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第34話:最後の罠
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大広間の照明が全て落とされ、辺境伯邸は深い闇に包まれた。
「な、なんだ!? 暗殺か!? 衛兵! 衛兵はどこだ! 私を守れ!」
アルフレッド王太子の情けない悲鳴が響き渡る。
暗闇の中で、ドレスの衣擦れの音や、椅子を倒す音が錯綜し、パニックが広がりかけた。
「……静粛に願おう」
闇を切り裂いたのは、ジェラルドの重低音だった。
大声を張り上げたわけではない。
だが、腹の底に響くその声には、有無を言わせぬ絶対的な強制力があった。
一瞬にして、騒乱が収まる。
「リディア。……始めてくれ」
ジェラルドの合図と共に、闇の中に小さな光が灯った。
カチッ、というスイッチ音。
リディアの手元にあるランプから放たれたのは、通常の黄色い明かりではなく、神秘的な青紫色の光線だった。
「ひっ……、なんだその不気味な光は!」
アルフレッドが後ずさる気配がする。
リディアは静かに語りかけた。
「怖がる必要はありません、殿下。これは魔術ではなく、ただの科学です」
彼女はランプを掲げた。
青白い光が、彼女の冷静な顔と、眼鏡のレンズを不気味に照らし出す。
「このランプは、特定の波長の紫外線――目には見えにくい光を放出しています。一部の鉱物は、この光を浴びるとエネルギーを吸収し、自ら発光する蛍光現象を起こします」
リディアは、ミナが持ち込んだリディアのサイン入り贋作の前に立った。
「私は、自分の作品の署名と、絵の最下層に使う溶き油に、ある特殊な鉱物の粉末を混ぜています。……それは、蛍石です」
彼女は記者たちの方を向き、説明を続けた。
「蛍石は、この光を当てると青白く発光します。これは私だけの秘密の刻印。……私の手による本物の絵画であれば、光の下で必ず証拠が浮かび上がる仕掛けになっています」
「そ、そんなのハッタリですわ!」
闇の中からミナの金切り声が聞こえた。
「口から出まかせを! そんな仕掛け、聞いたこともありません!」
「ええ、誰にも言っていませんから。……贋作師に真似されないための防衛策です」
リディアは躊躇なく、ランプの光をミナが持ち込んだ絵画に向けた。
しかし、何も起きなかった。
キャンバスは単に青紫色の光に照らされているだけで、文字が光ることも、何かが浮かび上がることもない。
ただの黒いインクが、沈黙を守っているだけだ。
「……ご覧の通りです」
リディアの声が、闇の中で冷徹に響く。
「光りません。つまり、このサインに使われている絵具には、私の特殊な調合油は含まれていません。……誰かが私の名前を勝手に書き足した、真っ赤な偽物だという証明です」
会場から「おお……」というどよめきが起こる。
科学的なトリックによる証明は、感情的な言い訳よりも遥かに説得力があった。
「う、嘘よ! たまたま! そう、たまたまその絵だけ入れ忘れたのかもしれないじゃない!」
ミナが苦し紛れの言い訳を叫ぶ。
アルフレッドもそれに乗っかった。
「そ、そうだ! そのランプ自体がインチキなのだ! 光るインクなど存在しない! 我々を暗闇で惑わせる詐術だ!」
二人の必死な否定。
だが、リディアはそれを待っていたかのように、口角を上げた。
暗闇の中で浮かぶその笑みは、美しいと同時に、獲物を追い詰めた狩人のように冷ややかだった。
「……なるほど。では、このランプが本物であることを証明しなければなりませんね」
リディアはランプの光を動かした。
光の先が、アルフレッドたちが王都から持参した、もう一枚の絵画に向けられる。
「ミナ様。そこに飾られているのは、確か……、あなたがご自分で描いたと主張なさっている絵画ですよね?」
それは、ミナが「私の才能を見て!」と自慢するために持参した、美しい花瓶の花を描いた静物画だった。
確かに筆致は素晴らしく、ミナの実力を証明する自慢の品だ。
「え、ええ、そうですわ! 私が描いた最高傑作です! リディア様の描く陰気な絵とは違いますの!」
「そうですか。あなたが描いたのなら、当然、私の特殊な油は使われていないはずですね」
リディアの一言に、ミナが息を呑んだ。
罠だ、と気づいた時にはもう遅い。
「もし、あなたが描いたというその絵から、私の刻印が浮かび上がったら……、それはどういう意味になるでしょうか?」
リディアは、ゆっくりと、死刑執行の斧を振り下ろすように、ランプをその絵画に向けた。
