婚約破棄だけならまだ許せたのですが、殿下が少々やりすぎたので仕返しすることにしました

第6話：会計監査という名の爆弾と、情報の大波

　私は、ノア・ハインラインや、食料問題で窮地を救われた中立派の貴族たちを説得し、王室の財政システムへの、緊急会計監査制度の導入を議会に提案させました。
　名目は、飢饉対策のための透明な資金運用です。

　これは政治戦の第三段階であり、彼らの資金源である、闇の帳簿を巡る、静かなる金融戦争の始まりです。

　エドワード殿下とロードリック公爵は、私のこの提案を一笑に付すことでしょう。
　彼らは、私が直接的な捜査権限を得ようとしていると誤解するはずです。
　しかし、私の目的は捜査ではありません。
　パニックを引き起こすことです。

　議会で制度が可決され、監査団が編成されると同時に、私は公文書システムのアクセス権限を利用し、ある小さな情報をシステム全体に流しました。

　それは古代の、自己矛盾感知魔導具を起動させるためのプロトコルが、今回の監査制度に組み込まれるという、真偽不明の噂めいた技術情報です。

　　　　　＊

（※ロードリック公爵視点）

「アメリアめ、今度は合法的な手続きで我々を追い詰めるつもりか。笑わせてくれる。 我々の闇の帳簿は、王室の公的な記録とは完全に分離されている。どれだけ監査制度を強化しても、見つけられるはずがない！」


　そう思っていたが、私は、ある情報を見た瞬間、冷や汗が背中を伝うのを感じた。

「自己矛盾感知魔導具だと！？　 そんなものが作動すれば、公的な記録と我々の闇の帳簿とのわずかな資金の関連性だけでも、システム全体がロックダウンする！ 　軍事費や公共事業を装って横領した巨額の資金が、一気に世間に露呈するぞ！」

　私が何よりも恐れたのは、情報が透明になることだった。

　私はすぐさま、エドワード殿下の許可を得て、極秘裏に闇の帳簿の原本と、関連する証拠書類を隠滅する作業を開始した。
　王都郊外の公爵家が所有する廃墟となった魔導倉庫に、証拠を運び込ませた。

「急げ！ 　監査が本格化する前に、全ての証拠を燃やし尽くせ！ 　アメリアに、合法的な武器を与えるわけにはいかん！」

　この時の私は、自分たちがアメリアの罠に嵌っていることに気づいていなかった。
　合法的な監査制度の導入という制度自体が、彼女の反撃の武器になっているなんて……。

　　　　　＊

　私は、自室の魔導端末で、公爵家の資金移動と車両の記録（すべて公文書システムで管理されている情報）を監視していました。

「あらあら……、急いでいらっしゃる。公爵様、そんなに簡単に証拠を燃やしてしまっては、もったいないですわ」

　私はここで、公文書のデジタル化による情報の透明化を実行することにしました。

　公爵家の倉庫への物資の運び込み、それを目撃した王室衛兵の日報、その地域の魔力的な異変の記録、これら、不正を隠蔽しようとする公爵一派の行動に関する公文書を、私がシステム内で選別し、半強制的に情報公開のプロトコルに乗せました。

　その瞬間、王宮内の主要な情報端末、そして中立派や新興ギルドが持つ端末に、次々と情報がポップアップされました。

『速報：ロードリック公爵家、王都郊外の廃倉庫へ大量の物資を極秘輸送中。その物資の公的な記録は一切なし』

『情報更新：輸送ルートに配備された王室衛兵の報告書に、不自然な報告漏れの指示が確認されました』

　私は、闇の帳簿そのものを暴いたのではありません。
　闇の帳簿を隠滅しようとした、彼らの不正な行動の記録を、公文書という名の光で透明化したのです。

　情報は、波となり、世論を押し流します。

「公爵様は、食料問題の次は、闇の帳簿まで隠蔽しようとしているのか！」 

「王子の後ろ盾は、やはり腐敗している！」

　彼らは、私からの直接的な攻撃を受けていないにも関わらず、自分たちの不正な行動を公的な記録によって次々と暴露され、自己崩壊へと追い込まれていきました。

　そして、この混乱の最中、彼らが気づかない場所で、緩やかな権利の奪取は、彼らの軍事費調達債権の約30%を、完全にノアのギルドが管理する状態へと移行させていました。

「これで、彼らの資金源は枯渇寸前。次は、彼らの権威の根源を崩壊させるフェーズですわ」

　私は次に狙うべき、とあるものに関する、ある古い文献を手に取りました。

　そこには、エドワード殿下の血統の正当性を示す伝説の剣の、製造方法の欠陥が記されていました。