「君の成果は私の指導のおかげ」と笑うモラハラ夫は、幼馴染みにご執心です。~では、私がいなくなったらどうなるか、拝見させていただきましょう~

水上

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第13話:仕掛けられた時限装置

「素晴らしいアイデアですわ、ミエルさん」

 その声は、工場の騒音の中でもよく通った。
 職長が信じられないものを見る目でロザリンドを凝視する。

「お、奥様……? しかし、精紡機に塗装をするなど、メンテナンスの観点から言えば――」

「あら、職長」

 ロザリンドは穏やかに、しかし断固として遮った。

「技術的な些事よりも、働く方々の心が大切でしょう? ミエルさんがおっしゃるように、殺風景な黒よりも、明るいピンクの方が皆様の気持ちも華やぐはずですわ」

 彼女はヴィンセントに向き直り、恭しく頭を下げた。

「旦那様、即刻実行なされるべきかと存じます。ミエルさんの感性は、やはり凡人には思いつかない素晴らしいものですから」

 ヴィンセントは虚を突かれた顔をした後、破顔した。

「そ、そうか! ロザリンドもそう思うか。うん、やはり君も変わったな。以前なら目くじらを立てていただろうに」

「ええ。私もようやく、何が大切かを学びましたので」

 ロザリンドは微笑みを深める。
 そう、大切なのは工場の未来ではない。

 ロザリンド自身の脱出だ。

 精紡機の可動部、特にギアの噛み合わせ部分に塗料が入り込めば、摩擦熱で固着し、いずれ焼き付く。

 だが、今すぐには壊れない。
 塗料が乾き、徐々に内部へ浸透し、致命的な故障を引き起こすまでには、およそ一ヶ月。

 ――ちょうど、ロザリンドがこの屋敷を去った直後に、その時限爆弾は作動する。

「やったぁ! ロザリンドさん、ありがとう!」

 ミエルがはしゃいで飛び跳ねる。

「職長、聞いたかい? すぐに手配したまえ。一番可愛いピンク色のペンキだぞ!」

 ヴィンセントが得意げに命じる。

 職長は拳を握りしめ、顔を歪めたが、絶対的な権力者である当主と、それを肯定する夫人の前では、首を縦に振るしかなかった。

「……承知、いたしました」

 その声は、悔しさで震えていた。

 ロザリンドは、背を向けた職長の絶望を、冷徹に見送った。
 ごめんなさいね、とは心の中でも思わなかった。

 彼ら職人もまた、かつてヴィンセントの前でロザリンドが叱責された時、誰も助け船を出さなかった傍観者たちだ。

「奥様は厳しいから」「旦那様の言うことの方が楽だ」と、陰で言っていたことを彼女は知っている。
 ならば、その楽な旦那様の指示に従って、ピンク色の地獄を見るといい。

 数日後。
 工場は異様な光景に包まれていた。

 黒く重厚だった機械たちは、毒々しいほど鮮やかなショッキングピンクに塗りたくられ、あちこちに造花やレースのリボンが接着されていた。

 職人たちは死んだような目で作業をしている。
 目がチカチカする色彩の中で、繊細な糸の検品などできるはずもない。

 すでに不良品の発生率は倍増していた。
 だが、ロザリンドは完成した愛され工場を見て、拍手を送った。

「まあ、なんて可愛らしいのでしょう。まるで夢の国ですわ」

「だろう? これで生産性も上がるはずだ」

 ヴィンセントは満足げに頷き、ミエルの肩を抱いた。

「君のおかげだよ、ミエル」

 ロザリンドは、ピンク色の塗料がギアの隙間に垂れているのを横目で見やった。

 粘度の高い油性塗料だ。
 あれが熱を持てば、素晴らしい接着剤の役割を果たすだろう。

 彼女は手元の帳簿に、心の中で一行書き加えた。
 『精紡機3台、全損扱い。減価償却終了。……損害額、金貨五千枚相当』

 それは、バークリー家が支払うべき無知の代償だった。
 そしてロザリンドにとっては、未払い給与の代わりに受け取る復讐という名の配当金の一部だった。

「では旦那様、私はこれで。来月の夜会の準備がございますので」

 ロザリンドは優雅に一礼し、極彩色の工場を後にした。

 背後で、機械たちが悲鳴のような軋み声を上げ始めていることに気づいている者は、まだ誰もいなかった。

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