「さあ、光の下で答え合わせをしましょう」
青紫の光線が、ミナの最高傑作を射抜いた。
「な、なんだ!? 暗殺か!? 衛兵! 衛兵はどこだ! 私を守れ!」
アルフレッド王太子の情けない悲鳴が響き渡る。
暗闇の中で、ドレスの衣擦れの音や、椅子を倒す音が錯綜し、パニックが広がりかけた。
「……静粛に願おう」
闇を切り裂いたのは、ジェラルドの重低音だった。
大声を張り上げたわけではない。
だが、腹の底に響くその声には、有無を言わせぬ絶対的な強制力があった。
一瞬にして、騒乱が収まる。
「リディア。……始めてくれ」
ジェラルドの合図と共に、闇の中に小さな光が灯った。
カチッ、というスイッチ音。
リディアの手元にあるランプから放たれたのは、通常の黄色い明かりではなく、神秘的な青紫色の光線だった。
「ひっ……、なんだその不気味な光は!」
アルフレッドが後ずさる気配がする。
リディアは静かに語りかけた。
「怖がる必要はありません、殿下。これは魔術ではなく、ただの科学です」
彼女はランプを掲げた。
青白い光が、彼女の冷静な顔と、眼鏡のレンズを不気味に照らし出す。
「このランプは、特定の波長の紫外線――目には見えにくい光を放出しています。一部の鉱物は、この光を浴びるとエネルギーを吸収し、自ら発光する蛍光現象を起こします」
リディアは、ミナが持ち込んだリディアのサイン入り贋作の前に立った。
「私は、自分の作品の署名と、絵の最下層に使う溶き油に、ある特殊な鉱物の粉末を混ぜています。……それは、蛍石です」
彼女は記者たちの方を向き、説明を続けた。
「蛍石は、この光を当てると青白く発光します。これは私だけの秘密の刻印。……私の手による本物の絵画であれば、光の下で必ず証拠が浮かび上がる仕掛けになっています」
「そ、そんなのハッタリですわ!」
闇の中からミナの金切り声が聞こえた。
「口から出まかせを! そんな仕掛け、聞いたこともありません!」
「ええ、誰にも言っていませんから。……贋作師に真似されないための防衛策です」
リディアは躊躇なく、ランプの光をミナが持ち込んだ絵画に向けた。
しかし、何も起きなかった。
キャンバスは単に青紫色の光に照らされているだけで、文字が光ることも、何かが浮かび上がることもない。
ただの黒いインクが、沈黙を守っているだけだ。
「……ご覧の通りです」
リディアの声が、闇の中で冷徹に響く。
「光りません。つまり、このサインに使われている絵具には、私の特殊な調合油は含まれていません。……誰かが私の名前を勝手に書き足した、真っ赤な偽物だという証明です」
会場から「おお……」というどよめきが起こる。
科学的なトリックによる証明は、感情的な言い訳よりも遥かに説得力があった。
「う、嘘よ! たまたま! そう、たまたまその絵だけ入れ忘れたのかもしれないじゃない!」
ミナが苦し紛れの言い訳を叫ぶ。
アルフレッドもそれに乗っかった。
「そ、そうだ! そのランプ自体がインチキなのだ! 光るインクなど存在しない! 我々を暗闇で惑わせる詐術だ!」
二人の必死な否定。
だが、リディアはそれを待っていたかのように、口角を上げた。
暗闇の中で浮かぶその笑みは、美しいと同時に、獲物を追い詰めた狩人のように冷ややかだった。
「……なるほど。では、このランプが本物であることを証明しなければなりませんね」
リディアはランプの光を動かした。
光の先が、アルフレッドたちが王都から持参した、もう一枚の絵画に向けられる。
「ミナ様。そこに飾られているのは、確か……、あなたがご自分で描いたと主張なさっている絵画ですよね?」
それは、ミナが「私の才能を見て!」と自慢するために持参した、美しい花瓶の花を描いた静物画だった。
確かに筆致は素晴らしく、ミナの実力を証明する自慢の品だ。
「え、ええ、そうですわ! 私が描いた最高傑作です! リディア様の描く陰気な絵とは違いますの!」
「そうですか。あなたが描いたのなら、当然、私の特殊な油は使われていないはずですね」
リディアの一言に、ミナが息を呑んだ。
罠だ、と気づいた時にはもう遅い。
「もし、あなたが描いたというその絵から、私の刻印が浮かび上がったら……、それはどういう意味になるでしょうか?」
リディアは、ゆっくりと、死刑執行の斧を振り下ろすように、ランプをその絵画に向けた。
「さあ、光の下で答え合わせをしましょう」
青紫の光線が、ミナの最高傑作を射抜いた。
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