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第28話:再会
王都の大通りに面した、ヴァルモア商会の本店ビル。
その最上階にあるサロンは、磨き抜かれたガラス窓から冬の柔らかい日差しを取り込み、洗練された空気に満ちていた。
ロザリンドは、マホガニーの広大なテーブルに図面を広げていた。
かつては夜なべをして孤独に引いていた線も、今は違う。
「なるほど、糸の撚りを逆回転させることで、伸縮性を高めるわけですね」
向かいに座る若い技師が、感嘆の声を漏らす。
「ええ。従来の織機でも、カムの設定を変えるだけで量産可能です。コスト計算も済ませてあります」
ロザリンドが資料を差し出すと、隣に座っていたヴァルモア会長が満足げに頷いた。
「完璧だ、ロザリンド女史。君の頭脳は、我が商会の宝だよ」
「お褒めに預かり光栄です、会長」
ロザリンドは微笑んだ。
その笑顔には、かつて夫の顔色を窺っていた頃の卑屈な陰りは一切ない。
自分の能力が正当に評価され、対等なビジネスパートナーとして尊重される喜びが、彼女の表情を内側から輝かせていた。
服装も変わった。ヴィンセントの趣味だった地味な色のドレスではなく、機能的でありながら深い知性を感じさせる、ロイヤルブルーのツーピース。
髪もきっちりと結い上げるのではなく、少し緩やかに流し、大人の余裕を漂わせている。
充実した会議が終わりかけた、その時だった。
階下の受付から、騒がしい声が微かに聞こえてきた。
会長が眉をひそめ、控えていた秘書に目配せをする。
秘書が足早に部屋を出て行き、すぐに戻ってきた。
「申し訳ありません、会長。……その、不躾な客が、強引に押し通ろうとしておりまして」
「客? アポイントメントはないはずだが」
「はあ。それが……、ロザリンド様の夫だと名乗り、『妻を迎えに来た』と大声で……」
室内の空気が一瞬にして凍りついた。
技師たちが気まずそうにロザリンドを見る。
だが、ロザリンドは眉一つ動かさず、手元のティーカップをソーサーに戻した。
カチャン、という澄んだ音が響く。
「……ご迷惑をおかけして申し訳ありません。少々、整理が必要な過去の案件のようですわ」
彼女は静かに立ち上がった。
「私が対応いたします」
エントランスの騒がしさは、更に増していた。
「離せ! 私はバークリー伯爵だぞ! 妻に会わせろと言っているんだ!」
ヴィンセントは、商会のエントランスで警備員に腕を掴まれながら叫んでいた。
彼の姿は、以前の貴公子然としたものとは程遠かった。
シャツの襟は薄汚れ、自慢の蜂蜜色の髪も整髪料をつけずに乱れている。
ここ数日、まともな食事も睡眠もとれず、金策に走り回った疲労が滲み出ていた。
だが、その瞳だけは異様な熱を帯びていた。
新聞でロザリンドの活躍を見た時、彼の胸に湧いたのは後悔ではなく、怒りだった。
(あいつは私の妻だ。私の所有物だ。私の指導があったからこそ、あいつは評価されているんだ。それなのに、勝手に家を出て、私の技術を他人に売り渡すとは何事だ)
彼は本気で信じていた。
自分が迎えに行き、「許してやるから戻れ」と言えば、ロザリンドは泣いて喜ぶはずだと。
彼女には自分が必要なのだと。
「ロザリンド! 出てこい! 隠れてないで、私の前に顔を出せ!」
周囲の客が白い目で彼を見ているが、そんなことは気にならなかった。
その時。
大階段の上から、冷ややかな靴音が響いた。
ヴィンセントは顔を上げた。
「……ロザリンド?」
そこに立っていたのは、彼が知っている地味で可愛げのない妻ではなかった。
洗練されたドレスを纏い、背筋を伸ばし、見下ろすような視線を送る美しい女性。
彼女の肌は艶やかで、やつれていた頬はふっくらとし、生命力に満ちている。
ヴィンセントは一瞬、言葉を失った。
これがあの、いつも自分の後ろで小さくなっていた女なのか?
