捨てられた地味な王宮修復師(実は有能)、強面辺境伯の栄養管理で溺愛され、辺境を改革する ~王都の貴重な物が失われても知りませんよ?~

水上

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第35話:光の下の断罪

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 暗闇の中、リディアが掲げたランプから放たれた青紫色の光線が、ミナの最高傑作を捉えた。
 その瞬間。

「あ……っ!」

 会場の誰かが、息を呑む音が聞こえた。

 静物画の花瓶の部分から、そしてキャンバスの四隅から、幻想的な青白い光がぼんやりと浮かび上がったのだ。
 それはただの汚れではない。
 明らかに意図を持って描かれた、複雑な幾何学模様と、小さな署名だった。

 肉眼では見えなかったはずの『Lydia』という筆記体が、闇の中でネオンサインのように輝いている。

「ひ、光った……?」

 ミナが裏返った声を上げる。
 リディアは冷徹に告げた。

「ご覧の通りです。……ミナ様、あなたが自分で描いたと主張されたこの絵画からは、私しか配合を知らない蛍石の蛍光反応が検出されました」

 リディアはランプを揺らした。光の刻印が生き物のように揺らめく。

「これはどういうことでしょう? あなたが私の調合油を盗んで使ったのでしょうか? ……いいえ、そんなはずはありませんね。あなたは先程まで、私の調合油の存在すら知らなかったのですから」

 逃げ道を一つずつ、論理的に塞いでいく。

「つまり、その絵はあなたが描いたものではありません。……私が王宮に残してきた作品を盗み出し、自分のサインを上書きして発表した盗作です」

「ち、ちがう! 知らない! そんな光、私は知らないわ!」

 ミナが半狂乱になって叫ぶ。

 だが、その叫び声こそが、彼女が作者ではないことの何よりの証明だった。
 作者なら、自分の絵に何が使われているか知らないはずがないのだから。

「アルフレッド殿下」

 リディアは光の矛先を、呆然としている王太子に向けた。

「あなたが贋作だと断じた私の絵からは、私の刻印が出ませんでした。つまり、それは誰かが作った真っ赤な偽物です」

 そして再び、光る絵画を指差す。

「逆に、ミナ様が自分の傑作だと誇った絵からは、私の刻印が出ました。つまり、それは私の作品を盗んだものです」

 リディアはランプを消した。
 再び訪れた闇の中で、彼女の声だけが裁判官の判決のように響き渡る。

「贋作作りも、盗作も、横領も……、すべてあなた方が行ったことです。私の絵は、光の下で嘘をつきません」

「照明を点けろ!」

 ジェラルドの号令で、大広間のシャンデリアが一斉に輝いた。

 眩しい光が戻ると、そこには残酷な現実が晒されていた。
 顔面蒼白で震えるアルフレッドと、髪を振り乱して座り込んだミナ。
 そして、軽蔑と憐れみの眼差しを向ける貴族たちと、猛烈な勢いでメモを取る新聞記者たち。

「ち、違う……。これは罠だ! 私は王太子だぞ! こんな手品のようなトリックで……!」

「手品? 科学だと言ったはずだが」

 ジェラルドが冷ややかに言い放ち、一歩踏み出した。

「往生際が悪いぞ、殿下。……すぐに王宮の倉庫番から報告がくるだろう。さらに、画商のジードラーからはすでに証言を取れている。周りから疑惑の目を向けられているこの場で開示すれば、さすがに言い逃れできないだろう」

 ジェラルドは懐から、数枚の羊皮紙を取り出した。

「ジードラーの自白調書だ。『王太子殿下の指示で、王宮の至宝を売り払い、安価な贋作とすり替えた』……詳細な取引記録付きだな」

「なっ、あの男、裏切ったのか!?」

 自ら墓穴を掘る発言。
 アルフレッドはハッとして口を押さえたが、もう遅い。
 記者たちのペンが一斉に走り、カメラのフラッシュが焚かれる。

「王家の財産横領、公文書偽造、そして私のパートナーへの名誉毀損および窃盗罪。……完全に役満だな」

 ジェラルドは衛兵たちに目配せをした。
 屈強な兵士たちが、アルフレッドとミナを取り囲む。

「は、離せ! 私は次期国王だぞ!」

「離してよ! 私は悪くないわ! 全部アルフレッド様がやれって言ったのよ!」

 ミナが叫び、アルフレッドに責任をなすりつけ始めた。

 醜い内輪揉め。
 かつて真実の愛を誓い合った二人の姿は、どこにもなかった。

「……連れて行け。地下牢で頭を冷やさせろ」

 ジェラルドの冷徹な指示で、二人は引きずられていった。
 「父上に言いつけてやる!」「リディア、覚えてなさいよ!」という負け犬の遠吠えが、扉の向こうへと消えていく。

 大広間に静寂が戻った。
 リディアは、小さく息を吐き、手の中のランプを握りしめた。

 終わったのだ。
 長い長い、悪夢のような因縁が。

「……見事だった」

 ジェラルドが近づき、リディアの肩に手を置いた。

「暴力ではなく、怒号でもなく、静かな光だけで悪を断つ。……実に君らしい、品格のある断罪だった」

「ジェラルド様……」

 リディアは彼を見上げ、微かに微笑んだ。
 足の震えはなかった。
 ただ、大きな仕事を終えた後の心地よい疲労感だけがあった。

「私、少し言い過ぎてしまったでしょうか?」

「いいや。むしろ足りないくらいだ。……だが、残りの制裁は法と世論が下してくれる」

 ジェラルドは会場の客たちに向き直り、堂々と宣言した。

「諸君、見た通りだ! 真実は明らかになった。……我が領地の美は、いかなる嘘も許さない。これにて閉会とする!」

 割れんばかりの拍手が巻き起こった。

 それはリディアの勝利を讃えるものであり、辺境の正義を支持する音だった。
 リディアは眩しい光の中で、初めて胸を張って、その称賛を受け止めていた。
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