯と接着剤で修理されていたのです」
彼女はジェラルドの方を向き、解説を続けた。
「鉄は酸化すると膨張します。内部の鉄芯が錆びて膨らみ、内側から石を圧迫していた状態でした。そこへ輸送の振動が加わり、古くなって接着力を失っていた松脂が剥がれた……。いわば、寿命による自然剥離です」
リディアは使者に向き直り、決定的な一言を放った。
「輸送のミスではありません。半世紀前の杜撰な修復と、それを放置して完品として送りつけてきた博物館側の管理責任です。……最初から壊れかけていた品を押し付け、新品同様の賠償金を請求するなんて、詐欺と言われても仕方ありませんよ?」
論理的かつ科学的な反証。
使者の顔色は、赤から青へ、そして土気色へと変わっていった。
彼らも知らなかったのかもしれない。
表面の繋ぎ目はパテで綺麗に隠されていたため、プロの目で見なければ過去の修復歴など分からなかっただろう。
「そ、そんな……、まさか……」
「まさかも何も、証拠がここにある」
ジェラルドが立ち上がった。
その影が、使者を飲み込む。
「瑕疵ある品を送りつけ、あまつさえ私の大事なパートナーを犯罪者呼ばわりした罪……、どう償ってもらおうか」
ジェラルドは折れた腕を拾い上げ、使者の目の前に突きつけた。
「これは当たり屋と同じだ。貴様らがやっていることは、壊れかけの馬車でわざとぶつかってくるチンピラと変わらん」
低い音が響く。
ジェラルドが折れた腕をテーブルに突き立てたのだ。
「金貨一万枚だったか? ……よろしい。逆にこちらから、精神的苦痛と名誉毀損、およびこのガラクタの処分費用として同額を請求する訴状を用意しよう。王都の裁判所で会えるのを楽しみにしているぞ」
「ひっ、ひぃぃぃっ!!」
使者は悲鳴を上げ、這うようにして逃げ出した。
王太子側は、金を得るどころか、またしても新たな負債と恥を抱えることになったのだ。
「……やれやれ。次から次へと、よくもまあ飽きずに仕掛けてくるものだ」
ジェラルドは呆れたように肩を竦め、リディアを見た。
リディアは、折れた大理石像を悲しげに見つめていた。
「かわいそうに……。鉄のカスガイなんて使ったら、錆びて石を割ってしまうのは常識なのに」
「昔の職人が無知だったのか?」
「いえ、予算がなくて、とりあえず繋げればいいという応急処置だったのかもしれません」
リディアが力のない声でそう言うと、ジェラルドがそっと彼女の背中に手を添えた。
「気に病む必要はない。この像の本当の病巣を見抜いたんだからな。……君なら、直せるか?」
「はい。錆びた鉄芯を取り除き、ステンレスかチタンの芯に入れ替えて、正しい樹脂で接着すれば……元の美しい姿に戻せます」
リディアの瞳に、職人としての光が戻る。
「やってみます。この像に罪はありませんから」
「ああ。頼む。……君の手にかかれば、どんな壊れたものも蘇るな」
ジェラルドは、リディアの手を優しく握った。
その手は、かつて王宮で使い潰されそうになっていたリディア自身を、見事に再生させた手でもあった。
王都からの悪意は尽きないが、それを跳ね返すたびに、二人の絆と、辺境の技術力は強固になっていく。
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