「……騒々しいですね。業務の妨げになりますわ」
ロザリンドが階段の途中で足を止め、氷のような声で言った。
ヴィンセントは我に返り、警備員を振り払って一歩前に出た。
「ロザリンド! やっと出てきたか。……まったく、人騒がせなやつだ」
彼は精一杯の虚勢を張り、いつもの上から目線を作ろうとした。
「まあいい。君の家出には呆れたが、私は寛大だからな。今なら許してやる。さあ、帰るぞ。屋敷が散らかり放題で困っているんだ」
彼は手を差し出した。
当然、彼女がその手を取るものだと思っていた。
「ごめんなさい、ヴィンセント様」と言って、縋り付いてくるはずだと。
だが、現実は彼が望むものとはかけ離れていた。
その最上階にあるサロンは、磨き抜かれたガラス窓から冬の柔らかい日差しを取り込み、洗練された空気に満ちていた。
ロザリンドは、マホガニーの広大なテーブルに図面を広げていた。
かつては夜なべをして孤独に引いていた線も、今は違う。
「なるほど、糸の撚りを逆回転させることで、伸縮性を高めるわけですね」
向かいに座る若い技師が、感嘆の声を漏らす。
「ええ。従来の織機でも、カムの設定を変えるだけで量産可能です。コスト計算も済ませてあります」
ロザリンドが資料を差し出すと、隣に座っていたヴァルモア会長が満足げに頷いた。
「完璧だ、ロザリンド女史。君の頭脳は、我が商会の宝だよ」
「お褒めに預かり光栄です、会長」
ロザリンドは微笑んだ。
その笑顔には、かつて夫の顔色を窺っていた頃の卑屈な陰りは一切ない。
自分の能力が正当に評価され、対等なビジネスパートナーとして尊重される喜びが、彼女の表情を内側から輝かせていた。
服装も変わった。ヴィンセントの趣味だった地味な色のドレスではなく、機能的でありながら深い知性を感じさせる、ロイヤルブルーのツーピース。
髪もきっちりと結い上げるのではなく、少し緩やかに流し、大人の余裕を漂わせている。
充実した会議が終わりかけた、その時だった。
階下の受付から、騒がしい声が微かに聞こえてきた。
会長が眉をひそめ、控えていた秘書に目配せをする。
秘書が足早に部屋を出て行き、すぐに戻ってきた。
「申し訳ありません、会長。……その、不躾な客が、強引に押し通ろうとしておりまして」
「客? アポイントメントはないはずだが」
「はあ。それが……、ロザリンド様の夫だと名乗り、『妻を迎えに来た』と大声で……」
室内の空気が一瞬にして凍りついた。
技師たちが気まずそうにロザリンドを見る。
だが、ロザリンドは眉一つ動かさず、手元のティーカップをソーサーに戻した。
カチャン、という澄んだ音が響く。
「……ご迷惑をおかけして申し訳ありません。少々、整理が必要な過去の案件のようですわ」
彼女は静かに立ち上がった。
「私が対応いたします」
エントランスの騒がしさは、更に増していた。
「離せ! 私はバークリー伯爵だぞ! 妻に会わせろと言っているんだ!」
ヴィンセントは、商会のエントランスで警備員に腕を掴まれながら叫んでいた。
彼の姿は、以前の貴公子然としたものとは程遠かった。
シャツの襟は薄汚れ、自慢の蜂蜜色の髪も整髪料をつけずに乱れている。
ここ数日、まともな食事も睡眠もとれず、金策に走り回った疲労が滲み出ていた。
だが、その瞳だけは異様な熱を帯びていた。
新聞でロザリンドの活躍を見た時、彼の胸に湧いたのは後悔ではなく、怒りだった。
(あいつは私の妻だ。私の所有物だ。私の指導があったからこそ、あいつは評価されているんだ。それなのに、勝手に家を出て、私の技術を他人に売り渡すとは何事だ)
彼は本気で信じていた。
自分が迎えに行き、「許してやるから戻れ」と言えば、ロザリンドは泣いて喜ぶはずだと。
彼女には自分が必要なのだと。
「ロザリンド! 出てこい! 隠れてないで、私の前に顔を出せ!」
周囲の客が白い目で彼を見ているが、そんなことは気にならなかった。
その時。
大階段の上から、冷ややかな靴音が響いた。
ヴィンセントは顔を上げた。
「……ロザリンド?」
そこに立っていたのは、彼が知っている地味で可愛げのない妻ではなかった。
洗練されたドレスを纏い、背筋を伸ばし、見下ろすような視線を送る美しい女性。
彼女の肌は艶やかで、やつれていた頬はふっくらとし、生命力に満ちている。
ヴィンセントは一瞬、言葉を失った。
これがあの、いつも自分の後ろで小さくなっていた女なのか?
「……騒々しいですね。業務の妨げになりますわ」
ロザリンドが階段の途中で足を止め、氷のような声で言った。
ヴィンセントは我に返り、警備員を振り払って一歩前に出た。
「ロザリンド! やっと出てきたか。……まったく、人騒がせなやつだ」
彼は精一杯の虚勢を張り、いつもの上から目線を作ろうとした。
「まあいい。君の家出には呆れたが、私は寛大だからな。今なら許してやる。さあ、帰るぞ。屋敷が散らかり放題で困っているんだ」
彼は手を差し出した。
当然、彼女がその手を取るものだと思っていた。
「ごめんなさい、ヴィンセント様」と言って、縋り付いてくるはずだと。
だが、現実は彼が望むものとはかけ離れていた。
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⚠️ 本作は AI の生成した文章を一部に使っています